21 11:55 アウトレットモール

 バス一本で目的地へと到着、地図アプリでの経路選択の結果最短ルートが乗り換えなしで行ける場所が目的地だったのは幸運だった。

 駅の近くから少しばかり郊外へ入りかけの場所にあるアウトレットモール。

 そこが今の私と泉の目的地だ。


 そこを目的地と定めた要因たるグループアプリの部屋には、最初の画像に続けてまた一枚の画像が貼り付けられる。

 私なんかはそれを見て微笑ましく思ってしまうのだが、泉の方は少し眉を顰めていた。

 画像はどちらも二人の人間を中心とした写真で、その人物はルカと山上君。

 つまり、デートの出歯亀画像だ。


 貼付してくれた相手に現在地を聞き、割と簡単に行けそうな場所だったのでデートを追って冷やかしてやろう、あわよくば何か見つけてマウント取ったろうみたいな感じで暇を持て余した私と泉は監視者たる神谷かみや 恵理子えりこに連絡をとり、追跡を請け負う旨を伝えた。


 見てどうするんだよとか、それに何の意味が、などと言ってはいけない。

 こんなものはノリと、空気だ。

 どうせすることもなく一番安いスナック買ってフードコートでぐだぐだしていたような時間である、気になっていた女の子の恋愛事情の欠片でもわかりそうなら行っても良いだろう。


 まぁ、デートしてるところ後ろからつけたいからどこ行くか教えてって言ったら普通に答えてくれそうな雰囲気もルカにはあるけども。

 というか、言いそう。

 やべえ、こんなことしなくてもよかったかも。


 いやいや、相手が気付いてないことが大事。素の反応こそ珠玉。

 うん、取り繕わせないためにも、ましてや不仲っぽいところでもあろうもんならそれも隠せないようにこっちに気づかない状態でデートしてもらわねば。

 知識欲と、出歯亀性の充当を目的とした微妙に失礼な欲求をそのままに、隣に座る泉のスマホを覗き込む。

 一枚目はディスプレイに飾られている服をルカと山上君が眺めている絵、続けて投稿されたもう一枚は靴、と言ってもアウトレットモール内らしく安売りしているスニーカーの山の前でお互いに商品を選んでいる二人だった。

 

『どうですか、泉さん。』

『学生らしく手の届く範囲のものを一緒に揃えようとしていることは加点できるわ。

 値札だけじゃなくて同じ価格帯の箱を何個も開けた痕跡もあるし、選ぶことにも付き合っているのも良い感じね。』

『なるほど。』

『一発でブランド買うのが最高だけど、こういうのも悪くはないと思うわ。』

 

 思った以上の高得点、やるね山上君。

 泉の言葉に加え、私的にはルカの表情も良い感じだ。

 いつもの保護者然としたどこか引いた場所から微笑むような優しい笑みじゃなく、楽しさを全面に押し出した無邪気な微笑みに見える。

 粗い画像なので私しか感知していないかもしれないが、もしこの写真の解像度が高かったら結構ヤバかったんじゃないだろうか。

 

『まぁ、悪くはないんじゃない?

 ただ、それが詞島さん相手にふさわしいかは別だけどね。』

『あー、確かにねー。』


 きっと思っているのは初めて私がルカに会った時と同じことなのだろう。

 彼氏自慢をされるほど高スペックな彼氏もむかつくが、だからと言って、こう言っては何だが釣り合いが取れているように見受けられない彼氏もなんかこう、モニョるんだろう。

 どうも高めにルカを採点している泉、その採点の結果がどうなるか、後方師匠面して堪能させてもらおう。

 写真を見ながらあれこれとルームで会話する私達だったが、目的地のバス停案内を聞くと目線を合わせ、頷いた。


 さぁ、楽しい楽しい出歯亀タイムの始まりだ。

 一つ気合を入れ、バスを降りるとデート写真を送ってくれた子の示してくれた場所に向かう。

 ちなみに写真を撮ってくれた本人は親との買い物だったため今回の追跡には参加できなかったようで絶対結果を教えてくれと強く念を押されている。

 そんな彼女のためにも楽しんでやろうと泉と足早に向かったアウトレットモール内、目的のカップルを見つけるのは結構簡単で写真に写っていた靴屋からほど近い鞄屋にいたところを発見した。


 ちょっとでも見つかりにくいように、と二階部分に上ってから二人の動向に目を光らせた。

 どうやら今回の購入者は山上君のようで、何個かリュックサックをルカに見せては戻すということを繰り返している。山上君の予算がルカに握られてるのかな、なんて思いながら泉の方を見ると、いつの間に持っていた双眼鏡で二人を見つめていた

 

「え、なんそれ。」

「双眼鏡。

 ここに来る途中、百均でね。

 ポイント使えるところで助かったわ。」 

 

 いや、聞きたかったのはそれの個体名だとか、どうやって買ったということではないんだが。

 まぁ、良いだろう。

 私の問いもおざなりに答える泉は随分と集中しているようだ。

 持っているのはプラスチックの安っぽいおもちゃの双眼鏡ながら、醸し出す雰囲気は歴戦のサファリレンジャーの如しだ。

 

「何てこと。

 あの男、モブ顔のくせに詞島さんと本当に仲良くしくさりやがってまじ磔しちゃう。」

「こっちが何てことだよ。何て事言ってんだよ。」

「そのくせ自分の持ち物に詞島さんの意見を取り入れるなんて、あんなモテそうにない男がしっかりとモテ仕草するなんて一体幾ら講座に払ったのかしら。」

「ねえ知ってる?泉今すっげえやばいこと言ってるよ?

 どこ切り取っても無礼でしかないよ?

 すでに聞かれてたら首が何回スライスされてるかわかんないよ?」

「あ、戻そうとする詞島さんに付き添って戻しに行ったわ。

 卒ない動きがむかつくわね。」

「私泉がこんな子だって初めて知ったよ。」


 とてつもなく真剣に監視行動を続ける泉に新しい一面を見た気になった私は若干引きながら二人を眺める。

 私にとっても二人だけで何かをしているところを見たことがあまりないため、改めて見るには面白い情景だった。

 裸眼のため表情までは細かく見られないが、一目見て距離が近い、と感じた。

 自然に位置どりが近目になるような荷物の持ち方や歩き方をしているように見える。

 店頭の網棚にカバンを直すにしても、ルカの持っているものを受け取って山上君が治している。

 その後は二人してレジに向かっている。

 その二人の距離もものすごく近くて、レジ前まではルカが隣に、支払いのタイミングでは後ろに移動している。

 

「あ」

「ん?どったの?」

「詞島さんが彼氏君のシャツの後ろ摘んでる。」

 

 言葉を聞いた瞬間、心臓が強く跳ねた。

 いきなりなんて大玉ぶち込んで来るんだルカ。

 思わず胸と鼻を押さえてしまう。

 不整脈かと思うほどに強く動く心臓を深呼吸で抑えると、恐る恐る鼻を押さえていた手を見る。

 大丈夫、鼻血は出ていない。

 顔が赤くなるのがわかる。

 私も見たかった、そう思いながら目に映る二人の姿から今の泉から伝えられた情景を繊細に、完璧に、美化してイメージする。

 やべえ、解脱しそう。

 無意識に口角が上がりそうになるのを抑えるが、ふと隣が静かすぎることに疑問を覚えた。

 まさか、あまりの光景に浄化されたか?

 

「ねえ桃、藁って百均で売ってるかしら。」

「売ってねえよ、つか五寸釘も売ってないからね。」

「そう、やっぱりホムセン行くしかないかしら。」

「自然木に釘打ったら器物損壊らしいよ。」

「詳しいのね、実体験?」

「ノーコメントで。」

 

 駄目だ、直ってない。

 よく見ると双眼鏡を持つ手がプルプル震えている。

 そこまで山上君をこき下ろさなくても良いだろうに。

 というか、見ていて幸せそうな空気がこちらまで感じられるんだからそれで良いじゃないか。

 関係性オタクな私的にはかなり山上君を見直してるんだけど。

 その後は新しいリュックを背負った山上君がルカを先導して歩き出す。

 幸い私たちは高い位置にいることで焦ることなくその移動先を追えた。

 後ろを歩いていたルカが山上君の横に並び、肩の動きからすると手を握ったように見えた。

 恋人同士の手を繋ぐシチュとか大好物だし、せっかくだから作品に反映させようと微にいり細を穿つように見入る監視員に詳細を聞いてみる。

 

「ねえ、握った?」

「ええ、横に並んだ詞島さんが指の背で彼氏君の指を突っついて握るのをせがんでたわ。

 あんなことされて握らない男なんかいないわね。」

「ふっぐぅぅぅぅぅ。」

 

 心臓(ハツ)に・・・心臓(ハツ)に悪い。

 尊さが過剰に供給されすぎて、まるで潤滑油まで洗い流された機械のように心臓が軋んでいる気がする。

 スマホを起動、望遠モードでルカを見ると、微笑みにとろけるような幸せさが透けている。

 いつもの柔らかな笑みと比べると口角が上がっているようで、まるで嬉しさを必死に押し込めているようなそんな顔に見えた。


 大きく深呼吸、逆に俗なことを考えていつもの私に戻す。

 Rー18な想像が私を現世に、俗世に縛りつける。

 水清ければ魚棲まず。

 うん、私にはこのぐらいの濁り水がちょうどいい。

 ふう、と息を吐いて微動だにせずルカ観察をする泉の肘をつっつく。

  

「いずみんさぁ、もう山上君ディスるのやめよ?

 ここまでルカが好意を隠さない彼氏なんだから、もう優しく認めたげようよ。」

 

 認めるもクソも、そもそも二人の関係性に口を出せる立場にはいないのだがとりあえず私はそう口にした。

 すでに推しが恋愛をすることを肯定するか否定するかの厄介ファン同士の対話のようだ。

 

「何を言ってるの、認めてるわよ。」

「え、まじ?」

「あんな輝くような笑顔見せられて、認めないわけにはいかないわ。

 詞島さんが幸せならそれで良いに決まってるでしょ。」

 

 あぁ、よかった。

 きちんと感情と理性を切り分けていられる、自慢すべき友人の一人のままでいてくれる。

 そのことに嬉しさを感じ、へへ、と鼻の下を擦る。

 

「ただ、冷静な私としての意見と、一介の女子高生としての私とは別よ。

 わかった上で勿体無いと思ってるの。

 あー、誰か王子様みたいな男が詞島さんとくっついてくれないかしら。

 色んな意味で諦め切れるのに。」

「七組のアレみたいな?」

「あんな属性山盛りの無個性キメラみたいなやつに詞島さんをやれるわけないでしょうぶっ殺すわよ。」

「もう何なんだよお前ぇ!」

 

 前言撤回、感情に引き摺り回されすぎだ。

 多分誰と付き合ってもゴチャゴチャ言う、絶対だ。

 こいつなんかしでかす前に警察か保健所に引き取ってもらった方がいいんじゃないのかな、私はちょっとずつ本気でそう思い始めていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る