06 挨拶した
「あ、元。」
「山上君じゃん。何、デート?」
「よう、琉歌。」
「ん、おはよ、元。
今日はクラスの人と遊んでたんだね。」
「あぁ、話してたろ?
俺に話しかけてくれた、筒井秀人。
今日は遊びに誘ってくれたんだ。」
メガネの女の子の言葉をサラッとスルーしながら、写真で見た彼女に応える元。
その余裕に対し、何となしにいらつきのようなものを感じてしまうのは仕方がないことだろう。
膨れ上がる嫉妬心を抑えながら背筋を正し、軽く二人に向けて頭を下げる。
「初めまして、筒井っす。
元からは何回も写真見せられて彼女さんの事はよく知ってるっす。」
接点のない女の子相手、普通に反応したかったのだが微妙に敬語の混じる後輩口調になってしまう。
「初めまして、元の彼女の詞島琉歌です。
うちの元がお世話になってます。」
美人が笑うと、花が咲く。
俺はその事実を初めて知った。
にこりと微笑み、軽く会釈するその姿にえも言われぬ暖かさのようなものを感じる俺。
ただ美人というより、何というかいいもん見たな、という達成感という漢字の不思議な暖かさと満足感が俺の中に満ちていた。
本当に不思議なことに、俺の視線は元の彼女である詞島さんの顔のあたりから外れず、写真を見たときには気になった胸も、腰も、どちらにも視線が向かなかった。
挨拶の後、ぼうっと俺は視線を詞島さんに向け続けていたようだが、空いている席に座ろうとする詞島さんと友達の動きに脳が再起動するとともに、焦理ながらも声をかけた。
「あー、おい元。
せっかくだから彼女さんと一緒に食べたらどうだ?
お友達さんもよければ一緒にどう?」
どことなく日本語がおかしいことは気づいていたが、口は何とか動いた。
どうせ食事をするならきれいなものを眺めながら飯を食いたい。
俺の言葉に、元と詞島さんが目を合わせ、頷くと詞島さんは一緒にいた女の子に声をかけ、同意を求めた。
了解が出たらしく、また元に軽く頷くと、元は自然に立ち上がり、俺の横に元が座ると元の対面に彼女さんが、俺の対面に連れの女の子が座る形となった。
「失礼します。」
「お邪魔します。
初めまして、ルカの友達の大木、桃です!」
「よろしく。
元のダチの筒井秀人です。」
自然に対面から差し出された手を握り、自己紹介を交わす。
大木さんは見た目は大人しそうな感じなのだが、言葉はしっかりと発音される、いわゆるハキハキした喋り方だなと思った。
「でも偶然だね、私がルカにおすすめだって連れられてきた場所に山上君もいるなんて。
なんか狙ってた?」
「まさか、そんなことないよ。
私も元も今日はお互いに別の場所で遊ぼうって話してたんだから。」
「うん、俺は今日はシュウに誘われて映画……そう、映画を見に行ってた。
な、あれ、映画だよな?」
「おう、映画だ。
楽しかったろ?」
すがるような確認に対する俺の返しに、苦み走ったような困惑したような、何とも言えない表情をする元。
その表情がツボに入ったのか、大木さんは軽く吹き出した。
「うん、まぁ、いい経験になったよ。
ルカ達は?」
「私達は小動物カフェに行ってきた帰り〜。
すっっごく楽しかった!」
「桃ちゃんすごいんですよ。
寝転がってる猫を撫でると、コテンってみんなお腹見せて来て、すごく可愛かったです。」
「ルカもハリネズミとかモグラとか、いろいろ撫でさせてもらったよね。」
「へぇ。
犬猫だけじゃないんだ。
そういえばシュウも何か動物飼ってたとか言ってなかった?」
「ウチは鳥、オウムだな。
つっても、大学で出て行った姉貴が持ってったけど。」
「鳥かぁ。
フクロウとかいいよねぇ。」
「ちょっと前に映画の影響もあってブームになってましたっけ。」
「すごかったよねー、あの映画の4DX+IMAX。」
わいわいと、お互いに今日の報告のような話をしながら要所要所で出されるプレートを食べ、のんびりとしたランチタイムを過ごす。
特段変わったようなメニューではない。
サラダ・スープ・ハンバーグの順に出されたそれらは気づかないうちに俺たちの胃の中に収まっていき、驚くほど自然に腹を満たしてくれた。
気づけば俺と元は目の前の皿を空にしていて、皿と入れ替わりに提供されたのは食後のデザートとコーヒー。
チラリと入り口にかけられた時計を見れば、店に入った時間から一時間弱が経過していた。
「これ食べたらそろそろ俺とシュウは出ようと思うけど、二人は何か予定ある?」
(ナイスだ、元!)
俺にも特に予定があったわけでもなく、後はだべって帰るだけだったのだ。
家に帰っても動画を見たりゲームをするぐらいだ、どうせなら美人なJKと過ごす時間を選びたい。
「私はせっかくなので、新しく入ったプリを桃ちゃんと撮りたいなって思ってて。」
「そう、だからアミューズ行こうかって話をしてたよ。」
「ルカと大木さんはゲーセンかぁ。駅の?」
「そうそう。」
「せっかくだし、ついて行きたいんだけどいいかな、二人とも。」
「いいよー、っていうか、えっと筒井君、だっけ?
予定とかないんだったら一緒に行こうよ。」
「あざっす! お供します!」
「おう! よろしくねぇ!」
対面から伸ばした手とハイタッチ。
何というか、本当に話しやすくて助かる。
距離感が男友達のそれに近いし、反応も軽くて緊張しなくていい。
ふと、自分が女の子を相手にしていることに気づいた。
料理の匂い、デザートの甘い匂いと紅茶の香りの後ろに、今まで無かったようないい匂いがふわりと漂っていた。
そのままスマホで行く場所を確認し、俺と元は女子組がデザートを食べるのを待つ。
その間にも、お互いに情報交換のような形で雑談を続けた。
俺の事は日常で聞いていたとか、大木さんと仲良くなったのはここ一ヶ月もしないぐらいだとか。
女子間でかっこいいと噂される男の中には俺も元も入っていないことがわかり、少々凹んだり。
不思議と話は弾み、お互いの趣味や好みに話は移っていく。
バスケの話なんかも楽しそうに聞くし、大木さんの元気な反応と詞島さんの暖かな受け応えは俺の心を弾ませた。
デザートを食べ終わり一休みした頃、そろそろかとテーブルの上を改めて見てみた。
大木さんのケーキ皿には細かなパイのカケラがついているが、詞島さんの皿はどうやったのか綺麗に何も残っていない。
これは、礼儀作法とかマナーとかそういうもので区切っていいものなのだろうか。
感心とともに、ごちそうさまを言う二人を見ながら俺は段々と心拍数と期待値が上がっていくのを感じていた。
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