37 08:45 一年二組

 いつもの登校。

 少し乾燥する空気に目をしょぼしょぼさせながら、学校に向かう。

 何となく、そう、特に理由もないまま、決して理由なんか無くなんとなく三十分早めに出た今日はいつもに比べればゆとりのある車内。

 そこで私はぼうっと列車外の流れる景色を眺めていた。

 土曜日はゆっくりと休み、日曜にライブに行った。

 月曜の午前までルカの家で休んで、山上君とルカに送られて午後からは家で休んだ。

 ん?

 あれ、これって二人で出かける口実にされてないか?

 投げるか、訴状。

 いや、一応恩人だ。

 ここは民事で済ませるべきか。


 ところ構わず逸脱し続ける思考そのままに、私の乗る電車は目的地にたどり着く。

 駅から外に出て、学校へ向かう流れから少し離れ、深呼吸して空を見る。

 いっそどんよりと曇ってくれればドラマチックなのに、微妙に雲があるだけの実にいい天気だ。

 学校からは何の連絡も無い。

 クラスへの登校前に職員室に一度顔を出せ、位はいわれると思ったのだがその予想は外れた。

 全く、何がどうなっているのやら、だ。

 とはいえ、私の方からアクションを起こすのはやだ。

 ぶっちゃけ何にもなかったとか直接いわれたら暴れ出さない保証ができない。

 あーもーなんかこう、すごい偶然とか頭良い人とかがすごい解決法見つけてスカッと解決してくれないかなぁ。

 そんなことを思いながら、同じ服を着た集団が形成する学校への流れに乗る。


 耳に入ってくるのは授業の話、休みの話、趣味の話、恋愛の話。

 ところどころ七組の有名人組の名前が飛び交っていて、主人公周りは大変だなあ、なんて他人事を単なるエピソードとして消化する。

 あぁ、そういえば水族館に某国大使が一家で行ってたとかニュースになってたっけ。

 で、そこでまたフラグ立てたと。

 はー、イベントてんこ盛りの方々は三日も休みがあればハーレムメンバーの一人くらいは増やすのか。

 非公式wikiを見ると、彼のファンたちがすでに更新をかけていたようでとても詳しい話が書かれていた。

 いや、ダメでしょ。プライバシープライバシー。

 

「おはよー。」

「あ、おはよ。」

 

 ぼうっとしたままクラスメイトに声をかけられる。

 無意識のうちに返事をし、自分がすでにクラスのドアの前に立っていることに気づいた。

 竹田さんは、いるのかな?

 いないといいな、なんて思いながらドアを引く。

 クラスの中には私を追い越して教室に入った子や、朝練後の男子などがすでに始業前の時間を重い思いに過ごしていた。

 そこに竹田さんの姿は、無い。

 ついほっとしてため息を吐いてしまう。

 そんな自分の行動にハッとして、口を手で覆った。

 何となく、浅ましく感じてしまったのだ。


 そんな後ろめたさを隠すようにそそくさと自分の席につき、カバンの中身を机に入れたりしていつものルーティンをなぞった。

 席に着き、準備も完了。だがそれでも、何となく座りの悪さは解消されず、暇つぶしではなく意識の逃避のためにスマホをいじってしまう。

 ニュースサイトを巡回、ローカル情報を集める地域ニュースのサイトも検索エンジン上位の大手サイトもざっと見て、私たちのカラオケボックス事変に関する情報がないかを探すも、何の情報も出ない。

 あ、水族館の顛末は全国ニュースに出てたわ。

 スマホの画面をスリープにし、机に伏す。

 いっそ放課後まで寝たい。

 そう思って目を瞑り、じっとしていると肩が指で突かれた。

 

「桃ちゃん?」

 

 呼び声に、のたりと顔を回し、半目のまま私の名を呼んだ相手を見上げる。

 相変わらず清楚で自信なさそうな文学少女、裕子が困ったような顔で立っていた。

 顔の向きそのままに眼球だけを左右に動かすが、才加もルカも、竹田さんもいない。

 

「あの、大丈夫?

 寝てないの?」

「んー、だいじょぶだいじょぶ。

 きちんと寝たよー。

 おはよ。」

「え?あ、おはよ。

 ルカさんち、凄かったね!」

「でしょー?」

 

 何となく頭が重いので、ゆっくりと上体を起こす。

 裕子のおかげで、何とか起きようという気が沸いてくる。

 メガネをずらして目を擦り、首を軽くストレッチ。

 あー、しんど。

 

「あの後どうだった? 大丈夫だった?」

「え、うん。

 ただ帰るだけだったし、午後も家でずっといたから。」

「そっかー。

 私もおんなじ感じ。

 翌日学校だって思うと午後に外に出る気なくなるんだよねー。」

「あるある、特に連休だとね。」

「それね。

 一日しかないんなら割り切って外出るんだけどねー。」

 

 そのまま話は雑談に移る。

 ソシャゲの次のガチャに出るキャラについて、日曜にアップされた動画について。

 クラス外のグループから回ってきた野球部が練習試合に勝ったとか何とか。

 一つ一つが大した情報量のない駄弁りだが、授業前の時間潰しにはちょうどいい。

 そして、私のメンタルを整えるにも、ちょうどいい。

 話題が猫動画に移ろうとしたところで、ドアがガラリと開き、私の目がそちらに向く。

 才加が来て、続くようにルカも入ってきた。

 おはようの挨拶に手を振りながら返すと、才加だけでなくルカも私の席に歩いて来た。

 

「おっす裕子、桃。

 昨日ぶりー。」

「ん。」

「昨日ぶりー。」

 

 いえーい、と差し出す両手に裕子が左手で、私が右手で合わせる。

 裕子と同じく、特に変わったところはない感じ。

 見た感じ男子にも声をかけられたら普通に返している感じだし、変なトラウマとかはなさそうだ。

 一人になって、思い返してぶり返す。

 そんな感じのトラウマ発症なんかしてたらちょっと精神的にきついしね。

 ふとさやかの後ろに目をやると、ルカが両掌をこちらに向けながら、キラキラした目でコチラを見ていた。

 才加の手から自分の手を外し、ルカに向けると嬉しそうに近寄ってくる。

 何だろう、ペンギンがこっちに歩いてくるのを見るような愛らしさがある。

 気づけば横にいた裕子も才加から手を離して待ち構えている。

 そして、ルカに二人でハイタッチ。

 かーらーのー、握り!

 指の腹で感じるルカの指の横のすべすべさがたまらない。

 あー、いい、ちょっと高めなルカの体温が手のひらから伝わってくる。

 ちなみに裕子はハイタッチした後手を抱え込み、両手でルカの左手を撫で回していた。

 

「てい。」

「おふぅ。」

 

 才加に耳の裏を撫でられ、背筋を走るむず痒さに体が縮こまってしまい、ルカの手を離してしまう。

 

「そい。」

「んきゃん!」

 

 外から巻き込むようなジャブの軌道で脇に人差し指を突き込まれた裕子が、くすぐったさにルカの手を離した。

 

「よいしょぉ!」

「!」

 

 両手が空いたルカに、才加が抱きつく。

 どっちも160超えてたと思うんだが、ちょっと腰を低くして胸の位置に、顔を!?

 あ、周りの男子が死ぬほど羨ましそうにこっち見てる。

 

「え? うわこれやっべ、やっべってこれ。

 うーわ、桃一昨日これ吸ってたの?

 あー、キくわー。」


 ルカに抱きつき、顔面を左右に揺らして谷間に顔を埋めながら思いっきり匂いを嗅ぐ才加。

 うんうん、わかるよ。

 形容し難い柔らかさと、頭蓋骨と首の付け根あたりで味わう香りが変な感じでキくんだよね。

 それはわかる、けど許さん。

 無防備な背中、ブラひもに引っかからないように、触るかどうかのタッチで背筋を撫でる。

 

「んひいぃ!」

 

 背筋を走るくすぐったさに、才加からルカが解放される。

 それを好機と、私は才加の左腕をロック、裕子にアイコンタクトで指示を出し、右腕を掴んでもらった。

 捕獲、完了。

 ふふふ、捕まえてしまえばこっちのもんよ。

 なんてったって、あいつがすでに登校してるんだからなぁ!

 心の中で勝ち誇る私、その耳に足音が聞こえる。

 

「おはよう、浅井さん。」

「お、おはよう、いずみん。」

「あら、私たちそんなに仲良かったかしら?」

 

 いや、あんたら普通にご飯食べるくらいには距離近かったじゃん。

 最も、そのうっすいつながりもルカに抱きついたという罪状の前では泉にとっては無視しても構わないレベルのものらしいけど。

 くい、と顎先で廊下を示す泉。

 ごめんなさいごめんなさいと小さく呟きながら才加が後ろのドアに向かう。

 その後ろを泉が歩き、二人が教室の外に出た。

 

「うーん、さすがいずみん。

 ルカに関しては即動だねえ。」

「まぁ、やりすぎたね、あーちゃん。」

「ん、んー?」

「どしたの?」

「いえ、ちょっとホックが外されちゃって。」

「困ったなぁ、尖った固いものってボールペンしかないや。

 ゆーちゃん何かない?」

「え? え?

 えっと、ハサミ、とか?」

「んー、ちょっと殺意が足りないなぁ。

 まぁ、ボールペンでいいか。」

「桃ちゃん、ステイ。」

 

 立ちあがろうとする私の肩をルカが抑えた。

 くそ、ルカに止められたのなら仕方ない。

 頼んだぞ、泉。

 少しだけ開いた教室後部のドアに視線を送り、その先にいるだろう友人と罪人(友人)に祈りを捧げた。

 やたらと静かになっている男子達を尻目に、自然とルカの背後に立ってくれた他の子達と雑談していると、予鈴が鳴る。

 気づけば泉と才加が席に戻っていた。

 あれ? 才加と泉って席離れてなかった?

 何で才加の後ろに泉が座ってるの?

 こつんこつんって椅子を後ろから爪先で触る泉からは何か変な空気が才加に覆い被さっているようで、いつもの爽やかな雰囲気ではなく怯えるチワワみたいな感じになっていて、ちょっとウケる。

 本鈴が鳴る前にみんな席につく。

 男子、女子ともに授業の準備をしながら周りの人と話す。

 三連休あけの初授業、朝のSHRはいつも先生が適当に一言二言喋って終わるので今日もそうだろうと思ってたので準備する人が多い。

 本鈴と共に、教室前のドアを開けて先生が入ってくる。

 はて、竹田さんは?

 

「よーし、竹田以外全員いるな、じゃあ終わり。

 一限園崎のとっつあんだから、ちゃんと席座っとけよ。」

 

 教壇に立ち、ぐるりと見回してそれだけ言うと担任の先生はすぐ外に出ようとする。

 所要時間十二秒である。

 

「あ、そうだ。

 詞島、大木、野々原、浅井の四人は放課後入ったら教員室横の会議室に来るように。

 何か用事あったらそっち優先でいいけど、できるだけ出てくれると先生たち嬉しいぞ。」

 

 さらっと言うな。

 というか、そういう事は後で個別にでも言って欲しい。

 周りの人がちらちらこっちを見ているのがちょっとやだ。

 とりあえず私に視線を向けている人には、才加を人差し指で指し示す。

 いや、信じろよ。

 何怪訝な顔をしてるんだ。

 呼ばれた四人のうちで問題児はあいつだろ。

 

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