10 15:45 一年二組

 クラス委員に誰が選ばれるのか。

 為人を知っていれば推薦だとかもできるだろうが、一年も付き合ってない初年度の役員ぎめは割とギャンブルだと思う。

 とはいえ、誰かがやらなければいけないことではあるだろう。


 そんなわけで、我がクラスの役員は理解ある先生の鶴の一声により最初の一学期を試しの期間としてゆるっとした役割だけを決め、二学期頭に正式に役員を決定すると言うことになった。

 その際、一学期の試しをやった者は連続での選出はされないというルールをつけて自薦推薦がなければ先生が決める、と言う形になった。


 そうは言ってもいきなりそんなことを言われてもやりたがる人間は少ないし、シャレで推薦しようとした馬鹿が推薦理由を先生に詰められて逆に役員をやる羽目になったりと紆余曲折あったがクラス役員は入学から二日目に決定となった。

 その中で私は特に役員に選ばれることもなく胸を撫で下ろしていた。

 一方で、やはり先生としても変な人材を選ぶのは避けたかったのだろう、一目で安心感のある人間をクラス委員として利用したかったに違いない。


 つまり、だ。

 見た目と話し方などの第一印象からあまり瑕疵のない子をクラスの委員長として選ぶのは仕方がないことで、ルカがそれにあたるのも仕方のないことだろう。

 ルカとあまり付き合いのなかった時期ならふーん、で済まされるがルカと改めて友人になったあの日からその感想は大きく変わった。


 一学期、先生の指名があったということは二学期以降の委員長などの役員としてルカを指名できないと言うことだ。

 ルカ以外にもしっかりと他人を纏められる男子女子が指名されていたため、正直今から二学期以降は不安である。

 さて、今私がそう言う話をしているということは、つまり目の前で行われていることは委員会関係のものであると言うことだ。

 

「それでは、皆さんにプログラムのプリントは行き渡ったと思いますのでご確認ください。

 その中で星印のついているプログラム以外が選択式の競技となります。」

 

 ルカの声に促され、手元の紙に目を落とす。

 プログラムと参加条件が書かれている表にはいくつか空欄が設けられており、手元で書き込みができるようになっていた。

 

「まず最後までプログラムを読み上げますので、参加したいプログラムへの挙手をお願いします。

 最低一度は上げてもらうことになりますが、もし最後まで上がらなかった場合は白紙委任ということで強制的に人が足りない競技への参加とさせていただきます。

 簡単ですが説明させていただきました、選出方法について何かご質問等ありますか?」

 

 柔らかい表情で、確認としてクラスを見渡すルカ。

 選出方法に関しての意見はないのか、しばらくは誰も動かない。

 ふざけがちな男子もしっかりと聞いているのは会議開始前の先生の言葉が効いているのだろう。

 一刻も早くこの会議を終わらせることが楽しみ(放課後前の自習)への道だとクラス全員が共通の認識を持っていることが感じられた。

 ルカの仕切りは特に茶化されることも滞ることもなく実にスムーズに進んだ。

 人数過多の競技の抽選に関しては、学習用のタブレット内に表計算ソフトを利用して作られた抽選機による抽選をモバイルプロジェクターを利用して黒板に投影。

 みんなの目に映るようにランダムに抽選していた。

 これって大丈夫なのかとも思ったが、先生は興味深そうに見ているだけだったので根回しはしていたのだろう。

 そんなこんなで至極簡単にそれぞれの参加競技の仕分けは終わり、三十分を余らせたその日最後の時間であるHRは先生が職員室へ戻るのを見送って自習の時間へとなった。

 

「ルカちゃーん、ありがとう助かったよぉー。」


 ルカに抱きつくのは副委員長の横山 麻美(よこやま あさみ)。

 実は私ともわりと付き合いのある子で、本来なら今日の司会進行もこの子の予定だったが、人前で話をすると吃りが出てどうもうまく話せないとのことで今回はルカが請け負ったと聞いた。

 今回は私がたまたまできましたけど、次回以降はもうできないですよ。なんて微笑むルカにもう一度麻美が頭を下げる。

 一応私の知っている限りではそれなりに人前で話す練習もしているようなので、次回以降に努力の成果が出るといいなと思う。

 そんな麻美がありがとう、と言いながら席に帰るのを見て、私はルカに話しかけた。

 

「ルカ、お疲れー。」

「ありがとうございます。

 桃ちゃんは障害走が選択の種目でしたっけ、頑張ってくださいね。」

「うん、頑張る。

 てゆーか、ルカこそ大丈夫?

 吹奏楽部の穴の分、三回も選択競技に出ないといけないんでしょ?」


 近くの椅子を借りてルカの机に肘をつきながら表情を伺う。

 少しでも疲れてそうだったりいやそうだったら、私も何か手伝わせてもらおう。

 そう考えながらの私の言葉に、ルカは私の頭を撫でて応えた。

 

「心配してくれてありがとう、桃ちゃん。

 でも、実はこれでも運動は頑張れるので大丈夫なんですよ?」

 

 親指を立てて自信ありげに宣う姿に一抹の不安はあるが、やる気になっているルカに水をかけるのもちょっと違う気がしたのでそっか、とだけ返す。

 心の中で、助けてと言ってもらえないか期待していたような気もして、元気に重荷を背負うルカに少し寂しさも感じた。

 そのまま話はルカが準備してきた各種資料に移り、いつの間に先生にガジェットの使用許可を取ったのかなどの話もすることになった。

 今回の科目決めは会議の進め方としてはかなりスムーズで、私の中学校時代を思い起こせば期限ギリギリに全部委員長が決めるか、ぐだぐだしすぎて会議時間が足りなくなって結局じゃんけんになるかのどちらかしか経験がなく、全員の参加意思を確認した上で折衝を行った今回の会議はかなりの出色だと思う。

 他の人も同じように思った人がいたらしく、私たちの会話に割り込む形で男女ともルカに労いの言葉をかけながら今日の会議のための準備をどうやったのかを聞きにきた人がいた。

 二学期以降はこのルカ委員長はどうやってもいなくなる。

 万が一自分が後を継ぐ場合を考えたら一応聞いておくかと言うことなのだろう。

 どちらにせよ、発表形式の授業も増えるようだし、知識として仕入れておきたい人はそれなりにいたようだ。


「ハーン、なるほど。

 先生には完成系を見せてその上で使いたいってお願いしたわけだね。

 最悪使わなくても何とかなる形にはしたけど、スムーズな進行には不可欠だって言い張ったと。」

「詞島さんすげえなぁ。

 俺パソコンなんか使えねえよ。」

 

 バレー部の、何だったか池田君、そう池田 巧(いけだ たくみ)君。

 バレー部らしい高身長と、フサフサの天パをした彼にクスリと微笑み、ありがとうございますと返すルカ。

 見てわかるくらい顔が赤くなってるが、その女はすでに予約済みだ。

 例えキャンセルされても次は私だ。

 ルカの方は自分に見惚れる男を気にも留めず、交渉内容について知りたがっているようだった女子、阿方 梓(あがた あずさ)に体を向けていた。

 阿方さんは授業態度や時折借りるノートから凄まじく滲み出てくるほど真面目な子で、先生に根回ししてスムーズに話を進める方法を思いつかなかったらしく今回のルカの手際にえらく感銘を受けているようだった。

 机の上に置かれたタブレットに今回の会議で使ったスライドや人名をまとめる表などを出しながら阿方さんと池田君に説明を続けるルカの横顔を見ながら、視線をずらしてみる。

 阿方さんは真剣にルカの説明に聞き入っていて、なんでこの表にしたの、とかどれくらい時間かかった、なんて質問も合わせてしていて池田君の方は、もう何というか側から見ていて哀れなくらいわかりやすくタブレットのディスプレイじゃなくてルカを見ていた。

 ひとしきり話した後、ルカへの質問も終わったのか満足そうに満面の笑みを浮かべる阿方さんに握手を求められ、それに応えるルカをシャッター音がしないアプリで写真に撮る。

 今度山上君に会った時に見せてやろう。

 席に戻る阿方さんと、その後ろに続こうかどうしようか迷っている池田君。

 阿方さんほどルカに積極的に話しかけることはできなかったが、せっかくのチャンスを無駄にもしたくないと言うことか。

 しかし、男子のもじもじとした姿は可愛いものというのが薄い本の定番だが、180近い天パがしてても可愛らしさなんか微塵も感じないな。

 いや、顔のせいか?少なくとも可愛らしさなど感じない男って感じの顔だし。

 あちらこちらと飛ぶ目線がたまたまルカの目線と合うと、口が空いた。

 すっごいわかりやすい。

 これを萌えとみるかどうかはわからないが、こいつルカと目があう前に私とも目があったのに何の反応もしなかった。

 故に、今回のこいつの行動は萌えとは判断しないことにする。

 脳内法廷反論無し。全会一致。


「池田さん、何か質問とかありました?」

「あー、その、はい。」


 ルカの質問にしどろもどろになる池田君。

 さて、冷静に目の前の彼を見てみる。

 身長は、山上君より高い。 体型もすらっとしていて、いかにもなスポーツマンって感じだ。

 あっちは何というか、厚いって感じだし、お世辞にもスマートとは言い難い。

 顔は好みにもよるだろうけど、おおよその女の子だったら7:3で池田君に軍配が上がると思う。

 後、確か一年ながら補欠に入りそうだとかこの前聞いた気がする。

 割と良い感じの物件な感じがするのだが、さぁどうなんだろう。

 

「詞島さん、次の土曜って暇?」

 

 お、直球。

 中々に良い感じの探りだが、土曜は・・・

 

「ごめんなさい、もう予定が入っていまして。

 ね、桃ちゃん。」

「うん。」

 

 そう、私がすでに予約済み、というかルカがすごくワクワクしていたから聞いてみたら、期間限定でチベットスナギツネを展示すると言うことで動物園に行くらしく、私も見てみたいと言ったら一緒に行こう、と言うことになったわけだ。

 ちなみに山上君も普通に一緒に行くらしく、デートの間に挟まるのは流石にやばいよ、と一度断ったところ、その日のうちに

 

『もし差し支えなかったらルカと一緒に楽しんで欲しい。』

 

 と山上君直々にSMSを貰って参加を喜んで承諾させてもらったのだ。

 そんなわけで土曜は先約済み。

 ただ、この断り方はちょっと希望を持たす形になってないか、と思うとやはり相手もそう考えたのか、次の矢を撃ってきた。

 

「えっと、それじゃあどこか都合がいい日無い?

 大木さんも一緒でいいけど、どこか遊びに行かない?」

 

 緊張がほぐれてきたのか、口が回り始めてきたな。

 そんな池田君を見て、少し疑問が出てきた。

 側から見ればあからさまに好意を持っているように見える池田君。

 ルカの性格的に、彼氏がいるのにこういうアプローチをされるのは嬉しいものなのか、と少し疑問を感じた。

 そりゃあアプローチかけられるのは嬉しいものだろう。

 だが、そんなルカの表情はお泊まり会の時にみた本当に嬉しそうにしていた顔や、私の話に大笑いしてくれた時の顔に比べるとあくまでよそ行きの笑顔に見えて嬉しそうには感じなかった。

 鈍感を気取り、悦に入る。

 ルカはそんな子には思えない。

 まさか、マジモノか?

 とりあえず、試してみるかと横から口を入れてみた。

 

「いや、別に私はいいけどさ。

 それよりルカの彼氏に聞いてみるべきじゃん。」

 

 私の言葉に、クラスが止まった。

 男子も女子も、ざわざわとしていたクラスの空気が一気に止まり、全員の視線が私に向いている気がした。

 池田君なんか、目を見開いた無表情というどんな感情なのかわからない顔で私の方を向いている。

 チラリとルカを見ると、ルカの方も口に手を当てて驚いた顔をしている、が、これは思わぬことを指摘されて驚いている顔のようで、私がなぜこんな言い方をしたのかを理解したのか、少し困ったような顔をして、唇だけでありがとう、と言うと池田君に向き直った。

 

「そうですね、私も桃ちゃんだったらいいかなって誘っちゃいましたけど、男性の方と遊びに行くのはその、ごめんなさい。」

 

 丁寧に頭を下げるルカ。

 池田君の方はといえば、表情の抜け落ちた顔から血の気まで抜けていた。

 うん、と蚊の鳴くような声量の高音で応えるとカクカクとした動きで教室を出て行った。

 その後ろ姿を見送り、ドアが閉じられるとルカが私に口を寄せて話しかけてくる。

 

「あの、桃ちゃん。

 池田君ってその、私のこと誘ってた、んですよね?」

 

 耳元で話されることで、吐息まで感じられる。

 耳が幸せすぎるために話の内容なんかどうでも良くなりそうだったが、何とかそこは理性を総動員して踏みとどまった。

 頑張れ私、ルカの貞操と一人の男のプライドがかかっているんだ。

 

「うん、そう。

 てか気づかんかったん?」

「あの、はい。

 今まであんまりそういった経験がなくて。」

 

 世の男は、ルカの周りにいた山上君以外のXY染色体の持ち主は何をしていた。

 と言うか、チャラ男とか陽キャとか、女と見れば声をかけるような下半身に脳がついてるようなやつもいなかったのかよ。

 この辺りは後で聞こう、と心に決める。

 とりあえずやるべきことは、困惑と申し訳なさそうな表情をミックスした曇り顔のルカの表情を晴らすことか、とわざとらしく声のトーンを上げながらルカに話しかける。

 

「そういえばルカに彼氏いるかって中々聞かなかったよね。

 私もこの前のお泊まり会で初めて知ってびっくりしたわ。」

「そういえばそうでしたね。

 あの時電車で紹介したのが初めてでしたっけ。」

「うんうん。

 いやー、まさか同年の彼氏とはね。」

 

 わざとらしかったかな、そう思って周りを見てみたら再度ざわざわとクラスが沸いていた。

 ピロンピロンと私のスマホにルームのメッセが届いた通知が連続で来る。

 とりあえずはそれは無視。

 ルカとお泊まり会の時の話を続ける。

 相変わらず楽しそうな笑顔、彼氏がいることをバラされて困ったような顔はしていない。

 先に釘を刺せてよかった。

 辺りの男子も、数分前と比べて明らかに消沈している姿が多い。

 誰にも優しく笑顔を返してくれる美人で礼儀正しいナイスバディな女の子、うん、確かに勘違いするね。

 クラス内の空気が変わる。

 ルカに彼氏がいた、と言うのはやはり結構なサプライズだったようで男女問わず影響が大きいようだ。

 少し困ったような顔の友人に向けてため息を一つ吐く。

 男に靡く様子を全く見せなかった子の彼氏持ち宣言は男子の心に傷跡を、女子の心に好奇心を与えてしまったようで、そのざわめきは帰りのSHRに先生が乗り込んでくるまで続いた。

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