46 13:04 ゲームセンター 

「なるほど、ちゃんと別れられたのか。」

「うん、私の目の前でアカウント消されちゃった。

 そこまではしなくていいよって言ったんだけどね。」

 

 ある日、放課後。

 テーブルを挟んで向かい合う山上君に、今回の顛末を報告していた。

 今回の騒動だが、私たちに連絡が入らなかった分を取り戻すかのように一気に事態が動いていた。

 まず、竹田さんだが、彼氏共々今回の騒動の超末端だったことがわかり、刑事罰などは無し。

 退学か停学かの瀬戸際だったのだが、私たち四人のそこまでの処分は望まないという意見もあり、夏休みまでの間停学ということになった。

 もちろん、それまでの間に何かあった場合はノータイムで退学だ。

 執行猶予付きの保護観察と言ったところか。

 あぁ、彼氏さんの方は竹田さんよりは抒情酌量の余地少なしということで、しっかりと今通っている大学を放校となり、家族預かりで性根を物理的に叩き直しているらしい。

 それも伝聞なので本当かどうかはわかったものではないが、なんかもう、今更って感じだ。

 こっちに関わって来ないなら、もうそれでいい。

 一方、滝沢さん(仮)や広瀬さん(自称)だが、いわゆるグループだったようで、根城にしているマンションまで一気に踏み込み調査したところ口にするのも憚られるような動画や画像が出てきたらしい。

 驚くべきはその期間で、私たちが小学校に入る頃のものよりもまだ古いものまであったらしい。

 本当、クソみたいな伝統もあったものだ。

 そこから一気に過去の人物まで手が伸び、またその中に結構な大物もいたそうで、ニュースにするにも整理が必要なレベルらしい。

 

「なんか、全っぜん実感湧かないんだけど、よかったんだよね、今回。」

「そうだと思いたいな。」

 

 そういうことをされた、ということがバレてしまった人がいて、脅されていた人が大丈夫になって。

 社会的に立派だと言われてた人が捕まって。

 弱みが消えた人、弱みができた人。

 色んな人の色んな立場に影響が出た。

 入り組んで、人知れず営々と続いていた悪行は私たちのような何でもない一般人の運によって瓦解した。

 こんなこと、私たちがすることじゃあないだろう。

 七組のアレが外国の買春組織や詐欺集団などを月刊で潰してなければ大ニュースになっていたはずだ。

 むしろアレがやって然るべき案件だろう。

 こんな非日常、こっちに振らないで欲しいものだ。

 まぁ、そんなこんなで大人たちから聞いた話を整理すればするほど私たちの運の良さに寒気がする。

 ルカの野暮ったい姿にやる気がなくなっていたと言っていたらしいが、やる気になってたら山上君が来る前に本当にやばいことになっていたりしたんだろうか。

 それも、結局は分からない。

 ただ、主犯とメインの数人が速攻で起訴された上にネット上にも名前と顔が出たのだ。

 そうされるに値する、それだけの悪徳を、悲鳴を、涙を積み上げて、それに比肩するほどの金銭を蓄えてきたんだろう。

 同情する余地なんか、あるわけない。

 私の免罪符は清夏さんだけで売り切れだ。

 

 少し暑いかな、パタパタと胸元を引っ張って風を送り込む。

 視界の端には入っているだろうにあまりに無反応な山上君に負けたような気がして、彼の前に置かれていたハンディファンを奪い取り、首筋に向ける。

 学校を終えた後、制服を脱ぎ私服に着替えた私たちはゲームセンター内に置かれた休憩用テーブルを占拠し、ルカが筐体に向けて手を振りながらダンスを踊っているところを眺めている。

 まるで水のように滑らかに上下左右に動くルカの黒髪はフロア内の色々な照明を反射し、艶やかな黒をそのままに宝石のような煌めきを見せていた。

 あぁ、隣にいる小さな男の子がちらちらとルカを見ている。

 少年の脳が破壊される音がする予感がした。

 

「まぁ、ルカはああだから何もいわないだろうけど、他の、えっと、野々原さんと浅井さんは?」

「二人もまぁ、割と善性の子だから。

 しっかり竹田さんも二人に謝ったからいいんだって。」

 

 実害はなかったわけだし、何というか怒りどころがどうにも見つからないらしい。

 その状態でルカが責めてないんだからなんとも、って感じだろうか。

 その分、私とルカに対して半泣きで感謝の意を表されたりもしたんだが、これはまあ蛇足だろう。

 

「でもねぇ、山上君も大変じゃなかった?」

「ん?」

「あの見た目で、あの性格でしょ?

 今までにも似たようなこと、あったんじゃない?」

 

 嫉妬、性欲。

 どんな発端でも、ルカを手に入れようとした人間は今までにもいたんじゃなかろうか。

 本人は声をかけられたり、誘いを受けたようには思っていなかった様だけど、実は色々あったんじゃないだろうか、そう思った。

 

「まぁ、なかったわけじゃない。

 けど、それはルカと一緒にいるって決めた時から織り込み済みだよ。」

 

 山上君の視線がルカを捉え続ける。

 不思議な表情だった。

 カラオケボックスに行くまでの間、ルカを見ていた男たちのような視線ではない。

 才加や裕子がしていたような、愛でる視線でもない。

 ルカが楽しそうにしていることが嬉しくて仕方ない、そんな顔だ。

 こんなに相手を思えるのは、きっと素敵なことなんだろうな、そう思った。

 

「けどま、そう言う意味じゃあ悪辣ではあっても未遂だからね。

 だから、今回は許したんじゃないかな。」

 

 今回は、か。

 許さなかったことはあったのかな?

 

「ねぇ、本当にそれだけで許したのかな。」

「本人あそこにいるぞ?」

「ルカのことなら、山上君のほうがよく知ってるでしょ。」

 

 私の言葉に、山上君の顔が驚きに変わった。

 一本とれたようで、わりと満足。

 決まりが悪そうに頭を掻く姿をニヤニヤと見つめていると、彼は観念したように口を開いた。

 

「ちゃんと自分を責めてるんなら、他の人間が更に罰を与えるなんて意味はないんだってさ。」

「綺麗事だね。」

「そうか?

 相手に善性がなければ思いっきりやっていい、ってことにも繋がるんだぞ?」

「え?

 ……あぁ、なるほどね。」

 

 自罰には果てがない。

 本人が悔やみ続ける場合は何もしない、けど反省の色がなければ、どうなるものか。

 なあなあで済ませるのか、思いっきり追求し続けるのか。


「ルカの考え方は、清ばあちゃんの流れをくんでる。

 あの考え方は俺も好きだよ。

 それで良いと思う。」

 

 山上君の横顔を見る。

 羨ましいなぁ。

 そう思った。


「昔、なんかあったの?」

「そりゃね。

 あの見た目で、あの性格だぞ?」

 

 私の言葉で返される。

 打てば響くやつめ。

 

「さっき言ったけど、大木さんだったらルカ本人から聞いてやってくれ。

 俺から言えるのは、あいつは中学時代、自分で友達を作らなかったことを選んだってことだけだ。」


 その言葉に、ふと思い出す。

 タクシーの運転手さん、奏恵さん、清子さん。

 みんなルカに友達ができたことをすごく喜んでいた。

 今まさに知らない子供と仲良く同じ曲をセッションしているルカが、クラスでも誰とでもそれなりに話せるルカが。

 私ですら友人と一応言えなくもない人間がいたのに。

 ふと思い出せば、私が中学校時代の笑い話をするとき、ルカは本当に楽しそうに、そして興味深そうに話を聞いてくれていた。

 近場の修学旅行。

 男女間での闘争。

 女子派閥によるマウント合戦。

 時折あった馬鹿話。

 私にとって当たり前な時間は、ルカにとっては経験することのできなかったものだったのだろうか。

 

「聞いていいのかな。」

「聞いてやって欲しいな。」

 

 ふむ、彼氏の言う言葉だ。

 私向け免罪符ゲット。

 

「うん、聞いてみる。」

「そうか。」

 

 それなりの難易度のステージをクリアしたルカが、嬉しそうに隣の子と喜び合っている。

 ルカの体を思い返しても傷一つない滑らかですっごくそそる体だった。

 直接的な、肉体に傷の残るものではない何かがきっとあったのだろう。

 それが今、クラスでは誰とでも仲良くやっている。

 無責任に信じるのではなく、ちゃんと考えて、自分の意思で。

 

「ありがとね。」

 

 心から思う。

 ルカに会えて良かった。

 優しい笑顔が、楽しそうな笑い声が、暖かな空気が。

 私にとって、ルカと一緒にいて感じられる全ては大切なものになっているのだから。

 

「こっちこそ。

 ありがとう。」

 

 ルカを見ながらの山上君の言葉。

 私がルカのことを聞くって決めたから?

 今まで、ルカの友達だったから?

 さて、何のこと?

 

「なんで?」

「さぁ?

 そっちこそ。」

 

 ふふん、とイタズラっぽく笑いながら、山上君がジュースに口をつける。

 あぁ、照れてるな。

 ちょっと分かった。

 山上君、ルカを絡めて褒められるのに弱いな?

 

「やったよー、桃ちゃん、はじめー。」

 

 ブンブンと手をふり、こっちにくるルカ。

 私にハイタッチした後、山上君に抱きついた。

 瞬間、私は視線をルカから、ルカと一緒にゲームをしていた少年に向ける。

 あぁ、その顔だよ。

 絶望したような、しかし少年の語彙や情緒では処理しきれない感情が滲み出る顔。

 まさに脳を破壊されたその顔、素晴らしい。

 スマホで撮りそうになる自分を、三日月のごとく口角をあげそうな自分を抑え、脳内のSSDに高速で彼の表情を書き込む。

 三年後くらいに街中で是非ルカとまた会ってほしいものだ。

 

「お疲れ。

 ノルマは越せたか?」

「うん、想像以上にミスしちゃったけど、それでもラインは超えた。

 付き合ってくれてありがとね。」 

「あぁ。」

 

 ずい、とプラスチックのカップをルカに押す山上君。

 少し上がった息を整えるように喉を潤す姿は見ているとこっちも幸せな気分になる。

 ちょっとだけ頑張って、楽しさを求めるために楽をしない期間を作った。

 その先に泉がいて、才加がいて、裕子がいて、ルカがいて、山上君がいた。

 私はまだ一五歳、老衰というゴールに向けた私の人生設計から言えばまだ10%しか過ぎていない。

 それでも、学生生活というタグづけされた記憶を思い返すとき、きっと友人達の顔と名前を朧げながらに思い出すことができるんだろう。

 それは、きっと素晴らしいことなのかもしれない。

 父に着けられた灯が、今の立場まで導いてくれた。

 これは、本当に感謝だな。

 きっと別の場所でもそれなりにやれていたんだろうけど、たった三ヶ月そこらでこの濃さだ。

 これからが平穏だったとしても、十分にお釣りが来る。

 後は、彼氏でも探そうか。

 山上君がルカにむけるみたいに、私に好意を持ってくれる人。

 いるかな、いるといいな。

 池田君なんかは全然あれだったけど。

 うーん、いや、あれは私も視界に入れてなかったせいもあるんだろうか?

 比較しちゃうかな、離れたほうがいいかな、いろんなことを考えていると、ルカが私の手を握った。

 

「桃ちゃん!

 見てくださいあれ!」

 

 店員さんがポスターの張り替えをしていた。

 そういえば、さっき台パンしまくってたおっさんたちが放り出された時、すごい音してたな。

 いや、貼られたポスター剥がれるレベルってどれだけ暴れてたんだ。

 

「えっと、なになに?」

 

 大人気、美少女動物園のスタイリストとコラボ?

 あぁ、なるほど。

 最近ルカがハマってるやつか。

 

「曜日限定フレームもあるんですって!

 撮りましょう!」

 

 ペかー、と光ってるんじゃないか、そう思うくらいにキラッキラな笑顔で、ルカが語りかけてくる。

 やめてくれ、そんな顔されたら「はい」か「もちろん」か「結婚しよう」しか返せないじゃないか。

 嫌じゃない、けど今まさに私の立ち位置をどうすべきか考えているところなんだが。

 助けを求めるように山上君の方を見ると、あぁやっぱり。

 そうだよね、ルカが楽しそうにしてれば、君もそうに決まってる。

 全くこいつらは、どれだけ私が苦労して一歩身をひこうとしているのか分かっているのだろうか。

 ルカの美しさが好きだ。山上君の靭さが好きになった。

 二人が並んで、創作物でだって見ないような、浮気だの不倫だのにまみれている、いわゆる“世間一般”を蹴飛ばすような関係を体現しているところを見るのが好きだ。

 オタク趣味な私は、壁でいいのに、そばから見せてもらえればそれでいいのに。

 ルカの手が私の手を握り、目的の筐体へと一緒に行こうと引っ張ってくる。

 山上君の目が、私の足を二人の元へ誘う。

 もう知らないぞ。

 本当に知らないからな。

 とことんまで推してやる。萌えてやる。

 たった一度の高校生活。面白さに背を向けるよりは、飛び込んでしまおう。

 お目当ての筐体は、幸いなことに待ちは居なかった。

 ルカの腕を抱きしめ、カーテンをくぐる。

 

「ほらほら! 山上くんはルカをしっかり抱いて! で、ルカは私をもっと強く抱く!! あ、山上くんは絶対に私には触れないように。ルカ以外に触るのは解釈違いだから。」


 苦笑しながら目線を交わす二人。

 夫婦か! 夫婦だったね! いつものことだ!


「はい!撮るよ! あたしたちの何でもない日なんだから、二人とも笑えぃ!」

「くっさい。」

「ぶちころがすぞ童貞。

 女の子はいつだって記念日なんだよ。」

「既に破棄予約済みだからダメージゼロなんだ。そっちこそ売却先決まってんのぉ?」

「撮り終えたら覚えてろよお前。」

「あ、シャッター切られるよ。セーの・・・きゃっ!」


 笑いながら山上君の顎下から手を伸ばす私。

 メガネに指紋をつける山上君。

 拗ねたような顔をする天使のような可愛さのルカ。


 あぁくそ、何だこれ楽しいなぁ。


 その日取れたブッサイクなプリクラは、私の手帳の中で色褪せたまま、使われずに仕舞い込まれている。

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