30 20:12 密室

 戻ってきた部屋の中、竹田さんの彼氏さんが歌っている。

 声質は薄め、トーンもブレブレの低め。

 いやぁ、これぞカラオケ。

 上手くもなく、下手でもない。

 ただ、盛り上がるのは間違いなかった。

 続いては滝沢さんと広瀬さんが男女のデュエット。

 悪くないんだけど、脳内でルカと山上君に置き換わってしまう。

 そういえば、遊びに行った後、歌いに行ったことはあんまり無かったな。

 泉と一緒に行ったカラオケは本当に楽しかった。

 今度また連れてってもらおう。

 裕子と才加を挟んだ位置にいるルカを横目にそんなことを考えていた。

 

 その後、人の歌に合いの手を入れることを楽しみながら、何曲か消化して緊張もほぐれてくる頃に竹田さんと彼氏の後関さんが外に出た。

 冷やかされながら外に出る二人だったが、ちょっと急いでいたようにも見えた。

 何かあったのかな、と思う間もなく、マイクが渡される。

 タイミングよく、悪く? 私の入れた曲の番だ。

 仕方ない、と最近のオリコンで流れているらしい歌を歌う。

 

 動画ザッピングの際のB G Mぐらいにしか使っていなかったので歌詞とリズムを合わせるので精一杯だったが、趣味全開の曲が歌えないのだからこんなもんでいいだろう。

 え? 趣味全開だったら何歌うかって?

 そりゃもう一曲目から特撮よ。

 あの時の二曲目は2.5次元の舞台のキャラソンだった。みんな大笑してくれてたなぁ。

 とりあえず、今回の私は誰も知らないということもないランキングに乗っていた曲を無難に無難に歌い終えると、タイミングを待っていたのか竹田さんたちが戻ってきた。

 目線が忙しなく動くその姿に何かあったのかな、と思うと次歌う予定だったルカが電目で一時停止をしてくれる。

 それに手を立てて感謝すると、竹田さんが話し出した。

 

「あ、みんなごめん。

 あのね、しーくんが先輩にカラオケいるって言っちゃったみたいなの。」

 

 しーくん。

 ……あぁ、彼氏さんね。

 まぁ呼び方はいい、けど、話の内容に私は何か不穏なものを感じた。

 

「それでね、その人も来たいみたいなんだけど、どうかな?」

 

 その言葉に、私はぴくりと身を固めてしまった。

 裕子の方を見るが、どうも彼女は事態についていけていないらしく、ホケーとした表情で竹田さんを見ている。

 緊張がほぐれてきているせいで、警戒感まで薄れている感じか。

 

「えー、誰よぉ、そいつ。」

「私たちの間に入ってくるとか空気読めなくね?」

 

 竹田さんの言葉に何を返せばいいのか混乱する私たち四人を尻目に、滝沢さんたち大学女子組が抗議の声を上げてくれた。

 正直、これ以上知らない人が増えるのは怖い。

 そのまま話が拒絶の方に進んでくれないかと思うのだが、どうもそううまくはいかないらしい。

 

「何と、あの信濃さんです!」

 

 竹田さんの彼氏さんが胸を張って誇らしげに報告する。

 誰だよ。

 知らないよ。

 幻の大和型三番艦か。

 と、そう言えればいいのだが、どうも大学生組は知っている人のようで、先ほどまでの話からいきなり手のひらを返し始めた。

 

「信濃さんかあ。

 じゃぁ大丈夫だね!

 業界の人だし、大人だから!

 よかったね、みんな!」


 よかったね?

 みんな?

 なんというか、押し付けられた安心感のようなそれは、私にとっては顔が引き攣るほどにわざとらしく感じられた。

    

「大丈夫!

 私たちがセクハラは許さないから!」

 

 シュッシュッ、と口で言いながらジャブをする滝沢さん。

 コミカルなその仕草に、少しだけこわばっていた裕子の顔が緩む。

 それに気付いたのか、才加が裕子の頭を撫でる。

 うん、いい光景だね。

 本当に、いい光景だ。

 そうだったらいいな。

 ため息を吐きそうになるのをこらえ、とりあえず話だけ合わせようとしてみる。

 

「うーん、それじゃあお願いしますね、滝沢さん。

 ゆーちゃん、見た通り男耐性ないんですから。」

「おっけおっけ、任せなさい。」

 

 あぁ、くそう。

 ルカと話す時、ルカがもっと嘘まみれだったら良かったのに。

 いつもと比べてしまい、そんな理不尽な言いがかりが頭の中を走る。

 ルカと比べてしまい、理解する。

 違いすぎる、と。

 何かがチリチリと、背筋と太ももの裏あたりにうずうずとした感じが生まれてくる。

 思考がとっ散らかり、焦りが浮かび、嫌な予感がどんどんと背筋に感触として生まれてくる。

 チラリとスマホを見た。

 逃げるような行動だったが、それで覗いたスマホの画面に顔が引き攣りそうになった。

 顔面に表さなかったのは、本当に運が良かったのと驚きの質が怖さを含んでいたものだった故だろう。

 スマホのロック画面、ここに入ってきた時には立っていたはずのアンテナが死んでいた。

 急いでメニューをタップし、緊急用の別会社のシムに変えてみても、アンテナ感度は変わらず。

 何より、カラオケの機械用のWi-fiですらネットワーク一覧に表示されない。

 ルカを見ると、そちらも自分のスマホをチラリと私に見せ、小さく首を振っていた。


 私の二枚のSIMとルカのSIM、全てが別会社、別回線別バンドだったはずだ。

 会社を変えてもだめ、本体が違っても駄目、となるとやはりこの回線の切断は偶然なんかじゃない。

 人為的に、故意に通信が、連絡ができなくなっている。

 私とルカ、そして才加に裕子。

 この四人はあの時竹田さんに誘われた人間で、一括りでいいと思う。

 一方、竹田さんをはじめとしたグループは女子三人に年上男性二人。

 もし、これが最初から計画されていたとしたら外に出るのも難しいか?

 何より、こちらが気付いたことで実力行使にでも出られてはたまったもんじゃない。

 自分の立っている場所が、一気にやばいところに思えてくる。

 しかし、パニックも暴れ出すのも逆に危ないと、理性によって爆発を抑えた。

 やるべきことは、現状の把握。

 色んなことを考え出す思考を無理矢理に一つにまとめ、自分がすべきことを単純化することで定めた方針が私の覚悟を決めた。

 さて、それじゃあまずは、少し試してみるか。

 

「んー、ちょっと風当たるかも。

 一回トイレ行ってくるね。ルカ一緒に行こ。」

「えぇ。」

 

 体を震わせ、ルカを誘って席を立つ。

 私達がいない間に何かないかとも思うが、流石に今の盛り上がり賭けの状態なら大丈夫だろう。

 幸い、まだ誰も酒を入れていないことだし。

 

「あ、じゃあ私も行くー。

 桃ちゃんたちわかんないでしょ、教えたげるよ。」

 

 一人、女の人がついてきた。

 声を上げたのは滝沢さん。

 流石に男はつけないか。

 ここで断るのも不自然なので、よろしくお願いします、と肯定の言葉を返して案内してもらう。

 ワンフロアそれなりに広めのカラオケボックス、トイレへの道も三回も曲がって行くことになり、確かにわかりづらい。

 一応、部屋に来る途中ちらりと見た地図と実際にトイレまでを歩いて確認できたフロアの実体に違いはなさそうでホッとする。

 ドアを開け、中に入る。

 部屋の配置図から見ればビルの端の筈なのだが、窓はない。

 私とルカで個室に入り、付いてきた滝沢さんには待っていてもらう。

 ドアを閉めた瞬間、水を流すボタンを押し、スマホのBluetoothを活性化、チャットアプリを起動する。


 打ち合わせなんかしちゃいないが、きっとわかってくれると半分願うような気分だったが、やはりルカは私の親友だ。

 起動したアプリにはルカのアイコン。

 嬉しさに漏れそうになる声を押し留め、急いで入力を行う。

 あまり時間はない。

 三、四回の短文のやり取りが精一杯だが、それだけで意思の疎通は取れた。

 そして何より、ルカがしていた行動を教えてもらえたのが助かった。

 ほっと胸を撫で下ろし、水を流すボタンを押す。

 私が出てすぐにルカもドアを開けて出てきて、二人並んで手を洗う。

 滝沢さんに仲良しだね、なんて言われて、曖昧に肯定して返す。

 ただ、ルカが親友です、と腕を抱いてくれたのは嬉しかった。

 肩の辺りに柔らかいものが触れて、削れた精神が少し回復した気がする。

 案内役を買ってくれただけのようで、滝沢さんは用を足す事もなく私たちと一緒に部屋に戻る道を歩いた。


 帰りに再度チラリと辺りを見るが、やはり私たちが通された部屋は非常階段からは微妙に遠いし、非常階段もビルの裏にあるようで表通りからは見えない場所に降りそうだ。

 エレベーターなんか急いでる時には使えなさそうだから、はっきりいうと結構やばい。

 ドアに鍵をかけられていれば完全に詰み。

 これはこっちから能動的に逃げたりはできないかな。

 才加はともかく、裕子はあんまり足も速くない。

 七フロア分の階段なんぞ下ろそうもんなら二フロアごとに休憩が必要になりそうだ。

 とりあえず、待ちか。

 先を歩くルカの手を握りそうになるが、抑える。

 不自然な動きはあんまりしないほうがいい。

 そう思い、ルカの背を見るだけにする。

 揺れる黒髪と、かすかに香るルカの匂いに、気持ちが落ち着いてくる。

 大丈夫、背中が私にそう語りかけてきた。

 華奢で、柔らかそうな背中。

 強さなんて全く感じないはずのその背中が今はとても頼もしい。

 滝沢さんに先導されて部屋に戻ると、すでに歌い始めていたようで先程のライブでコピーバンドが歌っていた流行りの曲を残っている人たちで合唱していた。

 竹田さんが帰ってきた私たちを見る。

 楽しく、上がる歌を歌っていた人だとは思えないほどに、その目はネガティブな感じがした。

 

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