26 驚いた(二回目)

「はい、終了〜。」


 元の声をきっかけに、俺と詞島さん、大木さんが卓に突っ伏した。

 気づけば夏にも関わらず、空は暗くなっている。

 自分達で解き方を見つける物理や数学とは違い、教科書に書かれている内容を書き出すだけの歴史、人文、英語は全員で手分けをしていたために集中力が高まっていたのだろう。

 因みに英語はテストの際には記述が主だが、課題の場合に関しては読むのがめんどいと言うことで先生が選択式にしている。

 本当にいい先生だ。


「いやいやいや、驚いたよ。

 何のかんので暗記系は終了。午前にやった記述系の課題以外はもう終わったも同然だね。

 私ここまで真面目に課題を一気に解いたの初めてかも。」

「うぅ、数学がまだ残ってる。

 元、明日も手伝って……?」

「明日は部活と遊びがあるから無理か。

 あー、誰か一年の部員誘ってやろうかな。」


 各々本日の勉強会に関して口にしながら荷物を片付ける。

 高校一年、まさかいきなりこんなに真面目に課題に取り組むとは思いもしなかった。

 そのあたり、マジで大木さんに同意である。

 ふとメッセージアプリを立ち上げると、未読のメッセージが二六件。

 何で昨日止めなかったんだ、と古賀から来ていたのを見ると他のものを開くことなくまたアプリを閉じた。

 一通り、今日やるべきことは終わったか、と軽く肩を回す。

 その時、ちょうど襖が軽くノックされ、それに元が答えた。


「はい。」

「元くん、ちょっと失礼するよ。」


 その声と合わせて襖が開かれると、そこにはイケメンが立っていた。


「筒井秀人君だね、初めまして。ルカの父をしてます、詞島徹(しじま とおる)です。今日は来てくれてありがとう。」


 柔らかな雰囲気のお兄さんが、俺に頭を下げてきた。

 いや、父!?

 美人と言うのに躊躇いのいらない詞島さんの父上だ、きっとイケメンなんだろうと思っていたが、想像に違わないその姿につい驚いてしまう。


「え、いえいえ、そんな俺なんか、その、手伝ってもらってバッカっつーか。」


 焦る俺を、詞嶋さんのお父さん、徹さんはニコニコと見つめている。

 バカにするような色の全くない、その優しい視線につい頭をかきながら下を見てしまう。


「桃ちゃんも、お久しぶり。

 ルカとは相変わらず仲良くしてくれて、ありがとう。」

「いやー、もうお父さんったら。

 大丈夫です! ルカは私の親友ですから!」


 ねー、と詞嶋さんに同意を求める大木さんの頭を、詞島さんが撫でる。

 可愛い。


「今日はみんなお疲れ様。

 僕たちもさっき帰ってきたばっかりなんだけど、筒井君と桃ちゃんは急いで帰る用事なんかあるかい?」

「俺は特に無いっす。」

「私も同じく。」


 俺と大木さんがそう返すと、ちょっとホッとしたような表情をしながら徹さんはゆっくりと頷いた。


「そうかそうか。

 それなら、よければ一緒に晩御飯を食べていかないかい?」


 その言葉に、俺は固まってしまう。

 何というか、優しみがすぎる。

 さて、どうしたものか。

 遠慮したい気持ちはあるが、もうちょっと元とも話したいし、詞嶋さんのご両親も見てみたい。

 少々の迷いの後、俺はお願いします、と頭を下げる。

 そんな俺に続くように、大木さんも頭を下げた。


「ぜひ、お願いします!」

「私も!」

「うんうん、いやーよかった。実はもう注文しちゃっててね。

 男の子二人分を含めてたから、食べてもらえなかったら元君が大変なことになるところだったよ。」

「お義父さん?」


 片付けたら食堂まで来なねー、と言いながら襖を閉める徹さん。

 のんびりとした、捉えどころのない人だ。

 そう思いながら、また腰を下ろす。


「俺、詞嶋さんのお父さん初めて見たわ。

 なんか、詞嶋さんのお父さんって感じだな。」

「だよねー。

 あれで眼鏡かけてたら私の癖に超突き刺さってた。」

「でも、昔よりは落ち着いた、というか気が抜けたよな。」

「そうね。

 最近はよくお母さんとも外に出るようになっているし、私たちが高校生になってから色ぼけに磨きがかかったのは確かかも。」

「それはある。

 あ、シュウ、先に家に晩御飯食べて帰ってくるって伝えたほうがいいんじゃない?」

「お、それもそうだな。」

「私も連絡入れとこ。」


 先程のサプライズゲストに関する感想を語ったりしながら、改めて元の部屋を片す。

 荷物を纏めると、四人で元の部屋を後にした。


「そういや食堂って言ってたけど、何か長いテーブルとかあんの?

 俺テーブルマナーとかは無理だぜ?」

「そう言う部屋もありますけど、今日は十人もいないですから普通の食卓ですよ。

 桃ちゃんは何回か一緒にご飯食べましたよね。」

「あ、あそこ?

 いや、確かに宴会場みたいな所と比べたら小さいけど、私の感覚じゃ十分広いんだけど。」

「うん、大木さんの感覚は間違ってないね。

 まぁ、実際十人弱着ける食卓って考えたらあのぐらいの広さはあるものなんじゃないかな。」

「あ、そりゃそうか。」

「なんか緊張してきたな。」

「ふふ、残念ですけど、もう着きましたよ。

 まぁ大丈夫です、礼儀なんてないただのお食事ですから。」


 詞島さんの言葉で閉められた襖の前に立ち止まる俺達。

 襖に優しくノックをし、入ります、と声をかける動作はやはり品が良いお嬢様然とした感じを受けた。

 襖を開いた先には、8畳ほどの部屋に床の間が据え付けられた和室があった。

 大きめな座卓の上には寿司桶が並んでおり、何と言うか、語彙力がなくて申し訳ないがいかにも和ハイソって感じだった。

 先に卓に着いていたのは先ほど会った徹さんと、日本人形みたいに美人なショートカットのお姉さん。

 そして、着物をつけた優しそうなお婆さんだった。

 先に挨拶したほうがいいかな、なんて思う俺の肩を元が掴み、敷かれた座布団へと座らせた。

 大木さんの方は慣れているのか、詞島さんと一緒に躊躇いなく座布団に座った。


「初めまして、筒井さん。

 さっきはウチの夫が何か失礼しませんでした?」

「え、いえいえそんな。すごい優しく声かけてもらえまして、よかったっす。」


 薄々気づいてはいたが、やっぱりか。

 詞嶋さんの母親たるは間違いないようだ。

 鷹が鷹産んだってことか。


「改めて、私、ルカの母をさせていただいてます、詞嶋奏恵(しじま かなえ)と申します。

 今日は勉強お疲れ様でした。」


 上品に頭を下げる女性に、上下スエットでテレビにツッコミを入れるわが母の姿がダブる。

 敗北感は無い。

 勝ち負け以前の問題だ。


「それと、ルカの祖母の詞嶋清子(しじま きよこ)です。

 よろしくね。」


 座りながらでも綺麗なおじぎについぼうっとしてしまったが、かけられた声にはっと意識を取り戻す。

 どう表せばいいのか迷うが、芯のある声、と言うのがピッタリくるような気がする。

 おばあさんの方も向き、頭を下げる。

 改めて見たその姿は、灰色?のような緑のような色を基調とした着物を着たすごく上品なお婆さん、といった感じだ。

 白い髪を結い上げ、こちらを見る目は優しく、姿勢は鉄芯でも入っているかのように安定している。

 おばあさんの話をする時、元も詞嶋さんも嬉しそうにすることに最近気づいたが、なるほど。

 これは、自慢したくもなる。


「夏休み一日目ですし、仲良くしてもらってる筒井くんもいらっしゃるから奮発させてもらいました。

 どうぞ、存分に召し上がってくださいね。」


 奏恵さんの言葉で改めて卓上に並べられた寿司桶を見る。

 キラキラと光を放つようなネタの数々に、香りたつ酢飯の匂い。

 いかにも外国人が考えるような素晴らしい寿司が並んでおり、変わり種として肉が上に乗った寿司がいくつかあるのも若い俺ら向けなのだろうか。

 本当に手を出していいか?

 何か儀式とかないか?

 そんな戸惑いからキョロキョロと周りを見てしまうと、つい清子さんと目があう。

 唇を緩め、にこりと笑うと、清子さんはゆっくりと両手を合わせた。

 それに続くように、元が少し大げさに手を鳴らし、両手を顔の前で合わせた。

 慌てて俺も両手を合わせる。


「いただきます!」

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