29 19:15 カラオケボックス
話の上手い人、というのはやっぱりすごい。
裕子と才加、この二人に対して話しかける滝沢さんと川松さん。
そして的確なタイミングで話に混ざってくる広瀬さん。
三人の話に載せられて、裕子も才加も楽しそうにしている。
ちょっとリラックスしているように見えて、ぶっちゃけホッとする。
自分が楽しんでるのは当たり前だけど、一緒にいてくれる人も楽しんで欲しいと思ってしまう。
これって陰の者あるあるではないだろうか。
グループで連れ立って、ライブハウスから一駅には届かないくらいの距離を歩いた。
気温は涼しいのだが、夏に向けて少しづつ熱気が夜に残るようになってきていた。
ちょっと背中が汗ばんでくるな、そう思ったタイミングで先導していた竹田さんと彼氏君が足を止めた。
年季が入って変色が始まっているコンクリートの外観。
その割には綺麗に玄関前が掃除されているカラオケボックスがそこにあった。
私が行ったことがある大手のフランチャイズではないらしく、聞いたことのない名前がネオンで飾られていた。
入り口の三段ほどの階段を登り、彼氏君だけが先に店内に入る。
それに続いて滝沢さんたちが、自動ドアを潜る。
もちろん、楽しそうに話をしている裕子と才加も一緒だ。
私も続こうとしたところ、階段を登ったあたりでルカに声をかけられた。
「ねぇ桃ちゃん。
何か足りなくない?」
小さく、私にだけ聞こえるようにルカの声がした。
本当に、ただちょっと気になったことを口に出したようなルカの言葉に、確かに、何がとは言わないが変だなと私も感じた。
いつもなら何も気にしないはずなのに、変に違和感がある。
風景か?状態か?
ぐるぐると視線を回し、何か違和感の根本を引っ掴む材料になりそうなものを探す。
ふと、視線が止まったのはポスター。
タバコを購入する際には年齢の確認を行います、というよくあるタイプのポスターだ。
鍵が鍵穴に引っかかった感じ、後少しで何か思いつきそうな状態だったがその後少しを得ることはできなかった。
「どーしたのっ! 二人とも!
さーはやくいこーいこー!!」
私とルカ、グループの最後尾にいた二人の肩が押され、店舗内に進められる。
未だに違和感の根本を見つけることはできないままながら、流石に入り口に立ち止まり続けるのは失礼にあたるだろう。
もー何すんのー、なんて言いながら、私は竹田さんに促されるままに初めて入るカラオケ店に足を踏み入れた。
「ここはちょーっと古い機械なんだけど、通信でソフトは最新、そして料金は割安の結構いいお店なんだー。
中も綺麗だし、いいところでしょ?」
「昔っから先輩たちが綺麗に使ってて、その伝統で割安にもしてもらえる場所なんだ。」
私とルカに、竹田さんと後関さんが矢継ぎ早に話しかけてくる。
設備の古さに反し、最新曲は他のフランチャイズに負けないぐらい早く入ってくること。
店内も綺麗に保たれていて、掃除もこまめにしていること。
ドリンクバーも高品質なものを使い、綺麗にされているらしいこと。
カラオケ店のことを、まるで自分を誇るように、覚えこんだスペック表を読み上げるように褒める言葉が続く。
それに対し、思考の速度がいつもの周波数に戻ってきたらしいルカが対応する。
二人の店自慢と、それを褒める二人の精神性を褒めるルカの合いの手に気をよくしたのか、途中から入ってきた男の人、広瀬さんもとても楽しそうに話を続けている。
ルカからは何も話しかけていない上に、ルカの情報は全く出していない肯定と鸚鵡返しだけで話は続く。
いや、私もルカと話すのは楽しいが、ルカが百パーの受けに回るとこんな熟練キャバ嬢みたいな一方的に話させることができるのか。
ちょっとの感心と共に、私がルカ相手にこういうふうになっていないか気になってしまった。
そのまま私とルカはカウンターでやり取りする広瀬さんの後ろを抜け、エレベーターを待つ。
エレベーターは雑居ビルにしては大きいもので、十人近いメンバーも二回の運搬で余裕を持って部屋のフロアに運んでくれた。
両開きのドアが開いた先、今回の私たちの利用するフロアは七階。
リノリウム製の廊下はピカピカに磨かれていて、部屋から漏れる音もほとんど聞こえなかった。
結構いい場所だね、なんてルカに言うと、一緒にエレベーターに乗り込んでいたお姉さん、川松さんが、でしょ、とニコニコと嬉しそうに私の言葉に反応する。
案内された部屋に行く途中、廊下にははめ込み式のドリンクバーが設置されいていた。
ソフトドリンクだけではなく、ホットドリンク、エスプレッソマシンにソフトクリームの機械まである。
おぉ、と少しわざとらしく驚いてドリンクバーを覗き込む。
と、そんな私に桃ちゃん、興奮しすぎ、とルカが嗜めるように近づいてくる。
うん、いいぞ親友。
手入れされたエスプレッソマシンの蒸気噴出部分を見ながらルカで隠れる位置で辺りを見回す。
エレベーター降りてすぐの壁に貼られていたフロアマップと現在の場所に違いはない。
ただ、おかしなことに非常ボタンが見当たらない。
フロアマップには書かれていたはずなんだけど。
とりあえず、数秒でやれることなんてこの程度。
カップも持ってないのにドリンクバーを見すぎるのは不自然だろう。
ルカに手を引かれ、滝沢さんに連れられて部屋に向かう。
「あのー、ドリンクバーにはなかったけど、ミルクは飲み放題で頼めるんですか?」
「うん、そうだよ。
あ、もしかして桃ちゃんコーヒーショップでバイトしたことある?」
「あははー、したことないです。
あたしが店員したら目線低くて台ないとレジ打ちできませんよ。」
「あはは、それ可愛いね。
でもエスプレッソマシン使えるの?」
「はい、親戚のお家でですね。」
適当な、ちょっと興奮気味に相手に話を投げる。
後はあっちの反応待ちで鸚鵡返しのルカスタイル。
ルカも広瀬さんと話してるみたいで、後ろから楽しそうな話し声が聞こえてくる。
そのまま私たちは誘われるように、奥まった広めの部屋に。
パーティー用の部屋なのか、既に入っている人、裕子と才加、竹田さんカップルに村上さんの五人だとスカスカに思えるほどの広い部屋だった。
私たち四人が座っても空いている席があり、結構広め。
中学の時なんかこんなラグジュアリーな大部屋に通されたことないぞ。
壁際のソファーに腰掛ける前に、触ってみる。
低反発のクッションらしく、しっかりしてる割に柔らかい。
「すごいね、ここ。」
「本当にね。
いつもは小さいところでわちゃわちゃしてるから、パーティールーム初めてかも。」
しかしルカ、私は知ってるぞ。
広い部屋ならいくらでも経験あるだろ。
そんなふうにルカいじりで精神の均衡を保ちながら、私は先に部屋に入った裕子に話かける。
「ゆーちゃんどう?
疲れてない?」
「え、うん大丈夫。」
「あーちゃんは、うん、まぁいいや。
元気でしょ。」
「そうだけどさ。
言い方。」
あはは、と笑いながら才加の横に座る。
机を挟んだスツールに座る滝沢さんたち、微妙に奥まった席に誘導されているような気がしないでもない。
タバコの匂いもない、見た目に設備も綺麗で、スツール、ソファーも汚れや破れは見当たらない。
カラオケ用の本体機材だけは、確かにちょっと古臭い感じもするがそれ以外には取り立てて目につくところもない。
一通り見回し、とりあえず、飲みもの取ってくるか、と考えた。
テーブルに置かれたコップを適当に取ってプレートを持ち、立つ。
ルカにもついてきてもらえると助かるな、と思って目線で合図しようとすると、斜め向かいから声がかかった。
「あ、桃ちゃん飲み物とってくれるの?
俺も行こうか?」
「何だよ翔翔、狙ってんのー?
清夏っちゃんの前で勇気あんねー。」
「はぁ!?
チッゲーし!」
「あたしが行くし、お前は彼女と座ってろー。」
茶番かな、けど男の人についてこられるよりはいい。
直接広瀬さんについてこられるよりは断りの言葉が言いやすくなってたし、ここはちょっと進んでみるかと私は少しテンションを上げるために気合をいれ、言葉のトーンを上げて声をかけてきた川松さんに反応をした。
「え、川松さん来てくれるんですか?
ありがとうございます!」
ニコニコとしながら、テーブルに置かれたコップを適当に取りながらトレーに乗せ、私に一枚、そしてもう一枚を川松さんに渡す。
私のトレーには私を含めた四人分プラス竹田さん用に五つ。
川松さんのものはそれ以外の人のものとして四つを。
流石に大丈夫そうだけど、念のためだ。
「んで、みんな何飲む?」
「水お願いします。」
「んー、ホワイトウォーターで。」
「同じく。」
「竹田さんは?」
「あー、ウーロンで。」
「はいはーい。」
クラスメイト四人分の依頼を受け、トレーを持って部屋を出る。
ドアを開けたタイミングでポケットに入れたウェットティッシュのパックから一枚抜き取り、歩きながらグラスを軽く拭く。
気分だけでも、安心感を得るために。
ドリンクを酌むのはそんなに手間もかからず、素人目線だと色も匂いも問題ない。
小さく安堵の息を吐き、一緒にドリンクを取りに来た川松さんが汲み終わるのを待って一緒に戻る。
二人きりの時間だが、話すことは今日のライブのこと。
友達の友達レベルの繋がりしかない人なので、相手が話してくれることに頑張って乗る。
頑張った結果、表面上だけはにこやかに過ごし、部屋に戻ることができた。
部屋の中ではすでに竹田さんの彼氏さん、後関さんがマイクを持って歌い始めていた。
うん、普通だな。
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