23 12:02 一年二組

 遊びの誘いで嫌な予感がした経験はあるだろうか。

 私は何度かある。

 中学時代、たいして仲良くもない別のクラスの人間からライブチケットを配られた時や、片っ端から声をかけているやつ。

 そういったなんか違う誘われ方をした物のうち、何件かに違和感を覚え、参加を渋ると目の色を変えて勧誘し始めた。

 何というか、追い詰められた感を感じられるそんな勧誘に肯定の意を示せるわけもなく、先生に呼ばれてるとかいって話を断ち切ったり、その日は親に連れられて親戚に会いに行く、なんて言って逃げ出したら翌週から何人か停学になってたりしてた。

 飲酒・喫煙程度ならまだいいが風の噂ではもっとヤバいものもあったりしたらしい。

 勿論詳しい情報が一生徒の私に回ってくることがあるはずもなく、とりあえず理由も言えないけど退学、なんてこともあった。

 行くことによるメリットよりも行かないことのデメリットをやたらと声高に叫ぶやつは大抵駄目だった感じがする。

 さて、何でこんなことを言っているかというと、今まさに私的には逃げた方が良さそうな感じの詰め寄られ方をしているからである。

 

「ねえ、良いじゃん桃ぉ。

 こんなに割引効くことあんましないよ?

 それにほら、ネットで探しても名前出るくらいには有名なところなんだから、大丈夫だって!」

 

 私に向けて強く話かけるのは、クラスメイトの一人、竹田たけだ 清夏せいか

 正直そんなに接点がないタイプの子で、授業のグループ分けの時に少し喋るくらいの間柄だ。

 ブランド物や高級そうな化粧品、そう言ったものに興味が強いタイプで、あんまり価値観が合わないことを以前ちょっと話した時に強く感じたものだ。

 触らせてもらったり、いくらするものなのかなんてのも教えてもらったがどうも私には合わなかったようだ。

 まぁ、私がブランド物なんか持ってたら母親との膝を突き合わせて説教五時間コース(休憩は二時間ごとに五分二回)確定だ。

 とまぁ、そのぐらい私とは趣味も付き合いも重なる部分がうっすい間柄な竹田さんだが、なぜか熱心に私をライブへと誘っている。

 失礼にならないように眼球だけを動かして教室内を軽く見回すが、いつも竹田さんと一緒にいる子たちは教室内にはいないようだ。

 

「んー、でもねえ。

 竹田さん、いつもいる子たちと一緒に行ったほうが多分楽しいよ?

 私ライブとかそう言ったものに対して何も知らないし。」

 

 嘘である。

 中学時代、クラスの男子が組んだバンドが演奏するということで誘われ、数人のクラスの女子と行ったりしたことがあるし、動画サイトで気に入ったインディーズバンドが近くでやってる時なんかは現地参加したことも何度かある。

 因みに中学時代の同級生のバンドは他のバンドと比べてあまりにも緊張しまくっててミス連発。

 クラスでの粋がった姿とは違うそれに大笑いしてしまい、それが周りにも伝播。

 結果、吹っ切れた彼らもやけになって演奏し結果大盛り上がりになったという経験がある。

 その時も、自分で選んだグループのライブに行く時も、特に感じなかった違和感と竹田さんの所属するグループに対する引け目のようなものがなぜか私に二の足を踏ませていた。

 

「もうみんな誘ってて、いつメンで来れる子がダメだけど参加数は決定してんの。

 今回はちょっと大きめな箱でさ、人数に余裕あるから新しい子も連れてきたいってことで声かけてんのよ。

 ね、どう?

 きっと楽しいよ?」

 

 スマホに出ているのは竹田さんがさっきから推しているグループの動画。

 流石にMVなどを出すような本格的なアーティストとはレベルも観客数も違うが、熱量のようなものは感じさせるライブだ。

 ただ、偉そうなことを言わせてもらうなら私はそこまで惹かれるようなグループではないように思えた。

 何というか、心に引っかかるものが無い。

 こればかりはフィーリングのようなものなのでうまく説明できないが、多分サラッと聞いて楽しむことはできてもハマることはできなさそうな感じ、だろうか。

 音源買ってもそもそも日頃のローテーションには入らなさそう。

 

「んー、どうかなぁ。

 私あんまりこういうの乗れないかもだし、ライブハウスでもあんまり他の人と温度差あると迷惑じゃない?」

「いやいやそんなことないって、別にコールが確定してるようなビッグバンドでもないし、ヘッズもガチガチってわけじゃないから!

 ね? 一回くらい行ってみようよー」

 

 そんなにライブに来そうな人数少ないのか?

 私が思ったのはそれだった。

 あまりにもスカスカすぎてハコを抑える経費をペイできないとなれば、まぁあんまり良いことじゃないだろう。

 竹田さんがそこまで私を誘うんなら、行ってもいいかもな、とは思い始めている。

 提示された日程は、確かに私に予定はない。

 土日を含めた三連休二日目の夜、ダラダラとお菓子でも食べながら野良マッチで煽りプレイでもしてやろうと思ってたぐらいだ。

 さて、現実逃避はこれぐらいにしてライブについて考えてみる。

 招待されたライブ、それに行けば今までのライブ参戦の経験とは全く違うものになるだろうことは予想が付く。

 陽の中の陽である竹田さん、一方、ギリギリ陽、せいぜい庇の下が限界な私。

 生息域が大きく違う場所の空気を感じるのも一つの経験になるか、そう思った。

 どうせ地蔵になって追い出されてもそれもまた笑い話の一つか。

 それに、こんなに来ることをお願いされるのもぶっちゃけ気分良いし。

 

「ん、分かった。」

「え!? てことは!?」

「いいよ、行く。」

「うあーーー! まっじありがと!」

 

 桃サイコー、なんて言われながら抱きしめられる。

 ルカと違って埋まるほどはないが、メガネはずれる。

 あと何か匂いもするけど、よくわからない匂いだ。

 最近流行ってるとかいう香水だろうか。

 ルカから時折香るものとは違う、何か高いんだろうなと思わせる強く鼻に来る匂いだ。

 

「じゃーこれ、はい!

 こっちのカラーのやつはただのチケット風フライヤーで、この紙のQRが入場券とドリンクチケット兼ねてるから。

 何だったらスマホで撮っててくれたら持ってかなくてもいいよ!」

「おけおけ。

 っと、よし。

 んじゃあ、開始は。」

 

 チケット風フライヤーを見る。

 開場は十六時で開演はその三十分後。

 ライブハウスも街中のものだし、あんまり早く行かなくても大丈夫かな。

 

「十六時ちょっと過ぎに行けばいい?」

「そうそう、場所わかる?

 多分繁華街からは近いけど、用事なきゃあんま入ることない路地の先なんだけど。」

「うん、大丈夫そう。」

 

 スマホで確認した場所はちょっと想像すれば道が思い浮かぶような場所だった。

 生活圏が違うので行ったことはないが、その辺りまで足を伸ばすことはそれなりにあった。

 別に裏路地とか治安が悪いわけでもない、普通の通りだ。

 

「桃ありがとねー、ライブ楽しんでね!」

「うん、ありがと。

 あ、そういえばいつメン以外に他には誰か行くの?」

「んーん、桃が最初。

 これからまた何人かに声かけようと思ってんの。」

「そっか。

 頑張ってね。」

「もちよ。

 んじゃねー。」

 

 去っていく後ろ姿、机の上に残された二枚の紙を見る。

 既にスマホの中に画像として登録された電子チケットに、いかにもなチケット風フライヤー。

 イケメン、というのに一応分類されるような顔のお兄さん方がそれぞれの楽器を誇らしげに持っている。

 バンド名は、やはり聞いた覚えがない。

 後で一応曲とかは聞いとくか、とスマホのメモにバンド名を打ち込み、テーブルの上に置かれたチケット類も机の中にしまう。

 ダラダラと休むだけだった予定がライブに変わった。

 これも高校生としての付き合いというやつか。

 一人になって現状を把握し、ちょっと楽しくなってきた。

 行ったことのないクラスターの人たちの中に飛び込むこの感じ、うん、悪くない。

 そのまま昼休み、今日はソシャゲのイベントのため、フレンドしてくれてる子達とご飯を食べようと声をかけて一緒に食べることにした。

 そこで、竹田さんが結構頑張っていたことを知る。

 

「え?

 ゆーちゃんも行くの?」

「うん、一回も行ったことないんだけど、桃ちゃんも行くんだよね?

 だったら経験してみるのもいいかなって。」

「あたしも。

 初めてだけど、桃が行くんならー。」

「うーん、私に対する信頼感が嬉しいやら重いやら。」

 

 苦笑しながらお弁当に箸を伸ばす。

 と、スマホの通知欄にメッセージが表示された。

 相手はルカで、どうやらルカも竹田さんから誘われたらしく、私が行くのかを聞いてきた。

 

『行くよー』


 ルカの問いかけにそう返す。

 ふむ、ルカも参加か。

 出汁にされたか?

 不意にそう思わされるが、だとしてもまぁいいか。

 すでに行くと決めた以上、別に楽しめればそれでいいし。

 それに、ルカがいるのは何となく安心する。

 スマホから目をうつすと、裕子と才加がライブに対する期待を話していた。

 

 家に帰ると親に話を通し、ライブに行く旨を伝えてOKを貰う。

 割と遊びに行くことはあった事と、場所か近場であること。

 ルカも一緒ということが決め手になったようだ。

 親からの了解を受けたことと、参加が決定的になったことをアプリで竹田さんに伝え、その際にちょっと参加者について聞いてみる。

 やはりルカにも参加を依頼していたようで、私とルカ、裕子と才加の四人を誘ったということだった。

 他の子は先約があったり親との兼ね合いで参加できないらしい。

 そういうこともあるだろう。

 ただ、いつもと違うメンバーでいつもは行かない場所、それにワクワクを覚えていたのは事実だ。

 話を終え、タブレットで動画サイトを巡回しながら寝転んでいると、どんどんいろんな考えが浮かんでくる。

 裕子はおとなしい子だから、私と才加、どちらかは離れないようにしないと。

 匂いが気になった時のためにマスクとスプレーは持ってたほうがいいかな。

 帰りにどこか寄ろうか、いや遅いかな? でも翌日休みだし。

 ああしたら楽しいかな、こうすればサポートできるかな。

 以前ルカと山上君と動物園に行ったとき、山上君がリュックから出してくるものに随分助けられた。

 おかげで帰ってきて日焼けに悩まされることもなく、服にゴミや泥がついていないかも気にせず済んだ。

 あんな楽しい時間を、また過ごしたい。

 今度は私が、友達三人に竹田さんを含めた新しいメンバーで。

 計画を立てるのは、楽しい。

 ライブ前に演者さんの動画を流し見ながら、私はライブエンジョイ計画を立てるのだった。

 

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