25 笑われた

 家は大きいはずなのに、トイレは居住スペースからわりと直ぐ近くにあった。

 歩いていて思うが、この家は古風な外観にも関わらず、住みやすく改造されたり改築されたりしているのだろうか。

 照明は今は明るいから着いていないが棒LEDだし、縁側に刺さっているポールも太陽光パネルが着いているタイプのやつだ。


「どっち先入る? じゃんけん?」

「いや、俺顔を洗いたいだけだったからシュウ使っていいよ。」

「おう、さんきゅ。」


 手を洗う場所とトイレが分かれている、ふんだんにスペースがとられているそこは一般家屋とはやはり違うとそう感じた。

 因みに、便器もかなり新し目なやつで日本民家然とした外見との違いに軽く脳がバグる。

 外観、廊下、部屋、トイレ。

 色々と見てきたが、いかにもな高級品が見当たらないにも関わらずすごい高級な家なんだなと感じさせられた。

 こんな家だから詞島さんが育ったのか、そんなことを考えた。


「おう、終わったぞ。」

「ん、じゃぁ戻ろうか。」


 日常のふとしたところに差を感じてしまうのは、俺の根っこが小市民だからなのだろうか。

 アパートで一家が暮らす俺の家族、別に貧しいわけではないし、むしろ姉と兄を大学に行かせてるんだから家は十分に裕福な方だろう。奨学金だけをあてにするわけにも行かないのだから。

 そんな家族に不満を持ったことはない。

 実際、クラスのハーレム主だとか、別のクラスにいるという財閥関係者なんかは俺が怯むようなこんな家でも小さいとか言ったりするんだろう、だが、そんな理解できない上流階級ではなく、ある程度仲良くなったことで理解したいと思うようになった詞島さんの暮らしに対して、少し羨ましさのような物が湧いた。

 そして、その羨望、というには弱い感情は詞島さんの家を緊張しているようには見えないように歩く元にも向く。


「なぁ、元の家もこんな感じにでかいのか?」

「ウチ? まさか。

 色んな縁が重なって一軒家だけど、田舎だし広さもこのお屋敷に比べたら恥ずかしくなるぐらい普通だよ。」

「へー。

 じゃぁ家自体はこんな金持ちじゃない感じ?」

「うん、まぁ普通より少し上くらいだと思うよ。

 家持ってるのだって結局色々運がよかっただけだって両親とも笑って話してたし。」


 そういえば、家の話なんかしなかったな。

 そう思うと、俄然興味が湧いてきた。


「あれ、兄弟いなかったっけ?」

「前に一回話したよ。

 シュウは兄姉一人づつ、って話されて、俺は一人っ子だからちょっと羨ましいって。」

「え、そんな話してたか?」

「してたよ。まぁ、ぼーっとしてたから覚えてなくても仕方ないかもしれないけど。」

「はっは、悪りぃ悪い。」


 部屋までは、後少し。

 まだ、声は聞こえづらいだろう。


「普通にしててさ、金銭感覚とか、色々違うとしんどくなんないか?」


 つい、そんなことを聞いてしまった。

 口に出した瞬間、後悔してしまう。

 まるで恋人の間に不和の種を蒔くタイプの嫌なやつじゃないか。

 そんなことを考えても、口から出た言葉はもうどうしようもない。

 否定するのも変だし、茶化すのがいいのだろうか。

 なんちゃって、なんて誤魔化そうとするが口からはそんな言葉は出なかった。

 振り返り、俺を見つめる元。

 その目が怒りに燃えていれば、まだ良かった。

 哀れみに満ちていた場合も、理解はできただろう。

 ただ、元の目には特に何の強い感情も浮かんでいるようには見えなかった。

 いつもの、クラスで朝にバカな話をする時の元そのままで、俺の言葉からはひとかけらの悪意も掬い取ってはいないようだった。


「普通にしてたら、金銭感覚なんて違うもんでしょ。」


 クスリ、と苦笑しながら元はそう返してきた。


「大丈夫、何とかなるよ。

 ルカだもの。」


 その言葉は、一体どう言う言葉なのだろうか。

 お互い高校一年目だから出てくる、考えなしの言葉か?

 自分だけは違う、特別だという感覚への自負か?

 呆けと同時に、俺は何故か苛立ちもほんの少しだけ湧いていることに気づき、自分の感情に疑問を持ってしまった。


「まぁ確かに、同じことをしてても注ぎ込む額の違いはあるよ。

 俺は本とかガジェット、ルカはサブカルに服。

 一緒に買ったりもするけど、そういった感性を磨耗させる使いすぎようなことはおばあさんが許さないから大丈夫だよ。」

「お、婆さん?」

「ん、ルカのおばあさん、詞島清子さん。」


 すごい人だよ、と言うと元はまた歩き出した。

 付き合っていくうちに金銭感覚が狂い、使い方がおかしくなるなんていくらでも聞いたことがあるのに。

 元自身がどこかしっかりと地面に根を下ろしているように見えるからなのか、そんなトラブルが起こり、破局を迎えるというありがちな結末が、何故か想像ができない。


「なんだよ、それ。」


 我がことながら、なんでそんなことを呟いているのかが分からない。

 むかつき、イラつき、そんなもののような気もするが、そのくせ嫌悪感はない。

 こんな感情は初めてだった。

 自慢するやつは、いけすかない。

 謙遜しすぎるやつは、褒められるを待ってるようで嫌いだ。

 こっちの考えに関係なく自分の意見を押し付けてくるやつなんかは最悪だし、

 自分の幸せさをひけらかしてこっちを蔑んでくるやつなんかマジで破滅すればいい。(古賀とか)

 じゃぁ、元は?

 そんな、俺の中での元に対するカテゴリー分けがなかなかできないまま、元と俺は部屋の前についた。


「ただいまー。」

「お帰りなさい。」

「お帰り! そんじゃ次は私ね!」


 襖を開けた所をすり抜けるように大木さんが俺と元の前を通る。

 部屋の中にいる詞島さんはそんな大木さんに困ったような微笑みを向けている。

 廊下での問答、詞島さんと元の間を裂こうとしたような質問のような気がして、ちょっとその顔を見る目を逸らしてしまった。

 綺麗で、可愛くて、汚れないようなその表情に対し、自分がどこか汚れているように思えて少しだけ恥ずかしかったのだ。


「そういえば、シュウに言われて思い出したけど俺も最初はルカの金持ちっぷりにすごいびっくりしてたよね。」

「あー、懐かしいね。

 あれでしょ、私が使ってるペンを見て、

 『漫画書くの? 』

 なんて。」

「そうそう。

 正月の習字の時も、おばあちゃんにもらった紙に書こうとしてウチの親に止められたり。」

「あったあった。

 おやつ十回抜いても足りないぞ!なんて驚かされてたね。」

「おい!」


 あっさりと、俺がぐるぐると暗い考えになろうとしていたことを元は詞島さんに話してみせた。

 つい大声で元にツッコミを入れてしまうが、当の元はそんな俺の焦りが楽しいのか笑いながら卓に着くと、詞島さんと思い出話に花を咲かせた。


「でも、持ってるものとか使うものは高級な物だけど、お金そのものはすごいしっかり躾けられてたよな。」

「そりゃもう、おばあちゃんがお金には厳しいもの。

 お母さんも時々おばあちゃんにセールの情報聞いてたりするし。」

「一番スマホ使いこなしてるの清ばあちゃんだもんな。」


 笑みを浮かべ、元は詞島さんとの話を続けた。

 時折俺に目線を向けたりしながら、話そのものは弾んでいる。

 五百円でできる贅沢を二人で必死に考えた話、古本屋を使うことを覚えた時の驚き、動物園の餌を買うために一緒に弁当を作った話。

 二人の歩んで来た道のほんの少しだろうそれは、俺の悪意を孕んだ質問なんか気にしていない、と示すかのように楽しそうに並んでいく。

 隣で聞いているだけで、不思議と心が温かくなってくる。

 わざとこんな話をしたのだろう元に、俺は感謝と、少しの敗北感を感じた。


「うん、やっぱり駄菓子をコスパで考えた時の思考が一番冴えてたね。」

「ルカはどうしても桜ゼリー餅入れたがってたしな。」

「好きなものは外せないよ。

 筒井君も、好きな駄菓子とかありました?」

「俺はコーララムネかな。それのソーダのやつがあったら絶対買ってた気がする。

 元は?」

「片栗粉で作った団子。」

「いや、それ駄菓子じゃねえだろ。」


 俺の後悔を基点とした駄菓子談義は大木さんが帰ってくるまで続くこととなり、帰ってきた大木さんのビッグカツ2枚重ねで乳歯を持っていかれた話で駄菓子の思い出話は打ち切られ、物理の課題に取り込むことになった。

 因みに昼は詞島さんが作ってくれたカレーで、デザートに話に出た元の片栗粉団子を作ってもらった。

 どちらも家庭の味からははみ出すほどの美味だった。

 使う金の多寡ではなく本人の努力が透けて見えた一品で驚いたものだが、食べた時の味よりも楽しそうに食べながら話す元と詞島さんの姿が不思議と記憶に残っていた。

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