01 22:00 瀬戸山
高校生活。
人生初めての受験を経てつかみ取った新たな区切り。
誰でも行けるところに行くよりも、少しぐらい努力して行けるところの方が対人関係良くなることが多いよ。
そう両親から実体験を伴った教えを受けた私は、中学三年の後半を長期の風邪と言うことで無理矢理休みながら追い込みをかけ、なんとギリギリで志望の高校へと手を伸ばすことに成功した。
中学一・二年から努力していればこんな追い込みは必要なかったのだろうが、それでもその時々は勉強よりも楽しかったり必要だと私自身が思っていたことが多かったため、仕方ないのだ。
うん、結果的に成功したから大丈夫だ。
部屋の片隅の段ボールに放り込まれ、開けようとするだけで軽い吐き気が出るようなトラウマになってしまった問題集や過去問に参考書たちもつい先日神社でしっかり焼いてもらっているので問題はない。
資源ゴミ回収業者のおじさんには回収してもらえず、
それでもしつこくゴミに出し続けたところお願いだからここの神社に行ってくれと半泣きで地域で一番古い神社の紹介をされたが、まぁ些細なことだ。
そんな受験あるあるを経験し、新しい生活のステージに進んだ私だが、中学時代の地元から離れたこの高校生活をかなり楽しめていた。
授業中に
黒板に穴はあいていないし、椅子だって紙を噛まさなくても四本ともしっかりと地面につく。
校舎を見回せばガラス代わりの金網がボルトで打ち込まれている窓なんかないし、廊下にはゴミも落ちていない。
それになんと、床のタイルもはげたり欠けたりしていないのだ。
新しくできた友人たちとも、壊れていない自動販売機の場所などではなく、最近の流行や町中であった楽しかったことを話すことができる。
私はこのすばらしい環境と、そこに進むことを薦めてくれた両親に心から感謝し、高校生活を送っていた。
さて、そんな学内において、私は特別どこのグループと仲良くするということはなく、時々でクラス内に点在するグループを渡り歩く形でクラスの女子たちと仲良くさせてもらっていた。
ファッションに敏感な子達、恋愛に敏感な子達。
遊ぶときにゲームを選ぶ子達、スポーツを選ぶ子達。
その時その時で浅く広くつきあうことは私にとって新鮮で、地元が一緒の子が居ないにも関わらず、楽しく過ごせていたと思う。
まぁ、地元の話をし出すと苦笑いというかひきつった笑いというか、そういった笑い方をされることが多かったことを考えると一人で飛び出してくることは正解だったのかもしれない。
そんな生活を送る中でなかなか接点が作れない人もやはり出てきた。
とはいっても、何のつながりもなかったわけではない。
詞島さんが属している、と思われるグループの子達とも話すことはあったし、詞島さん本人とも言葉を交わすことはあった。
ただ、改めて考えてみるとこのときは本当に言葉を投げ合っているだけで、会話というものをしていたわけではないのだろう。
遠目から見た詞島さんはそれはもう物静かな美人で、私にとっては話しかけるのにちょっと勇気がいるような相手だった。
別のクラスには他の国からきた貴族だとか、私でも知っているような会社と関わりのある娘さんだとか、なんかやたらと名前に零とか絶とか入った銀髪で左右で色の違う瞳を持った美形な男だとかがいたようなので、それにくらべれば随分地に足の着いたまともな美人だと思うが、それでも私には棲む場所が違う、遠い相手だと思っていた。
そんな詞島さんと接点を持ったのは、私のミスに端を発するちょっとした偶然のおかげだった。
入学して一通りクラスが落ち着いた頃、翌日から土日と言うことで私はクラスメイトに誘われてカラオケという実に学生らしい集まりに参加させてもらっていたのだ。
中学時代は基本的に使えるお金が少なかったので気軽に外出と遊びができず、そのたびに親にお願いをしたものだが、高校生活になったことで金銭の管理も学ぶべきだと両親がお小遣いの増額をしてくれた事に感謝である。
本格的なバイトを許可してもらえるのは二学期以降ということで、それまではお小遣いがわたしの生命線なのだ。
で、ぶっとくなった生命線を使っての楽しい楽しいカラオケの後。
大声を出すことと、物理的にも貞操的にも安心できる人たちに囲まれ、安心しきっていたのだろう。
想像以上に体力を使ってしまっていたようで、家に帰る電車に乗り込み席に着いた途端、楽しかったカラオケの記憶が瞼の裏に浮かび、すごく幸せな気持ちのままに私は眠りに落ちていった。
私に限ってのことなのかはわからないが、乗り物で目をつぶると寝るつもりが無いのにすごく気持ちよく眠りに引きずり込まれるときがあるのは何でだろうか。
そんなこんなで、電車の振動と心地良い疲労感のせいですやすや眠っていた私だったが、そんな私にかけられた声があった。
「大木さん?」
耳に心地良い声、なんだ、起こす気なのか? 残念だったな。
そんなに心地よく、耳が幼児退行を起こしそうな優しい声をかけられては、逆に私はもっとリラックスするぞ。
眠気が残り、霞む視界に入るのは綺麗な女子高生。
起き抜けにサプライズでプレゼントされた眼福に脳をひたしながらもだんだんと思考がはっきりしていき自分の状態を把握する。
「気持ちよく寝ていた」ということに気づき、顔面から血の気が引いた。
「大木さん、起きましたか?」
「ごめん詞島さん! いまどこ!? 何時!?」
詞島さんからの声かけにかぶせるように、私は彼女の肩をつかみ、叫んだ。
至近距離からの声にびっくりしたのか、先ほどまで置かれていた肩の手ははずされている。
返答の前に、ピストンが動く音がし、ドアが閉まった。
「あの、ここは
瀬戸山。
地名を聞いた瞬間、膝から崩れそうになった。
地名は知っているし、路線図に載っていることも知っている。
ただ、今の学校のある人工密集地、都心と呼ばれるエリアからは遠く、片田舎にあたる私の住んでいる場所からさらに人がいない場所に当たる。
中学で
山間に向かい、人口の密集度も下がることになるこの辺りは駅の間隔も広くなり、電車も速度を上げるため一駅乗り過ごしただけで結構な時間と距離をロスすることになる。
そんな状態で電車が発車してしまったのだ。
あぁ、やってしまった。
詞島さんの肩に置いた手を支えに、何とか立っている状態になる私。
いくらゆるい親だと言っても、二三時、いや、天辺を跨ぐかどうかぐらいの時間に帰ってくるようなことは流石に無反応ではいられないだろう。
必死に覚えている地理情報を再生し、現在の状態から傷を浅くする方法を考え、脳内会議を行う。
しかし、何とかする方法など無い。
左脳と右脳による押し付け合いに見切りをつけ、辺りを見回す。
ちらりと視界の端に写った緊急停止ボタンに拳をたたき込みたい欲に駆られたが、それをやると流石に洒落にならないため我慢した。
しかたがない、おとなしく首を出そう。
原因は遊び、しかもその原因を作った大本は高校になって増額されたお小遣い。
喜々としてわたしの
どさり、と音を立て、改めて深く椅子に腰掛ける私。
次の駅で折り返すことを考えたが、そんな私にとどめを刺すかのように車内アナウンスが鳴り響いた。
「乗車中のお客様に申し上げます。都心向け上り車両の線路に小動物が進入したため、上り線の運行を遅延させることとなりました。
お客様には大変ご迷惑をおかけしますことを申し上げます。」
ウッソだろおい。
弾かれるようにスマホを出し、遅延情報のサイトを見ようとした。
その時点で、そういえばメッセージは、と気付き、ホーム画面に配置してあるメッセージアプリを開く。
そこには友人からの着信はあれども、親からの着信はなかった。いっそ嫌みの一言でもあればいいのに、何も反応がないのが逆に怖い。
とりあえず、何もなかったという事で遅延情報のサイトを見ると、そこには
『列車の遅れ 始発までには解消』
とだけ書かれていた。
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