29 ごちそうさまでした

「俺も実際こうやって腹割って話すまではこんなに打ったら響くやつだって思わなくって。まぁ二か月ぐらい勿体無いことしたなーっては思いましたね。」

「えっと、確か古賀くんだったかしら?」

「そっス。

 そいつが最初に元と話してて、気づいたら俺の方が仲良くなってた感じですね。」

「今日はその古賀くん、これなかったのかい?」

「いや、抜け駆けしたせいで地獄にあってるはずなんで今日は無理っすね。」

「……なるほど!」

「奏恵さん、わかってないんなら聞いた方が良いよ。

 えっと、彼女持ちがバレて部活で扱かれてるって感じかい?」

「はい、そっす。

 すごいっすね、詞島さんのお父さん。」

「はっは、僕も高校生だったからねえ。奏恵さんとデートした翌日なんか、部活の先輩にはよく睨まれたよ。」

「あ、なるほど。」


 経験者、しかも嫉妬された方か。

 確かに奏恵さんも徹さんも美男美女だ、この二人の高校時代は随分と色々あったんだろう。


「でも、折角なら古賀くんにも食べて欲しかったわね。」

「いやー、そんなあいつに感謝しなくても大丈夫っすよ。」


 何度か元、古賀と一緒に外に遊びに出るタイミングはあったが詞島さんの家に招かれなくて良かった。

 こんないい人たちにあの浮かれポンチを会わせ、こんな美味い食べ物を分けてやるなど勿体無い。

 そのまま食事から談笑へと場は移っていった。

 詞島さんの両親がやはり聞きたがったのは学校の治安や空気のこと。

 多分だが、中学以前の詞島さんは結構やばい立ち位置にいたんだろうか。

 少し前のレク大会とか、集会の話、俺のクラスでの男子だけでの昼飯の話など、元が喋っていない、もしくは伝え漏れたような話を楽しそうに聞いてくれた。

 まぁ、確かに他所から聞いていれば面白い話だろう。

 共学にも関わらず、ほぼ男子校みたいになっているクラスの話なんて。

 それ以外だと、大木さんがやはり色々と話してくれた。

 大木さんのクラスでも何やらあったようだが、ちょっとしたトラブルとしか言ってくれなかったので後々チャットででも聞いてみよう。

 最近の詞島さんのクラスでの扱い方の話は、俺もちょっと聞いてて面白かった。

 ここ一ヶ月、例のトラブルとやらを経て大木さんのクラスも空気が変わったようで大木さんをハブにクラス内のグループの交流が盛んになったりしたらしい。

 そして、人が集まれば問題が起こるもの。その解決に詞島さんの力を借りるようになり、詞島さんも個別で仲良くなる人が増えたとか、男子の詞島さんに向ける目が憧れからガチ目なものに変わったとかなんとか。

 まぁ、詞島さんは基本的に微笑んでくれてるし、どんな話にも柔らかい反応をしてくれる上、大抵の場合こちらの目を見て話しかけてくれる。

 男子高校生には劇薬のような美少女だ。

 性格が悪かったり、裏で男を馬鹿にしてくれるぐらいしてもおかしくないくせに、元と付き合っているところを見るにそんな気配が無いのはレギュレーション違反だろう。

 気づけば俺と大木さんで詞島さんを褒めまくる形になってしまい、顔どころか耳まで真っ赤にした詞島さんが元の胸元に顔を押し付けていた。

 そんな姿にいつの間にか嫉妬も浮かばなくなっている。

 苦笑し、お茶を飲もうとすると空だった。

 元は詞島さんを抱きしめて撫でるのに忙しいようで、自分でお茶を淹れるかと急須を取ろうとすると、筒井君、と声をかけられた。

 正座したまま、柔らかに微笑む清子さんが俺に湯呑みを要求していた。

 ちょっとばかり恐縮し、湯呑みを渡すとそれにお茶を注いでくれた。

 歳をとると、こういう人になれるかな、なんてふと思ってしまった。

 所作が綺麗で、今日の食事でも、この人の一挙一動に不快感なんかかけらも感じなかった。

 話しかけてくれる時はいつも俺が答えられるタイミングで、俺の話は最後まで聞いて相槌を打ってくれる。

 俺が詞島さんに感じた、元によく感じる心地良さ、それをこの人からも感じた。

 入れてもらったお茶を飲む、少しだけ背筋が伸びた。

 味も、今までより少し旨く感じる。

 

「この子たちは本当に色々あってね、中々こんな関係の子たちはいないと思うけど、仲良くやってくれると嬉しいわ。」

「あ、はい、頑張ります。」

 

 何を?

 自分で自分の言葉にツッコミを入れてしまう。

 

「まぁ、なんつうか知ってるやつの鬱陶しいくらいの彼氏彼女感よりは全然オッケーっすから、大丈夫です。」

 

 だから、何を大丈夫っていうんだよ。

 冷静な俺が、口を回す俺にツッコミを入れる。

 怖さとか、威圧感とか、そういうのとは違う変な緊張感があった。

 ただ、なんというか、あんま嫌な感じはしないような気がする。

 自然に頭を掻いていて、あ、これって失礼じゃないかななんて思うと清子さんはにっこりと笑いながら、俺に答えてくれた。

 

「大丈夫、筒井君はきっといい恋ができるわ。」

 

 その言葉に、ポカンとして動きが止まってしまった。

 いきなり何をいうんだこの人は。

 失礼、ん?失礼、ではないか。

 

「あ、ざっす。」

 

 とりあえず何を返していいのかわからず、頭を下げる。

 褒められたのか?

 子供らしいと、ウエメセで馬鹿にされたのか?

 言葉の意味が、発生元の感情が俺には推測できなかった。

 ついつい何をしたらいいのか迷い、俺は頬を掻いた。

 そんな俺ににこやかに微笑むと、清子さんは桶に残った寿司を箸でもった。

 

「あぁ、やっぱり美味しいわね、ここのお寿司は。

 昔からの知り合いの店で、最近お弟子さんも握るようになったって仰ってたけど、昔から変わらないわ。」

「眞鍋さんとこ、そういえばまた新入りさん入れたって言ってたわね。

 ね、お母さん、今度直接食べに行く?」

「そうね。今日お寿司いただいたし、来月にでも予約入れて行きたいわ。」

「よし、約束ね!」


 母親と仲がいい祖母、そんな姿も初めてみる気がする。

 というか、時折田舎に会いに行きはするがこんな普通の友達みたいな仲の良さは見た事が無い。

 最後に残った、残された肉寿司を頬張る。

 軽く炙られた肉から口の中に広がる美味さはやっぱり格別で、これが最後なのが悲しくなる。

 空になった桶を、元が一つに重ねた。

 成人二人に高校生四人、老婦人一人。

 七人で四桶は結構な量な気がするが、気づけば全ての桶が綺麗に空になっていた。

 

「ごちそうさまでした。」


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