47 18:44 小料理屋『魚吉』
「もうしらないんだから!
あんな朴念仁!」
ぷりぷりと頬を膨らませ、泣き顔から怒り顔に変化したルカは、ウーロンハイを舐めるように少しづつ、ゆっくりと飲み始めた。
因みに一口飲むと二口水に口を付ける、なんというか怒っているはずなのにどこかかわいらしさを感じる飲み方だ。
汗っかきだからシャツの枚数が多くて大変。 ……まぁ、ちゃんと襟袖は自分で洗うしネットにも入れてくれるけど。
定時で帰るって言ってたのに残業に巻き込まれてた。 ……まぁ、その次の日曜は元一人で俊を見るからってお休みくれたけど。
そんな感じで悪いところの次にリカバリー分の言葉をつけて、愚痴なのか惚けなのか分からない話を聞き流しながら、とりあえずルカの気を紛らわすために同意してたまっているストレスを吐き出させる。
と、ポケットに入れていたスマホの振動に気づいて通知を見る。
ちょっとお話を聞きたいと思って通話をお願いしたルカのお母さん、奏恵さんからの着信だった。
ルカの愚痴がたまたまとぎれたところだったため、お花を摘みに行くと告げて席を立つ。
ふらふらと立ち上がろうとするルカを友人であり、麗人でもあるお恭さんこと
電話機越しに話を始めることにした。
「ども、大木です。」
「桃ちゃん、お久しぶり。
最近どう? 会ってないけど、元気してる?」
「はい、お陰様で。
あの、ルカってそっちいきました?」
「うん、
ちょっと不安定になってたみたいだから休ませようと思ったらお義母さんにお世話お願いしてすぐ出ちゃって。
桃ちゃんたちが一緒で安心したわ。」
なるほど、一応ちゃんとやることはやってたか。
いや、やってないってことが想像できなかったんだけどさ。
「あのー、それで奏恵さん、
『うん、お義母さんがかまい倒しちゃって、もうね、出した後、泣く前にオムツ変えたり視線が向いた瞬間ミルクあげたり。
ルカにすらあんなに熱中してなかったのに、男の曾孫っていうのがほんとに嬉しいのね。』
「あはは。」
ルカの子供を連れて清子さんの家に行ったときのことを思い出す。
あの時、年を重ねて重厚さを兼ね備えていたはずの清子さんの雰囲気がおさえきれないほどのわくわくで溢れていて、見ていた私たちがついほほえましさを感じてしまったほどだった。
おばあちゃんになってもかわいさってあるんだなぁ、なんて思ったっけ。
「とりあえず安心しました。
ルカなら滅多なことはしてないって思ってましたけど、奏恵さんのお話で確定してほっとしました。」
『ごめんね、家の子が。』
「そんな。
いつもはお世話になってるのは私たちの方ですし、この前だってその、アレとか。」
『あぁ、あったわね、そう言えば。』
いやもう思い出したくもない失態だ。
とりあえず色々あったんだ、うん。
「多分これから山上君来ますし、タクシーで送らせますんで今日は遅くなっても心配しないでください。」
『えぇ、ありがとう桃ちゃん。
今度また時間ある時にでも家に来ない?
いただいたお菓子とか果物があって、是非持ってってほしいのよ。』
「はい、次の休みにでも伺います。
それじゃぁ、清子おばあちゃんにもよろしくおねがいします。」
『うん、それじゃあね。』
終了ボタンを押し、くすりと笑う。
つい一ヶ月前に会ったときと変わらない声に安心する。
そして、ルカの暴走も丁寧に整えられた上での暴走だと言うことを確認できて、改めてほっとした。
何も問題になりそうなことがないことの確定で軽くなった足取りのまま、席に戻る。
椅子に座る前に、改めて見てみる。
テーブルにはルカとお恭さん、そして我が彼氏たるシュウが座っていて、見た目にはルカの逆ハーで、実際にはシュウのハーレムだな、なんて思った。
ちょっとイラッとした。
自分の席に座り、切子のロックグラスに水を入れて飲む。
ジョッキビールを飲むシュウを視界の端で見て、次にお恭さんを見る。
好きなものと美しいものが視界に入る。
うん、最高の酒の肴だ。
「で、えっと喧嘩した決定的な原因ってなんだっけ?」
いや、知ってるよ? 聞いてるし。
だけどこう、なんというか相変わらず訳分からないわがままをストレス発散すべきタイミングで発揮してるので、そのくだらなさのせいで既に脳から押し出されてしまったのだ。
ぶっちゃけ入店するときに板さんの薬指にあった指輪がなくなってることの方が気になる。
「喧嘩じゃないもん、裏切りだもん。」
子持ちがもんとか言うなよ。
いや、あいかわらず美人だから許されるけどさ。
「わかったわかった、で、なに裏切ってたんだっけ?」
「…………きのこの山食べてた。」
うん、そういえばたけのこ派だったよね、覚えてる覚えてる。
まったく、これだからたけのこ派は。
キノコ派は恋人がたけのこ食っててもそんなにヘラらないぞ。
きちんと思考を矯正してみせるからね。
「ね。」
「ごめん、なんか頷けんわ。」
全く冷たい彼氏だ。
ま、つまりは、だ。
「今回はお菓子の嗜好での仲違い、ってことなんだね。」
「うぅ、そうなんですよ恭さぁん!
元がキノコにのりかえちゃうかもしれないんですよぉ!」
絶対それって原因じゃないんだろうけどね。
お恭さんにだきつくルカ。
百合の花咲き乱れるその絢爛にして壮麗たる光景を肴に、苦笑しながらシュウから奪った左手のジョッキをずい、と突き出す。
なにも言わずとも、7:3で割られた麦焼酎がジョッキに並々と注がれた。
うん、いいぞ、わが愛するカレピッピ。
ランクマで勝ち越す度に執事喫茶のトレーニングをさせたことは無駄ではなかったな。
ついでにチェイサーはクラフト頼んでライム搾っといてね。
もちろんそっちもジョッキで。
「ルカも大変だねぇ。」
私の言葉に、ぴくりとルカが反応する。
お、私の声に反応するぐらいには落ち着いたか。
空になったジョッキを余所に置き、テーブルに手を突いてずいと顔を寄せた。
さぁ、それじゃぁお話と行こう。
この前遊びに行ったときは、ちょっと我慢してたからね。
今日は久しぶりに、ルカの愚痴を楽しませてもらおうじゃないか。
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