05 見惚れた

「すごい、映画だったよねぇ?」


 引き攣った笑顔で首をかしげながらそういう元に、俺は満足そうにゆっくりと頷いた。

 四十七分間が三時間にも感じるような濃密に退屈で、何一つ有意義なことの無い無駄な時間が終了した後の館内カフェにての休憩で、席について額を抑えた元が一番最初につぶやいた言葉がそれである。

 クソ映画は初めてだったのか? かわいそうに。


「映像は、よかった。スラッシュホラーとサスペンス、所々面白くなりそうなルールの押し付けによる頭脳戦も良かったし、音楽も耳障りなところはあったけど、大減点ってほどじゃない。」 


 噛み締めるように言う元の手元は、マドラーを弄んでいる。

 脳内の情報を言葉にするのにとても苦労していて、ついつい手が動いてしまうんだろう。


「ただ、それを抜きにしてもとにかく面白くない。いや、イライラしているわけではないし、嫌悪感を感じるわけでもない、不快感もそこまでないし、不条理さもないのに、本当にただ面白くない。何なんだこれは、面白くない原因がわからない。」


 頭を抱える元に、俺は言い知れない愉悦を感じてしまった。

 ようこそ、クソ映画の世界へ。

 最近みた映画は彼女と一緒に見たというとある大ヒットアニメ映画だったらしい元には、あまりに刺激が強かったのだろう。

 ザマァみろ、お前の最新の映画感想は彼女と見たラブラブ映画ではない、まごうことなきクソ映画だ。


「シュウはいつもこんな映画見てんの?」

「お前喧嘩売ってる?」


 ポツリと元が漏らした言葉に俺は即座に臨戦体制に入る。

 なんてひどいことを言うやつだ。

 いくら何でも残酷すぎるだろう、人を何だと思っているのか。

 あんなものを日常的に摂取している人間などいるはずないだろう。


「いや、でもこれ…… 時間が勿体無い気もしたけど、正味一時間も経ってないし…… えー……」


 俺に何かを言うつもりなのか、それとも自分の考えをまとめているのか。

 要点を得ない独り言のようなつぶやきを続ける元を尻目に、俺はテーブルに置かれたコーヒーに口をつける。


「あの子たち、Aスタジオから……」

「かわいそうに……」


 カウンターからヒソヒソと漏れ聞こえる店員の声を無視し、俺はパンフレットを開いた。

 ハードカバー風の表紙になるように生地調の紙が貼られた表表紙には箔押し、デポス加工の施された特殊仕様のパンフレットだ。(因みに通常盤はA4用紙に文字と写真が白黒で印刷された物を二つ折りにしてホッチキスで止めただけのコピー本以下の紙束である。)

 細かく記述された設定集は映画内では一言も触れられなかったどころか明らかに矛盾している部分もあるが、それでこそである。

 ドイツ生まれの博士が明らかに人種が違ったり、変なところでLGBTに配慮したりと、アカデミー賞を狙っている節もあるあたり狂っている。

 頭を抱える元をそのままにパンフレットを読み、感性と諦めの綱引きにひと段落つけるまで時間を使わせてやる。

 理解を諦める、と言う理解も人生には必要なのだ。

 アニメが大好きだと公言するやつにその邦画実写化を見せてやった時のような暗い愉悦感を感じながら俺がお代わりのコーヒーを飲み干す頃、元はようやく顔を上げた。


「わからないものは、わからない。」

「うん、お前素質あるよ。」


 呟いた元に、最初に注文していた冷めた紅茶を薦めてやる。

 なかなかやるじゃないか、と師匠ムーブをかましながら。


「なんか使うべきところじゃ無いところに脳のリソースを使ってしまったような、こう、なんていうか、やっちゃったな感がすごいね。」

「無駄に浪費したような虚無感がクセになるんだよ。」

「知りたくなかったなぁ。」


 店員に追加でホットミルクを頼む元と、改めて映画について語り合う。

 いくら何でも主人公役の人を後半に顔を隠してモブ役も兼任でやらせるのはどうかと思う。

 音楽が百均でかかってるようなクラシックBGMになってる部分があった。

 第二次世界大戦頃の時代設定のはずなのに、食事シーンでQRコード付きの照り焼きチキンバーガーを出すのは諦めが良すぎないか。

 話し出すと止まらず、お互い苦笑しながらも感想を言い合った。

 結果的にいうと、このツッコミあいで入場料ぐらいの楽しさはもとが取れたような気がした。

 色々と話し、お互いにドリンクを飲み干したあたりで一区切り、俺達はシネマカフェを後にした。

 不思議なことに、俺の趣味に付き合わせたにも関わらず、元の顔には何というかイヤイヤやってます感がほとんど無いことに気づき、つい感心して言葉を選ばすにそう言ってしまう。


「でもあれな、お前ほんとにすごいな。

 俺がいきなりあんなクソ映画連れてこられたらドアから出たあたりで速攻掴みかかるぞ。」

「自覚してるんならもう少し何とかならなかった?」

「馬鹿野郎、マジでキレそうな相手は見極めとるわ。

 元は絶対良いやつだって思ってたし。」

「ありがとう、都合のいいやつだと思ってくれて。」

「ストレートに喜べよ。ほら、入場特典のメタルコースターやるから。」

「いらないよ。裏面ツルツルしすぎてさっきのカフェで何回かテーブルから勝手に落ちてたじゃんそれ。」

「初期のりんごスマホレベルで綺麗に磨かれてるしな。」

「しかもなんで傷ひとつついてないんだよ。

 いい音してテーブルの足にぶつかったくせに。」


 やるよ、いらない、遠慮するな、遠慮じゃない。

 ぶらぶらと映画館から離れながら、お互いに言葉のドッヂボールを続ける俺たち。

 昼は元が店長と知り合いだという店で食べることにしていた為、そこに向けて歩く。

 気づけば商店が立ち並ぶ区画から少し外れ、ちょっと静かになり始めた住宅区画に足を踏み入れていた。

 知り合いも住んでいないし、遊ぶような場所もないため、地元にも関わらず土地勘のない場所に少しばかりの居心地の悪さを感じる。


 そのまま数分、普通の家と公園が並ぶ区画に、軒先にテントのような日除けを構えた、いかにもな店があった。

 あれか? との確認に肯定する元、なるほど、確かに知らなきゃこない場所だ、と思いながら当たり前のように店に入る元の後を追う。

 店の中に入って思ったのは、インスタに載せたら映えそうだな、という貧相な感想だった。

 店の真ん中に鎮座するモザイク模様の窯と、カウンター、そこに備え付けられた何が入ってるのかわからない逆さのガラス瓶。

 四人がけのテーブルが二つと、壁に貼られた写真によくわからん絵。

 何というか、スタバとか好きそうな人が好きそうな場所だな、と思った。

 写真撮影、感想の投稿は禁止です、と四個ぐらいの言語で書かれた思い切りの良すぎる張り紙の前を通り、俺は元が座ったテーブルの対面に座った。


「なんか凄えなここ。」

「でしょ?

 地域密着でやりすぎてるせいで、一時期話題になった途端即座に店を閉めてたぐらいの気合の入りっぷり。」

「あぁ、だからあの張り紙か。」

「そう言うこと。」


 ゴトリとコップと水を入れるやつ、ピッチャーと言うらしいそれを置きながら店主のお兄さんが答えてくれた。

 半袖シャツの下から見える腕は、刺青に見えるがアームカバーのようだった。


「注文はランチでいいな?

 今の時間それしかないぞ。」

「うん、それで。

 あ、そうだ、シュウってアレルギーとかない?」

「無いな。」

「うん、じゃぁ日替わりランチ二つで。」


 毎度、と答えながらカウンターの向こうに向かうお兄さん。

 元に対する軽い反応に、仲の良さをどことなく感じた。


「ここ、よく来るのか?」

「んや、そこまではかな。気が向いた時にふらっと来るくらい。

 用事があってついでに来るような場所じゃないしね。」

「確かに。」


 近くにあるのは、住宅街に公園。

 買い物の帰りに、とかそういう動機づけで来れるような場所とも違う感じだ。

 だから、ここに来ると言うのはこの店があると言うことを知っている人間で、ここで食べることを目的とする人間。


「お邪魔しまーす。」

「マスターさん、お久しぶりです。」


 カウベルの音とともに入ってきたのは、二人の少女。

 片方はちょっと猫背気味の女の子で、メガネの下に薄らとクマが見える。

 まぁ、そっちはそんなもんでいいだろう。

 問題はもう一人。

 一度写真で見たことがある子だった。

 写真の中で見た笑顔よりも柔らかな微笑みと、クリーム色を基調とした洋服。薄く化粧のされた生で見るその姿は画面越しよりも三割増で魅力的に見えた。

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