27 美味かった

 いただきます。

 元気良い元の声に合わせるように、卓に着く人間がそれぞれ食事開始の挨拶をする。

 席には小皿と箸が置かれていたので、それを手に取り、とりあえず目の前の魚の寿司を小皿に取る。

 不思議と持った感じが重い。

 湧き上がる期待をそのままに一口で寿司を頬張り、噛み締める。

 噛み締めて感じた。期待以上。やはり、何もかもが違う。

 特に米が違った。

 噛み締めるつもりがあっという間に飲み込んでしまい、うめぇ、と口から正直な感想が漏れる。

 美味さに感動しながら、俺は次の寿司へと手を伸ばす。

 回転寿司では食べないだろうネタにも手を伸ばし、そのたびに感じる多様な味に感動してしまう。

 名前の分からないような光魚も旨い、

 玉子はふわふわで味が濃くて旨い、

 マグロは食べるうちに口に残るはずのスジなんか全く無くて、味が濃くて美味い。

 おいおい、イカってこんなにちゃんと味がして、しかも舌の上で無くなってくれるのか?

 欠食児童さながら、勢いよく夢中で桶から小皿を経由し、多種多様な寿司を食べてしまう。


「んー、玉子美味しい!

 いやぁ、ルカと食事すると美味しいものがどんどん開拓できてすごいね!」

「はっはっは、ウチのルカの友達なんだから、時々はこうやって持て成させてもらわないと。

 ほら、桃ちゃん。これ最近出し始めた肉寿司っていうらしいんだ、食べてごらん。」

「ありがとうございます!

 ん、うわっ!美味っ!」


 俺よりは付き合いが長いからなのか、大木さんは向かいに座る詞島さんのご両親と話したりしながら寿司を食べている。

 大木さんの美味しいの言葉に俺も追従してこの感動を伝えようとしながらも口の中にはまだ寿司が残っている。

 流石に食べながらは無礼だろうと尻込みしていると、話の割り込めるタイミングが終わってしまう。となれば次の寿司を食わねば。

 結局、二十貫ほど食べ切るまで俺は口をしゃべるよりも食べる方にのみ使い続けることになった。 

 最後に薄切りの、多分牛肉の寿司を噛み終わって飲み込んだあたりで、いつの間にか手元に湯飲みに入れられたお茶が置かれていた。

 自然に手に取り、湯呑みに満たされた熱すぎないお茶を呑み干す。

 ふう、と一つ息を吐き、珍しく集中して食べていた事に気付き、それと合わせて自分に向けられた視線にも気付いた。

 清子さんから向けられた視線はとても柔らかく優しいもので、老齢のご婦人にも関わらず、ちょっと照れくさくなってしまい、底に少ししか残っていない湯呑みを再度傾けてしまった。


「やっぱり、運動をする子は食べるのも元気よくて良いわね。

 筒井君の部活はバスケットボール、だったかしら?」


 その言葉に、隣の元に一瞬責めるような目を向けてしまう。

 初めて会う人間に自分の部活まで知られていれば、固まってしまうのも仕方ないだろう。

 とりあえず、目の前のご婦人が自分に興味を持っていることに小さな嬉しさを感じながら、俺は湯呑みを置いた。


「はい、バスケしてます。」

「私は知らないけど、最近は屋内競技の中でも流行ってるんですって?

 友達のお孫さんなんか、結構やってる子がいるって聞いてますよ。」

「そう、みたいっすね、あ、ですね。」


 俺の言い直しに、清子さんは口元に手を持っていき、小さく笑った。

 時代劇に出てきそうなその動作に、俺は少しの驚きを感じてしまった。

 マジで、こう言うことできる人いるんだ。

 いや、できる人はいくらでもいるだろうけど、俺にはその動きがとても自然に、そして上品に思えた。


「そんなにしゃちほこばらなくても大丈夫よ。

 私はただの、そう、筒井君から見れば、友達の彼女のおばあちゃんってだけなんだから。

 ……あら、普通会うことないぐらいには遠いねぇ。」


 頬に手を当ててそう話す清子さんに、あはは、と乾いた笑いで返す。

 言葉に棘や威圧感がまるで無いにも関わらず、しっかりと敬語を使わなければ、という変な使命感? 圧? のようなものを俺は勝手に感じてしまっていた。


「元からは仲の良いお友達ができたと聞いていたけれど、良い子みたいで本当に良かったわ。」


 そういえば、元が小中学の頃の話をしたことを、あまり聞いたことがないことに気付いた。

 俺の失敗談や、中学時代からの付き合いのあるやつと一緒に遊ぶときについでに誘ったりすることはあるが、元個人の中学以前の話は今までの中で話の議題に上がったことは無い。

 少し気になったが、俺は無理矢理それに蓋をした。

 ここで聞くことじゃない。

 今は、楽しいことだけ話す場だ。

 そう自分の中に納得をすると、清子さんにきちんと視線を向ける。


「あ、ありがとうございます。いや、元とはほんとただ運が良かっただけで、古賀ってやつが話してるところに俺が入って、はい……」


 学校の先生を相手にしてもしないような緊張した言い方をしてしまう。

 そんな俺に微笑んで、清子さんは手元に分けられた寿司に手をつけた。

 目元、口元に刻まれた皺は、きっと笑うことで造られた皺なんだろうか。


「そうなの、それじゃぁ何か縁があったら、その古賀くんにもお礼を言わないといけないわね。

 入学してすぐは、中々大変なクラスに入ってしまったって言ってたけど、一緒に遊ぶ君たちみたいなお友達ができてからは、一層楽しそうにしてるから。」

「そう、っすね。

 うちのクラス、中々やっばい感じのクラスですし、そのお陰で最近男子はほとんど仲良くなりましたけど。」

「えぇ、お話は聞いてるわ、本当にすごいクラスよねえ。

 でも、そのクラスの女の子たちってそんなに筒井君たちに冷たいの?」

 

 眉を顰め、本当に困惑しているような表情で清子さんが俺に問いかける。

 まぁ、そうだよな。普通に考えて同じクラスにいながら別の存在みたいにくっきり別れてるなんて、想像できるわけもない。

 

「はい、いやもう授業のグループワークで繋がりがなかったら、本当に話さないくらいに。」

「そう、ごめんね元。

 正直こうやって同じクラスの子が言わなかったら私は信じられなかったわ。」

「いやあ、清ばあちゃんが信じられないのも無理はないっていうか、俺もハーレムって初めて見たし。」

「な。

 うちの中学でもせいぜい二股くらいまでしか聞いたことないのに。

 まぁ、ほら七組と八組よりは。」

「あぁ、酷かったねえ、あそこは。」

「あら、また何かあったの?」

「あったというかなんというか。」

「今も継続中で、休み時間毎にクラスを跨いだ痴話喧嘩が始まってるんすよ。

 俺も元も、いつの間にかそこの男子とは仲良くなったんすけど、夏休みで学校の授業受けなくて済むのが一番嬉しいっつってました。」


 銀髪オッドアイで女顔で、誰がやったかわからない学年美人ランキングで一位だったらしいやつ。

 もう名前も独特すぎて覚える気もない七組のそいつを巡り、八組に最近無理矢理編入されたお嬢様がことあるごとに七組に殴り込んできているらしいのだ。

 その度に四組の隣に設けられた勉強スペースに逃げ込んでくる男子達と仲良くなったのはここ二週間ほどのことだ。

 クラス内三国志の争いに巻き込まれたくない四組男子の俺たちが逃げ込んだスペースにたまたまいた、二つの組をまたがるハーレムの女たちのギスギスから逃げてきた七・八組男子。俺たちは気付けば仲良くなっていた。

 気付けばハブられた男子である俺たち四・七・八組の男子連合は、うちの学校末期だな、なんて話して傷を舐め合ったり、お互いに壊された備品の申請の仕方やヤバそうなサインの見つけ方の情報連携などをするようになっていた。

 そんな話をして学年の現状を話すと、清子さんは額に手をやって大きなため息を、奏恵さんはものすごく微妙な表情で手元に持った湯呑みをくるくると回し、徹さんは爆笑していた。


「元からは、すごい学年ですごいクラスにあたったよ、としか言われてなかったけど。」

「いやあ、それ以外には何も言えなくない?」

「すごい、がクラスにしかかかってないと思ってたんだよ、私は。」


 はぁ、と大きく息を吐く姿もどこかかっこいい。

 扇子を讃えてお茶を点ててそうとか思っていたが、もしかして、キセルとかも似合うんじゃないだろうかなんて思わせる。


「それで、元はともかく筒井君も変な騒動に、本当に、巻き込まれたりしてないんだね?」

「うん、俺は特には。」

「俺も、っすね。

 てか、むしろ蚊帳の外っつーか。」

「そんな騒動なんか、対岸から眺めるに越したことはないよ。

 巻き込まれたって得られるもんなんかありゃしない。

 真面目に学生生活送ってた方がよっぽど後々のためになるってものさ。」


 笑いながらそんなことを言う清子さん、奏恵さんも苦笑しているあたり、この人たちも何か似たようなことがあったのだろう。

 微妙に口調もカッコよさげな砕けた口調にしてくれてる気がする。

 少し聞いてみたい気もしたが、少し二の足を踏んでしまう。

 話も良いが、今は目の前の寿司に比重を置きたいのだ。

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