11 10:25 駅前・ベンチ

 体育祭は盛況のうちに終了した。

 特に語ることもなく順当に七組の人外イケメンが無双し、四組の留学生組なども食らいついたが力及ばなかった。


 学年を跨いだレースでは番狂わせが起こることはなく三年が順当に勝つこととなり、予想通りの展開に胴元も笑いが止まらなかっただろう。

 ただ、個人の都合上男子に混ざって中程の順位まで切り込んだ赤木さんはやっぱりすごい人だと思う。

 そんな通常通りな体育祭を終えた我がクラスでは先生の財布から出されたお金で軽食を購入し、お疲れさま会を兼ねた反省会を行うことになった。


 ホームルームの一時間を利用して食堂の一角を借り、今回のイベントに対する会議の進行の所感やイベント自体での感想を語り合う時間とする、ということだった。

 教師としてそう言うのはやっていいんだろうかとは思ったが、学内で大手を振ってお菓子を食べられるならちょっとやそっとの違和感にはふたをするのが高校生という物だ。

 そんな素晴らしい先生の心遣いをありがたく頂戴することになった私達は体育祭の翌日、休みとなる日に数人で買い出しに出かけることになった。


 買い出し当日、天気は晴。

 気温も良好な上に平日の休みというのはなんだかお得な気がする。

 学校に行く時間とほぼ変わらないはずなのにやたらとすっきり起きれた私は私服姿のまま別の学校の制服姿の子達を眺めてちょっとした優越感に浸りながら待ち合わせの場所に向かった。


 メンバーは六人。

 男子三人に女子二人、そこに私を加えて男女三人づつ。

 クラス委員以外での買い出しということで選ばれた六人での買い物はメンバーにとって少々緊張するような物のようで、私が駅から出て待ち合わせのベンチに着いたとき、男女でくっきり別れてベンチに座っている上にお互い会話のきっかけを探し合うような感じの雰囲気につい吹き出してしまった。


「あ、桃!遅ぉ!」


 ぷーくすくすと笑う私に気づいたのか、女子の座るベンチから私に駆け寄ってきたのは、浅井 才加(あざい さやか)。

 それなりに話す方で、ソシャゲのレア自慢をしたり、雑誌を見せてもらったりする仲で、私と共に泉にいずみん呼びを許された友人の一人である。

 色素の薄い茶色のショートの髪に活発そうなスタイルの服。

 女子の間では物怖じせず話せる、そんな彼女でもクラスメイトなだけの男子とはなかなか話がはずむまではできなかったらしい。

 ベンチに座り、申し訳なさそうに肩身狭く手を振るもう一人は尾崎 裕子(おざき ゆうこ)。

 背中中程までのロングの髪をした、いかにもな文学少女然とした子で、文章を覚えることがすごく得意な子。

 漫画や小説のネタ元を特定するのも上手く、よくわからないことがあったら聞いてみるとすぐに応えてくれるタイプのすごい子だ。

 私は幸い二人ともに面識があったし二人も初対面ながら才加(さやか)の生来の性格もあって話自体はできたようだったが、やっぱり少しはきつかったようだ。

 二人の私に向ける視線には助かった、という感情がにじみ出ていた。


「いやー、ごめんごめん。

 みんながこんなに早く着いてると思わなくってさぁ、電車の中で連絡あってびっくりしたよ。

 てゆーかまだ集合五分前なんだけど、誰が一番早く来てたの?」


 私の問いに、才加が男子チームに目線を向ける。

 なるほど、男連中なかなかやるじゃん。


「おー、やるじゃん男子組ぃ。

 ちゃんと待たせないように急いできたのは偉いっぽいね。

 池田君発案?」


 クラスで男子が集まるとき、いくつかのグループはあるがその中でも中心になっているのは何人かいて、その中の一人が池田君だ。

 で、今一緒にベンチに座っている金田 康(かねだ やすし)君や中村 鉄雄(なかむら てつお)君とは同じ部活だったはずだ。

 三人とも部活のせいか、180近くあるように見えてちんまい私からは顔を見ようとすると結構な角度で見上げなければならなくなる。

 因みに池田君はルカの彼氏ショックを直撃で受けていたが、後から聞けば金田君もまきこみで衝撃を受けていたらしい。


「あぁ、やっぱり時間は守らないとでしょ。」


 金田君の言葉に、しみじみとうなずく二人。

 流石体育会系、しっかりと最低限の礼儀という物は学ばされているようだ。

 因みに私も最近時間感覚には気をつけるようになっていて、その原因というのがルカとの対戦ゲームにおいて、優勢負けの割合がやたら多いことに気づいたからだ。

 体内時計、マジ大事。


「でも時間前に来れてもこんなはっきり別れてたらちょっと笑っちゃうね。

 裕子(ゆー)ちゃん何か話した?」


 私の言葉に、首を振る裕子。

 あんまり三次元の異性に耐性がないことは知ってたけど、やっぱり話すことも反応することも難しかったみたいだ。

 対する男子勢がのきなみ高身長なのだから怖くて当たり前だろうな。

 とりあえず、時間通りに全員が揃い、買い出しが可能になったという事で今日の目的地となるディスカウントショップへ向かおうと声をかけてみる。

 男子側は問題なしの返答、女子側も問題なし、に見えたのだが少し気になったので二人を連れてお化粧をなおして参りますわと少しだけ待っててもらうことにした。

 両手に二人の手を握り、集合場所から視線が切れる場所へと向かってそこに着くと、私は泉の顔をのぞき込んだ。


「あーちゃん、だいじょうぶ?」


 なんだったら今からでもキャンセル大丈夫だよ、という意味を込めて才加の意志を確認する。

 わかりやすいぐらい反応をしてくれる裕子に対し、ちょっとがんばりすぎてないかなんて思ったのだ。


「あー、うん、ちょっとだけね。」


 あはは、と力なく笑う姿に裕子が驚きを隠せずにいた。

 防波堤としてがんばってくれていたことに気づかなかったようで、それだけ裕子に余裕が無く、才加も虚勢を張っていたんだろう。

 かといって、男子が悪いわけでもない。

 これはただ単に性格の問題で、そして知らない人同士だからだろう。

 なら、ここからは私ががんばる番だ。

 もちろん裕子にもすこしはがんばってもらおう。


「どう、まだいける?」

「うん、ごめんね桃。でも桃居たら大丈夫かも。」

「あ、あの……」

「裕子もごめん、ちょっとあたしいいかっこしすぎたね。」

「ううん、そんなことないから。

 私も、あの、ありがとう。」


 うんうん、ここでごめんを言わない辺り、やっぱり裕子ちゃんは分かってる。

 この二人ならきっと大丈夫だ。

 後は切っ掛け一つ。

 そんじゃあせっかくだし、私もがんばりますか。

 ふんす、と気合を入れて戻ろうとしたところ、裕子に手をにぎられた。

 

「あ、あのね、桃ちゃん。

 私、どうすればいいかな。」

 

 裕子が私の目を見ながら問いかける。

 要点がボケた、よくわからない質問だと切り捨てるのは簡単だ。

 ただ、そう返すのは酷過ぎるだろう。

 おそらく、裕子にとっては結構な勇気のいる質問だ。

 何を聞けばいいかすらわからず、自分がどうありたいかもまだ決まっていないだろう。

 でも、何かをしなければということだけは感じてくれたのだ。

 さて、ここで私はどう返すべきか。

 普通にすればいいよ、そう返してもいい。

 才加と私でフォローするよ、と言っても良い。

 けど、折角頑張ってくれたのだから、こっちもそれに応えたい。

 だがしかし、私も男との付き合いなんざありゃしない。

 普通にしているように見えるのも、中学時代のクソどもに比べれば話が通じるから普通にできているだけだ。

 どう返したものか。

 突き放すのでもなく、放り出すのでもないなんか良い言葉、良い経験はないものか。

 灰色の脳細胞をグルングルンと回し、一つの答えを思いついた。

 体の向きを変え、裕子に対面して、握られた手にもう片方の手を添えてちゃんと目を合わせる。

 

「えっとね、ちゃんと興味を持ってみると良いと思うよ。」


 話してて楽しかったこと、話に入って楽しかった時。

 思い返すとルカとの会話は二人でする時もクラスで他の人を巻き込む時も楽しかった。

 こちらを見つめるルカの視線を真似るのは流石に難しいだろう。

 じゃぁ、私が嬉しかったことを考えてみた。

 

「興味?」

「うん、まずはそれで良いんじゃないかな。

 私はそれが一番嬉しかったから。」

 

 ルカの一番すごい才能はそれだと思う。

 何か面白いことを、自分で探せること。

 それには、まずは知ろうとしないとダメだ。

 私も結構消費オタクとして受け身になっていたが、楽しいことはこっちから探そうとしないと見逃すことが多い気がする。

 そして、その姿勢は話す相手にすごく伝わってくる。

 少なくとも、私はそうだった。

 

「難しいかもだけど、できそう?」

「えっと、うん。

 頑張るよ。」

「うん、がんばれ。」

 

 裕子の頭をポンポンと撫でる。

 おまけしたら同じ身長なのでちょっとしっくりこないけど、まぁ良いか。

 お姉さんぶるのも結構久しぶりで、楽しい。


「ただいまー。

 ごめんね来て早々。」

「いえ、っス。」


 女のあれこれに口を挟まない、うんいいぞ。

 まぁ、ここでトイレかどうかなんて口を挟んでくるようなら速攻で他の女子呼んで買い出し終了させることも考えるしね。

 

「んー、と、そんじゃごめんだけど今日の予定とかって改めて教えてもらえる?

 一応グループチャットで教えてもらったことまでしかわかんなくてさー。

 もっかいしっかり道筋立てたいの。」

 

 もちろん、私のスマホにはどこに行くか、何を買うか全部入っている。

 元々メッセージアプリ内に記述されているようなことなのだが、一応声に出して全員で確認することでアイスブレイクの代わりにでもなればいいなと思ってのことだった。

 

「中村君、わかる?」

「あ、ウス。

 ジュースとお菓子買うための集まりで、アルコールは無し。

 支払いは先生から連携されたQRで支払い。

 クラス全員に行き渡る量で、内容は買い出し班が好きに選んでいい、でいいか?」

「うんうん、あんがとね。」

 

 親指を立て、感謝の意を示す。

 小さめのスマホをでっかい手で頑張って操作するのは、ちょっと可愛いのか裕子と才加もちょっと視線が生暖かくなっている。

 

「んで、あーちゃん、何か書かれてたこと以外に聞いてたことある?」

「ないなー。」

「そっか、他の人ー、何か聞いた人ー。」

 

 手ーあげて、と周りにも聞いてみるが特に何もなかったようで、みんな目を合わせて頷きあう。

 よし、いきなりの仕様変更や要件変更もなし。

 先生の靴と足の小指の安全は守られたね。

 

「んじゃあ行こっか。

 誰かこの辺りの人って居たっけ?」

「あ、俺が。」

「ん、じゃぁ金田君案内お願いねー。

 さて、そういうわけで行きたいなーって思うわけですけど、作戦タイムとか必要な人ー。」

 

 反応、なし。

 ふふん、男子組め。すでにロックオンは済ませたってことか。

 特に問題もないようなので、みんなで出発する。

 太陽の元、男女六人で街を歩く。

 幸い街路樹や軒先のテントのおかげで影は十分、太陽に焼かれ過ぎることもなく私たちは目的地への道を歩くことができた。

 道中、やはり裕子はいい子だな、と思った。

 私が男子に喋るきっかけを投げ、それを返してもらった男子の反応に、ちゃんと再反応してくれたのだ。

 流石にちょっと辿々しいところはあったが、最近流行りの漫画がにバレーが題材のものもあることが幸運だったらしい。

 本来触れ合うことのないインドア派と運動部、推しの解像度を上げるためにも興味を持とうとしているその姿は立派である。

 才加の方は吹奏楽部ということでグラウンド周回に何度か顔を合わせたことがあったということを思い出したようで、それなりに話せている。

 集合時の、お互いにパーソナルスペースの境目を探り合うような距離の取り合いはあまりない。

 心の中でホッと安堵の息を吐き、私は前を歩く金田君と裕子の話に混ぜてもらうことにした。

 がんばれ裕子、がんばれ男子。

 ルカからは甘酸っぱさ成分があまり摂取できないんだ。

 ここら辺でカップル成立とまではいかなくても、何らかの芽は出て欲しい。

 そんな欲まみれな視線で二人を眺める私だったが幸い気付かれることはなく、六人のグループは目的地のディスカウントショップへ向かうのだった。

 

 

 

 

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