37 なにかやっちゃいました?

 話をそこそこに、比奈城先輩の先導で会場となるカラオケ店へ向かう。

 やたらと話しかける名瀬に気を良くしたように話し続ける比奈城先輩の背を見ながら、俺は真壁先輩に話しかけた。

 

「先輩、今日はありがとうございます、よろしくお願いします。」

「おう、こうやって筒井と部活外で話すのは初めてだな、よろしく頼むわ。

 戸塚クン、が誘ってくれたのか?」

「はい、ちょっと色々あって知り合いになってて。」

「やるねえ筒井。横の繋がり作ってるのはいいぞ。

 二年にもなれば中々できないからな、そういうの。

 一年の間でガンガンぶつかってけ。」

「うす。」


 一年の差。

 人によってはたった一日誕生日が違うだけで作られるその差。

 日数による物ではなく、やはり先輩というフィルターが俺にそれ以上の差だと感じさせるのだろうか。

 話していても何となく落ち着いているように見えるし、すごい大人を感じてしまう。


「でも、先輩も比奈城先輩と仲良いんですよね。

 運動部繋がりでなんかあったんですか?」

「いやー、俺らの代は部活の交流はほんと無かったからなぁ。

 俺と比奈城が仲良いのは、ただのラッキーだよ。

 戸塚君には、何か話してた?」

「いえ、俺も聞いてないっす。」

「そか、まぁ言いふらすもんでもないしな。ま、たまたまタイミングがあって一緒に遊ぶようになっただけだよ。」

 

 去年は色々あったからなー、と呟く先輩にそれ以上の質問をするのは躊躇われて、戸塚と目を合わせる。

 漏れ聞くだけでもそれなりに危なげな情報が一年の俺たちに落ちてくるのだ。

 当事者である先輩たちには辛い記憶なんかもあったりするのだろうか。

 

「ま、お前らよりはマシだよ。

 てか何だよ今年の一年。ハーレムとか争奪戦とか、俺らの時代より加熱してんじゃねえか。」

「あ、やっぱりやばいです?」

「当たり前だわ。

 俺らの時は一つ騒動があっただけで学年全体に影響あったんだぜ?

 それがお前ら、筒井の四組の騒動だけじゃなく、七組八組でもまたやべえやついんだろ?

 てんこ盛りすぎてヒくわ。」

「あー、それはまぁ。」

「うちの部員にはいないけど、話聞くだけでうへってなるっすね。」

「だべや。」

「はー、ほんと夏休みおわんないでほしいっすよ。」

「学校行きたくないの理由が違いすぎておもろいな、お前らの年代。」

 

 気づけば先輩に愚痴を聞いてもらう形になりながら、目的地のカラオケボックスについた。

 ボックスしか入ってないビルのようで、外装もしっかりした物だった。

 部活仲間で行く時は安さ優先のぼろっちいところしか行かないので、何となく新鮮だ。

 耳を澄ませてもそこまで音が漏れてくるような感じはなく。しっかりと歌っても大丈夫そうだ。

 自動ドアを抜け、カウンターへと向かう。

 比奈城先輩が店員と親しげに話しているのを見るに、知り合いが勤めているというのは比奈城先輩の方だったらしい。

 同世代の高校生へのバイト割引券配布はこういった集客にしっかりとつながっているようだ。

 

「おう、大部屋予約って俺の名前でしてたのか?」

「はい、先輩のおかげっすから。」

「何だよお前良い奴だなぁ!」

 

 隣にいた戸塚がいきなり先輩に抱き寄せられ、ガシガシと頭を撫でられた。

 なるほど、こういう気の利かせ方もあるのか。

 勉強になる、などと思いながら辺りを見回してみる。

 アイスの冷蔵庫に携帯型消毒スプレーの貸し出し。

 設備一つ一つが割としっかりしていて、なるほど、女性の先輩がバイトできるくらいにはちゃんとしたところらしいな、なんて思った。

 以前一年連中で集まったところなんか、地面に落ちた吸い殻に壁は脂で黄色く染まっていた。

 そんな過去のカラオケと比較するに、今日の合コンは結構力入れているのだろうか?

 ふと、自分がこの場にいても大丈夫なのか不安になってしまう。

 そんなマイナス思考とダメな方の緊張を追い出すために、目を閉じ、最近緊張した場面を思い出す。

 先輩たちと試合をした時?

 テストの時?

 清子さんと自己紹介した時?

 どれも緊張はしたが、そこまで致命的ではない。

 意識をもっと過去へ、自分でも固まっていたと感じていた記憶を思い出す。

 元と一緒に飯を食い、大木さんと詞島さんに初めて会った時だ。

 あの時の緊張と興奮を思い出し、強く目を瞑ってからゆっくり目を開ける。

 視界には同年代二人と先輩二人、店員の先輩一人。

 よし、大丈夫。

 あの時に比べれば、なんてこたあない。

 わりかしガチガチだったあの時を思い出し、軽く自嘲しながら息をはく。

 視界が少しだけ明るくなった。

 部屋の用意もできていたようで、店員さんに部屋の番号を案内されると、男五人でエレベーターに乗り込んだ。

 ついたのは中階層、割と廊下の真ん中ら辺の部屋で、トイレとドリンクバーに行きやすそうだな、というのが俺の感想だった。

 

「女の子たち、まだ来てないんですね。迎えとか行かなくて良かったんすか?」

「ん? 大丈夫大丈夫。リーダー的な女がまとめて連れてくるって言ってたから。」

「ま、外で会ったら帰られることもあり得るからな。」

「え?」

「冗談だ。」

 

 ちっとも冗談に聞こえない冗談を先輩に言われて、とりあえず促されるままに席に着く。

 こういったことに対する経験は全くないので、誘ってくれた戸塚からは離れないようにしとこうと戸塚が座った所の近くに陣取ることにした。

 

「なあ、こういうのって上座とかあんの?」

「ブフッ、すごい考え方すんな。

 そういうのある集まりもあるみたいだけど、比奈城先輩はそういうの気にしない人だから大丈夫だよ。」

「そっか。」

「あぁ、でも厳しい人はやばいらしいから、そこら辺はむしろ誘われた時に言われるよ。俺も他のグループに誘われた時、ガチ目に注意受けたし。」

「行きたくねえなあ、そんなとこ。」

「そのうち誘われちまうよ。どんどん誘う相手減ってるらしい。」

「何か仮病のストック作っとかねえとな。」

「それな。」

 

 電目のスマホとのリンクとか、クーラーの風向きの調整とか。

 そういったものも戸塚に教えてもらいながらやってみる。

 どれも礼儀とは違うが、やっておくと色々便利らしく、こういう経験を持つ奴からは本当に教わることが多い。

 一回やればわかることでも、一回もやらないことだって多いんだから。

 ちなみに、名瀬はさっさと外に出てドリンクバーでオリジナルドリンクを作り始めている。

 

「お、もう着くってさ。」

「よっしゃ、気合い入れるかぁ。」

 

 スマホに来た着信に比奈城先輩が気づくと真壁先輩も気合を入れる。

 戸塚は落ち着いているように見えるが、利き足の右の腿がピクピク動いている。

 周りの緊張が逆に俺には余裕になった。

 やばいもん作った、捨ててくる、と部屋を出る名瀬の背中を眺めながら、もう一度大木さん、詞島さんとのファーストコンタクトを思い出す。

 入り口でやった一回目よりも余裕がある。

 急いで入ってきた名瀬、誰も声を出さない六秒間。

 空白の後、ドアを開けて五人の女性が挨拶しながら入ってきたのだが。

 正直に言おう、俺は構えすぎていた。

 考えてみてほしい、俺が予防に使っていた相手は、詞島さんだ。

 ついでに清子おばあさん。

 あんな規格外の二人相手に抱いた緊張を、そうそうするわけもない。

 そう、五人の女性の顔を見て、俺はあろうことか安心感の方を持ってしまっていた。

 

「お疲れ様です!今日はよろしくお願いします!」

 

 固くなっている戸塚の横で、俺は立ち上がり勢いよく頭を下げた。

 うん、何というか、気づかなかったが俺って女性相手のパワーレベリング済ませてたんだな。

 チラリと先輩方の方を見るに、ちょっと緊張していたようで俺のいきなりの行動に一瞬だけ驚きの表情を見せると、ニヤリと笑って親指を立ててくれた。

 そうだ、こういう時に言うべき作法を確か大木さんから教わっていた。

 えっと、確か……

 

 あれ?俺、何かやっちゃいました?

 

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