06 ファム・ファタル

「ねぇ恭香、これどっちが次のパーティーに合うかしら。」

「そうだねえ、先輩なら右の、そうそっちかな。

 ちょっと合わせて、あぁ、やっぱり。

 確か半分ガーデンパーティーだったよね。この前見せてもらったストールを合わせれば、あそこの照明にはよく映えると思うよ。」

「そうかしら、うーん、そうね、どうせなら新しいので揃えたいんだけど。」

「どうだろう、あの配色はなかなか無さそうだけどなぁ。

 せっかくだし、合わせる小物を見てみようか。」

 

 店舗内、私は大学の先輩に連れられて彼女のドレスを一緒に選んでいた。

 何度かデートをし、体を重ねたこともあるがお互いに割り切った関係だ。

 責められているふりをするととても喜ぶ人で、あぁ、うん、そう言うのはいいか。

 まぁ。そういう関係の人で、時折ご飯を奢ってもらったりする代わりにこういったデートに付き合わされるんだ。

 美味しいものも食べられるし、貴婦人然とした立ち姿の女性と街を歩くのは嫌いではない。

 

「うぅん、店頭に出てるんだからしょうがないけど、あまりいい石はないのね。」

「いいじゃないか、先輩。

 そう言うのを合わせるのがいいんだろ?」

「そう、なのかしら。」

 

 形よく整えられた眉を顰める先輩の耳にかかった髪を直してあげて、店員さんに服を持ってもらう。

 結局どっちも買うことにしたらしく、後で家に送ってもらう手配をした後に店を出て、次は別の店舗でアクセサリを見繕う。

 ある程度一般的な金銭感覚を身に刻み込ませられた私としては値札を見るたびにため息を吐きそうになるが、必死に抑えて自分の美意識だけを稼働させて先輩との話を続ける。

 石のカット、色、合わせる金細工の造形と素材。

 オーダーすればいいんだろうけど、そう言うのではないのがいいんだ、と言うことらしい。

 あれでもない、これでもないと店員さんも交えて話し合った結果に選んだピアスはバックヤードに保管されていたものを持ってきてもらった物だった。

 お眼鏡にかなったのか、唇を笑みの形に変えて何度か頷く姿はとても満足そうだった。

 

 天鵞絨のトレイに置かれたそれを梱包するために一度レジの裏に引く店員さんを見送ると、先輩は今度は私に目をむけ、私の左耳のふちを指でなぞった。

 化粧とスキンケアで整えられた指先の皮膚は白く滑らかに私の耳を、かかりなく撫ぜてくる。

 

「恭香。」

「ダメだよ、先輩。

 言っただろう? 私は私に満足してるのさ。」

「そう。」

 

 はぁ、とつまらなさそうに先輩はため息を吐く。

 これは、私と先輩との間の最も大きな意見の相違だ。

 私はあまりピアスやタトゥーなどの体に変形を求めるような装飾を求めない。

 他方、先輩はどうも自分のものにはきちんと傷を残したいタイプのようで、ことあるごとに私にアクセサリを送ろうとしてくる。

 以前ピンクダイヤの眉ピアスを贈ろうとしてきた時には流石に膝を突き合わせて話し合いをしたくらいだ。

 懐かしいなぁ、場を借りたマスターには別れ話でもしてんのかと思った、なんて揶揄われたっけ。

 恭しく頭を下げる店員に見送られ、二人で店を後にする。

 スリーピースの襟を直し、ワイシャツの袖をなぞる。

 色々と触られたり、動いたりしたせいで少し身代が煤けていないかの確認だ。

 想定通り、大きな乱れがないことを確認した私は先輩の横に立つ。

 するりと絡ませられた腕に重みを感じながら、二人で歩く。

 

 道を歩き、夏に向かい日毎に太陽を頂点に迎える時間を長くする中を二人で共に笑った。

 蠱惑的な香りと、挑発するような視線。

 気を抜けば自分が飾りになってしまいそうな美女の横で、私は彼女に微笑んだ。

 周りからはどう見えているのだろう。

 仲睦まじく寄り添って咲く薔薇二輪、そう見えていたのなら光栄だ。

 

 宝石店から送り迎えの車の待つロータリーへの短いランデブー。

 少しいつもの生活圏からは離れた場所は、脳に新鮮な刺激を届けてくれる。

 あの曲がり角の先には何がある? さっき通り過ぎた店の看板の裏には何が書かれていた?

 エスコートする先輩を第一に考えながらも視界に入るもの、耳に飛び込む音を貪欲に体の中に溜め込んでいく。

 あそこであれを見た。 道端でこんな話を聞いた。

 それらの雑多な情報は、時折私の好奇心を酷くくすぐる。

 

 使用感のある立て看板のイタリアンレストランに、開店準備中の古着屋の内装。

 ゲームセンターに新しい景品が入った、スマホを壊したけど安く直せたという会話。

 先輩から向けられる最近の男事情に相槌を打ちながら意識の外で色んな物が私に入ってくる。

 そんな中、美味しい、と高めの声がいくつか連なって響いた。

 その声に先輩が視線を向け、それを追うように私もそこを向く。

 

 ニコニコと、甘いものを食べる女の子たち。

 併設されたテーブルに置かれた水を飲みながら、お互いの手の中にある甘味を話し合っている。

 積み重ねられ、熟成する先輩の美しさとは違う今まさに綻ぶような可愛らしさが弾ける笑顔に見てとれた。

 隣にいる先輩に気づかれないように最後に一瞬だけ、あの爛漫たる笑顔を焼き付けようと視線を向ける。

 流れる視界の中、確かに女の子たちの笑顔が輝いていた。

 次を待つ人達、匂いに惹かれて列に向かう人。

 そしてキッチンカーの調理場で鉢巻を巻いて鯛焼きを焼く山上君…………山上君!?

 勢いよく二度見しそうになる首の筋肉を、強靭な意志で抑制する。

 

「キッチンカー、ね。

 悪くはないんだけど、どこも味が雑なのよね。」

「まぁまぁ、仕方ないさ。」

 

 眉を顰める先輩に、抱かれた腕を動かして先を促す。

 ジャンクな味をあまり好まないのだろう先輩のご機嫌を損ねるのを嫌い、少しだけ彼女を私に寄せる。

 ふわりとかおる私の匂いに満足したのか、寄せられた眉根がほぐれるのを見て心の中でホッと息を吐く。

 山上君にむけて割と理不尽な悪意を飛ばしながら、私は先輩を車の待つロータリーへと案内した。

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