40 17:11 廊下

 わかったことがある。

 私は、ざまぁをやりきるには精神が守られすぎている。

 謝っている人間に、追い打ちができない。

 これは甘さなのだろうか。

 ただ、何を言うこともできず、私は泣き崩れる竹田さんを見つめていた。

 遠く、チャイムの音が聞こえた。

 気づけば部活生しか聞かないような下校のチャイムの鳴る時間のようだった。

 

「今日は、この辺にしときましょうか。」

 

 泣き声が少し落ち着いたタイミングで、先生が声をかけた。

 竹田さんたちはまだ立てないだろうと見たのかそのままで、と言うと先生だけが立ち上がってぐるりと机を周り、入り口のドアを開ける。

 促され、私たち四人は会議室の外に出た。

 なんか、疲れた。

 外に出て、先生が後ろ手にドアを閉めた時、思わずため息を吐いた。

 それは私だけではないようで、裕子も才加も息の塊を吐いて、ルカも頬に手を当てて疲れたように細長い息を吐いていた。

 

「お疲れだったな、お前ら。」

 

 まじ疲れた。

 何も気にせずにさっさと帰ればよかったかな。

 このおっさんの言葉なんか気にせずに。

 じとり、と恨みを込めた目線を我が担任教諭に向ける。

 くそ、普通に流しやがった。

 

「裕子さん、大丈夫ですか?」

「ん、ん。

 疲れた。」

「あたしも。」

 

 ふらふらとドアから離れ、ルカが二人の頭を撫でている。

 ほんと、ルカいて良かった。

 本当に謝罪の意図だけで呼ばれたのかな。

 ルカ居なかったら流されて許させられていたか、逆にあのご両親が謝意の押しつけになってしまうことに気付いて自罰で首でも括ったんじゃないか、なんて思う。

 

「せんせー。」

「はいなんですか大木さん。」

「とってつけたような敬語は気持ち悪いっす。

 まぁそれは良いんですけど、今日私たちって何かヤバかったです?」

 

 私の視線にあっちの視線が正面からぶつかる。

 威圧感だとか照れとかはない。

 もうちょっと無機質だったら怖かったかもだけど、なんかこう、ちょうど良い感じだ。

 

「いや、何もヤバくないよ。

 やばいのは俺だな。」

 

 へ、と気の抜けた声が出る。

 

「明日朝イチで校長に今回の会議室での会話全部聞いてもらって判定だ。

 場合によっちゃ、減俸か謹慎かな。」

 

 うちっぱなしくらいは許してくれねーかなー、と言いながら先生はポケットから出したICレコーダーをいじる。

 何度かの操作の後、レコーダーのディスプレイ部分にQRコードが表示されると、それは私に向けられた。

 

「ほれ、一応そっちでも持っといてくれ。」

 

 先生の言葉に、なるほど、とスマホを向ける。

 クラウドに置かれていた音声ファイルが私のスマホに落とされた。

 

「何か、良いんですか、こういうの。

 学校ってこう言う情報は絶対渡さない感じだったんですけど。」

「うちの校長の方針でね。

 できるだけ情報は開示して、当人たちに持たせておくのが良いってことになってるんだ。

 その分、悪用されると困るから流出とかはなしで頼む。」

 

 他のところみたいになっちゃうからな、とそう言う先生の顔はどこか誇らしく見えた。

 その表情に頼もしさを感じると共に、少しばかりの懸念が浮かんだ。

 教師は色々大変だ、なんてネットの海の情報に触れればよくわかることだ。

 そのせいでまあ色々と不祥事があったり無かったり。

 そんな人たちに明らかにマニュアル外なこういったことをしてもらうのは、負担が大きくないか、そう思った。


「ありがとうございます。

 けど、そんなに色々やってもらって大丈夫です?」

 

 つい、素直に口に出してしまうと、私の言葉に先生はニヤリと笑う。

 

「子供が大人を気遣うんじゃねえよ。

 特に、気遣えるようなやつはな。」

 

 言ってることは微妙だが。

 なるほど、道理だ。

 教師だって人間だ。相手が気遣ってくれるなら頑張れると言うことか。

 だとすると、やはりやるべきは謝るよりも感謝がいいか。

 と言うことで、心からの感謝を改めて伝えてみる。

 足を揃えて、しっかりと頭を下げる。

 目線は靴のつま先へ。

 

「こんな学校と関係ない、甲斐のないものまで付き合ってくれて、ありがとうございました。」

 

 きっかり二秒。

 下げた頭を戻すと、見たことも無い優しい表情の先生がそこにいた。

 素直な感謝、はちょっと難しい。

 半分以上皮肉みたいになってしまったが、先生の方はそんな私の捻た性根も織り込み済みらしい。

 やさしげな表情を一瞬でおさめ、ニヤニヤした笑みを浮かばせると、私に言葉を返してきた。

 

馬鹿女郎ばかめろう

 遣り甲斐も無しに教師なんざやるか。」


 甲斐のありなしはこっちで決める、そう言葉にならない声で言われた気がした。

 気をつけて帰れよ、そう言って先生はドアを開けてまた会議室に戻って行った。

 この学校に来て良かったな、そう思った。

 授業だとか、進学率だとか、部活の強さだとか。

 色々と良かった点はあるかもしれないが、入学して半年。

 今、私は二番目にそう思った。

 ちなみに一番は後ろの席にいた子と推しについて普通に話せたことである。

 自然と閉められたドアに頭を下げてしまう。

 その背中を見送って、三人を見る。

 みんなそれぞれ思うところがあったようで、それぞれお辞儀を戻す体制だった。

 と、ルカの顔が廊下の奥を見た。

 視線を追うと、あぁ、山上君。

 そりゃ居るよな。

 何だろう、この安心感。

 そう思っていると、ルカが山上君に足早に近寄った。

 ん、ルカの早歩き。

 結構レアかも。

 そう思っていると、ルカが山上君の胸に頭をぶつけた。

 胸に飛び込んだ、とは違う。

 嫌なことがあった時に布団に飛び込むあの感じだろうか。

 びくともしていないように見える山上君、その胸をルカが叩いた。

 何を言うでもなく、叩く方も叩かれる方も、じっとそれを続けていた。

 かなわないなぁ、私にはあんなことしてくれないのに。

 羨ましいな、山上君はルカを守れるんだ。

 釈然としないまま、裕子と才加に声をかけた。

 

「帰ろっか。」

「そだね。」

「あーきっつ、もう寝たいよあたしゃ。」

 

 山上君に目配せして、才加は手を振る。

 裕子はしっかりお辞儀をして、三人で山上君のいる方の反対側に歩き出す。

 駅まで歩き、別れるまで会話は無かった。

 ただ、悪い気分では無かった。

 翌日、竹田さんは学校を休んだ。

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