50 会話を楽しんだ
駅員さんに、血でも吐くかのように何も無かった、勘違いだったと告げた高村さんと言うらしい女の人。
彼女をホームに残し、俺と元、詞島さんは下ろされた電車と同じ路線の電車に乗り、目的地へとまた向かった。
人混みを掻き分け、電車に乗り込んでみればたまたま三人分連続で空いている席があってそこに三人で座る。
うっすらと笑みを浮かべているのだが、どうもその笑みが作り物じみていて怖くて、元を挟んで反対側の詞島さんに何とかしてもらいたかったのだが、どうも詞島さんも困惑しているようだ。
結局そのまま一言も喋ることなく目的地の駅へ着き、降りる。
スマホを弄り、何かをしているようなのだが残念ながら元のスマホは大木さんのものと同じくフィルムを貼っているようで何をしているかは横からは覗けなかった。
電車を降り、エスカレータを使い、改札を出る。元が前を歩き、その一歩後ろを俺と詞島さんが歩く。
怒っている父とか母とかの後ろを歩いたことがあるが、あの時はわかりやすく怒気を背中から見せてくれていた。
しかし、今の元の背中からはなにも感じない。それが逆に恐ろしかった。
「あの、筒井さん。」
「ん、はい。何でしょう。」
「筒井さんから見て、古賀さんってどんな方なんですか?」
改めて問われて、そういえば古賀のことを俺の立場からはあまり詞島さんに話していなかったことに気づいた。
顎に手をやり、少し考える。
俺にとっては高校に入ってから同じ部活に同じタイミングに入ったクラスメイトで、よく遊ぶやつ。
元との中立≪なかだち≫になってくれたやつで、今でもクラスでは三人でよく話す。
部活やクラスの外でも知り合いが多いらしく、割と多趣味なやつ。
そんな人柄の説明もできるが、やはり一番しっくりくる説明は、友人、と言うところだろうか。
「ダチ、っすね。俺にとっても、多分元にとっても。
バカだし、うるさいけど、ダチっす。」
さらっと気配りしてきたり、結構バスケも上手かったり。
褒めるところは結構思いつくが、詞島さんの古賀に対する評価を上げるのはなんか癪なんで、そのあたりは話さずにおくことにする。
バスケ部でバカやって先輩に罰走言われた話、惚気がうざくてクラスの男子全員で一度ハブったらウザ絡みしてきた話、休みに三人で遊びに出て、予算に合うメカニカルキーボードを必死に探し回った話。
詞島さんに話すには身内ネタがすぎるが、それでも不思議と話しやすくてするすると俺の口から古賀の話が飛び出してくる。
ちょっとした身振りも交えた話が弾み、信号で足を止めたタイミングで俺が思いっきり自然に詞島さんを見ながら話していたことに気づいた。
形のいい眉にスッと通った鼻、白くて滑らかな肌に、艶っぽい唇。
そして何よりもその瞳が俺の目を惹いた。
今の俺は、言ってみるならば一方的に身内ネタを話し続ける男だ。
詞島さんはそんな俺の言葉を遮ることもせず、ただただ聴き続けてくれていた。
ふと、大木さんと行った動物園を思い出した。
「あ、すんません、何か俺ばっか話して。」
「ううん、筒井さんが古賀さんを好きなのがわかって、とても楽しかったです。」
花が咲くような笑み、と言うやつだろう。
目が焼かれるような輝きというよりは、視界全体がジワリと明るくなるような笑みに、少しだけ胸が苦しくなる。
「けど、そっか。だからなんですね。」
詞島さんが形のいい眉を困ったように寄せ、小さな声で独言た。
「えっと、何が? あ、ですか?」
ついタメ口を聞いてしまった後、慌てて敬語を付け足した俺に困った顔でクスリと笑い、詞島さんは言葉を返してくれた。
「敬語、要らないですよ? 同い年ですし、私のこれはもう癖みたいなものなので。」
そう言ってくれた後、詞島さんは目線を前を歩く元に向ける。
つられて俺もその背中を見た。
足取りはしっかりとしたもので、本当に普通に歩いているだけだ。
だが、どうも詞島さんにはそうは見えなかったらしい。
「だって、あんなにイライラしてる元、初めて見ましたから。
どんなに悪口言われても、元って自分には結構無関心だから、あんなに怒らないですもん。」
さすがは十年以上の蓄積された経験だ。言葉の重みと自然さが違いすぎる。
ただ、その怒りが自分に向けられた害意によるものではない、と言うことはつまりそう言うことなんだろうか。
彼女の立場にいる、誰よりも元を知るだろう人からのその言葉に、自分の友人が友人のために怒っていることを確認できて、正直ホッとする。
「詞島さんから見ても、なかなかないレベルで?」
「うん、今日もすごく嫌な思いするかもしれないけど、どうしても必要になりそうだから、お願いしますって、昨日の会議の前、すごく神妙に頭を下げられちゃいました。」
小学生の時、私が風邪でデート行けなくなった時以来ですよ、と言う詞島さん。
普通の話、普通の話題。
これから目にしなければいけないものに覚悟を決め、詞島さんとの会話を楽しむことにした。
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