38 16:02 視聴覚室

「申し訳ありませんでした!」

 

 私を先頭に、裕子、才加。

 最後にルカが室内に入り、ドアを閉めたその瞬間、先に部屋にいて、ドアを向いて立っていた大人の男の人が勢いよく頭を下げた。

 

「本当に!

 本当にごめんなさい!」

 

 若干鼻声になりながら、その隣に立つ女の人も私たちに頭を下げる。

 知らない大人が、いきなり頭を下げた。

 私たちにとってはそんなよくわからない事態。

 後ろを見て、裕子と才加とも意思の疎通を図るが、二人もありありと困惑が目に浮かんでいる。

 どうしよう、そう混乱しながらルカに目をやると、ルカが頷き、私たちの前に出た。

 

「竹田さんのご両親ですね。」

 

 私の半歩前に立ち、ルカが声をかけた。

 あまり聞かないような、感情を乗せ切ってない鋭い言い方だった。

 あのカラオケの時は焦りすぎて気づいていなかったが、ルカの背中、こんなに頼り甲斐があったのか。

 遮るもののない影のように真っ直ぐ背を覆う黒髪と、そのサイドから見える少々細めな肩。

 山上君のような視覚的な厚さや太さではない、内面から滲み出る強さが私に安心感を抱かせた。

 

「は、はい!

 父です!」

「母です。」

 

 下げてた頭をあげ、自己紹介とともにまた下げる。

 はっきりいうとコントのようにしか見えない一連の動作だったが、残念ながら笑う気なんかこれっぽっちも湧いてこない。

 頭を下げるご両親の隣で、竹田さんは憔悴した顔で泣きそうになりながら唇をかみ、スカートを握りしめている。

 いつもの化粧でばっちり決めた顔はほとんど化粧っ気がなくなり、目の下は腫れぼったくなっていた。

 いつも通りなのは髪だけで、顔も雰囲気も爪も飾りも、全てが装飾を外されていて見ているだけでこっちにダメージがくる痛々しさだ。

 

「えー、それで、竹田さん。

 そろそろ席についてもらってよろしいですか。」

 

 声をかけられて、初めて室内に先生がいた事に気づいた。

 そんな先生の言葉に竹田さんのご両親がペコペコと頭を下げ、こちらにも何度か頭を下げながら部屋の中央に置かれたテーブルについた。

 竹田さんを挟む形でご両親が座り、一番奥に先生が座っている。

 促され、竹田さんの対面にルカが座る。

 それを見て、私は先生の対面に座り、余ったルカの左右に、右手側に裕子、左手側に才加が座った。

 用意された椅子に全員が座る形になる。

 ここまで来れば、何となくこの集まりの意味もわかってくる。

 多分、親相手に謝罪行脚する前にまず私たち個人に謝らせて欲しいという事だろうか。

 さて、立場的には10:0で謝ってもらう立場、いわゆる好き放題言える超素晴らしい立ち位置なんだ、が。

 ぶっちゃけ、いたたまれなさすぎる。

 目を伏せる竹田さん、きちんとしたスーツに身を包みながらも、明らかに疲れが隠せないご両親。

 ルカに思いっきり吐き出す前なら違う感想も浮かんできたんだろうけど、今の私では追い打ちをかけるだけの激情も恨みも湧いてこない。

 チラリと横を向く。

 三人の表情をいっぺんに確認できるが、裕子と才加は困惑を浮かべ、ルカはおっそろしく凪いだ表情で竹田さんをじっと見ている。

 ルカのお母さん、奏恵さんを見た時に可愛らしい日本人形みたいだと思ったが、今のルカもどこか人形じみた感じがする。

 ただ、可愛らしさはかけらもなく、無機質に観察するマネキンが近そうだ。

 

「さて、四人に来てもらったのは、だ。」

「あの、先生。

 説明は私が。」

「あ、そうですか。」

 

 お願いします、と言うと先生は机の上に置かれたリモコンみたいな何か、ICレコーダー? をちょっと竹田さんのお父さん側に寄せた。

 あれ、何か国産メーカーのロゴ入ってるし、結構いいやつじゃないか。

 というかずっと動いてた?

 と、レコーダーに目をやっているとガタリと音を立て、竹田さんのお父さんが立ちあがろうとする。

 そこに声がかかる。

 

「お父さん。」

 

 ルカの声だった。

 いつも通りの、女の子としては少し低めの声。

 だけど通りのいいあの声が部屋に響く。

 竹田さんのお父さんは椅子を引き、中腰の姿勢のまま見えない手で押さえつけられるように動きを止めた。

 机に向けていたお父さんの目が恐る恐るルカを見る。

 ルカはそれをしっかりと確認し、手のひらをお父さんにむけ、次に席を促した。

 気遣いか、拒絶か。

 幸いな事に私はルカの対面にいるわけでは無いためそれを気にすることは無かった。

 一方、竹田さんのお父さんの方は眉をよせ、唇を震わせて浮かせた腰を下ろした。

 席につき、お父さんが机に向けていた視線をルカに向ける。

 ルカは、何も変わらず背筋を伸ばし、顔をお父さんに向けていた。

 お父さんの目線が揺らぎ、また机に落ちる。

 いや、ルカの容赦がなさすぎないか。

 

「おい詞島。」

「はい。」


 また空白ができそうな瞬間、先生がルカに声を掛けた。

 ルカがゆっくりと顔を先生に向ける。

 先生は頬杖をついたまま、ルカを見ている。

 無表情なルカ、少し憮然とした先生。

 二人の視線がぶつかり、数秒。

 先に視線を切ったのはルカだった。

 

「申し訳ありません、失礼をしました。

 どうぞ、お願いします。」

 

 だからそれが、と顔をあさっての方向にむけ、小さくぼやく先生。

 しかし、ルカは表情をかえずにじっと向かいの席の斜めにいる竹田さんのお父さんを見る。

 竹田さんのお父さんが机の上で何度か手を組み替える、。

 その少しの空白の後、やっと口が開かれた。

 

「先ずは、お時間を頂き、ありがとうございます。」


 絞り出すような声で、そう私たちに話しかけてきた。

 シックでおしゃれなはずのスーツ、とても似合っていて街中で見ればかっこいいと思うようなそれは放つはずの光を出すこともできず、お父さんの全身から出る悲しみと悔しさを受け止めることもできずにいた。

 

「この度は、本当に。」

 

 みし、と音がした。

 叩きつけるのではなく、押し付けられる頭。

 机の上に置かれた両手と頭、その三点がぶるぶると震えていて、しっかりとしたはずの机も気持ち揺れている気がする。

 

「うちの娘が、本当に、申し訳ないことを。」

 

 横から見ることができるため、私の位置からだと竹田さんのお父さんの顔が見える。

 食いしばるために大きく開けられ、噛み締められた口。

 見開かれた目からは涙が垂れ落ちている。

 竹田さんの向こう、お母さんの方も表情がすぐれない。

 必死にこらえているのか、今にもお父さんと同じように頭を机に押し付けてしまいそうだ。

 そんな二人の大人に、裕子の精神がちょっと波立っているようだ。

 竹田さんとルカの間を視線が行ったり来たりしていて、落ち着きがない。

 ううむ、何かした方がいいかな。

 そう思うと、視線を感じたルカが裕子の方を向き、にこりと微笑んで手招きをした。

 それに誘われるように座る位置を若干ルカよりにする裕子。

 テーブルの下でよく見えないけど、手でも握ったんじゃないかなあれは。

 顔色が目に見えてよくなっている。

 

「えーっと、その、私はよくわかってないんですけど別に私たち何もなかった、よね?」

 

 ちょっと上擦った声で、明るく言うのを失敗した声色で才加が私たちを見回す。

 うーん、私としては別にそれでもいいかもしれないけど、それで話を切ると何かこう、あまりよろしくないような気がするんだよね、勘だけど。

 そんな気がして、あちらこちらとふらふらしていた才加の視線が私に止まったところで、小さく首を横に振ってみせた。

 否定の意を出されることが意外だったのか、小さく表情を引き攣り、こわばらせ、才加は今度はルカを見た。

 だがルカも同じような考えのようで、この部屋に来て初めて悲しそうに眉を寄せ、視線を才加から外した。

 才加の顔がさっと青ざめ、周りを見渡す。

 謝るお父さん、下を向き、さめざめと泣いているお母さん、しゃくりあげる竹田さん。

 重い沈黙が部屋の中に満ちていた。

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