32 悩んだ
『どうするよ。』
『どうするもこうするも。
伝えるにしても、俺達がしていいことって今はないんじゃないかな。』
チャットアプリ、元とだけ話せる部屋にて、俺と元は今日の帰りに見た光景に対する対処を話していた。
呆けていた俺に対し、即座に録画をおこなっていた元。
動画は元のスマホにだけ残すことにして、俺は持たないことにした。
だが、動画なんかなくてもあの光景はきちんと思い出すことができる、できてしまう。
『でもよ、黙っておくってのは何か違くねえ?』
『うん、そう思うけど、その場合はちゃんと本人か確定してから言わないと、ただ冤罪被せるだけになるよ。』
『そうだな』
元にむけて会話を打ちながら、俺は自分の中に渦巻くよくわからないものに感情を乱されていた。
古賀が、好きな人がいる。
で、その人は古賀と付き合ってて、最近もデートを楽しんでた。
流石に最後までは行ってないらしいが、それでも距離が近づいてて、この夏で最後まで行ってやる、と宣言していた。
そんな古賀の好きな人が、別の人間と一緒にいた。
いや、居ただけならいい。
親戚とか、兄弟とか、バイト先の人に送ってもらったとか、それだけなら、まだいい。
けど、空いている電車の中で、肩を寄せ合って相手の肩に頭を乗せるってのは、どうなんだ?
『あれ、親戚とかか?後はなんだ?バイトとか塾の先輩とか?』
『どうだろ。一応寝てて知らない人の肩借りたってこともありそうだけど』
そうか、それもある。
もしそうなら本当に単なる見間違いですむ。
だけど、目を瞑っていたか?
『寝てるようには見えなかったんだよね。』
元の返しに、背筋が泡立った感じがした。
断言する形で書いてはいない、だが、言葉の後ろに何があるかは俺にだってわかる。
『訳わかんねえ、周りには人がいるんだぜ、俺と元以外に見られてる可能性だってたっぷりあるんだ。』
『うん、でも多分、俺とシュウ以外に、佐藤先輩が古賀くんと付き合ってるって知ってる人、そんないなくない?』
その文字を読んだ時、確かにそうだ、そう思ってしまった。
古賀がクラスで大声で話すことはあれど、しっかりと付き合い始めたことを言ったのは俺と元にだけ。
迷惑になるから、あんまり言いふらすなよ、と言っていた。
『最初から考えてたと思うか?』
指が勝手に動き、送信ボタンを押す。
今日の昼に来たらしい古賀のメッセージが脳裏に過ぎる。
彼女、佐藤先輩が作ってくれた弁当の素晴らしさを撮った画像、それを先輩に半分無理やり交換されたと言っていた文章。
古賀の幸せそうなメッセージを思い返し、俺は強い焦りのようなものを感じてしまった。
『そう思いたくない。』
元のメッセージは短いものだった。
だが、その文を読むと、ほんの少しだけ俺の中にあった焦燥感が収まった気がする。
『俺たちが今の状態で何か言うのは、ちょっと違うよな、やっぱり』
『そう思う。』
見たものがそのまま正解で、佐藤先輩が普通に浮気をしているのならそれまでだ。
だが、俺と元の勇み足だった場合には古賀と佐藤先輩に対し、ありえないレベルの無礼を働くことになり、二人に対する取り返しのつかない侮辱を押し付けることになる。
『調べよう。』
強く短く書かれた文字に、俺も覚悟が決まる。
まずは、調べよう。
で、違ったら謝ろう。
その時には元も連れて二人の前で土下座すればいい。
『わかった、けど、どうやる?』
『一番良いのは探偵を雇うこと、けど流石に探偵の依頼料を払うのは無理。
だから、こっちはこっちで足を使うことにしよう。』
元の考えは、とてもシンプルなものだった。
今日見た先輩の姿は本当に一瞬で、相手とどんな関係か、どこに行っていたのか、全ての情報が足りなすぎる。
さらに大袈裟に言えば、二人共に似てた人と見間違えた可能性すらある。
だから、もう一度あの状態の先輩を見つける。
『詞島さん家の最寄り駅で乗り込んでたように見えたけど、元見覚えあるか?』
『ない。
俺はルカとずっとこの駅から通ってるけど、見た覚えはないかな。』
『じゃあなんだ、たまたまここ来てただけか?
追おうにも材料なさ過ぎんだろ』
『うん、見覚えがないなら、俺の記憶はあんまり頼りにならないね。
だから、ちょっと別から動いてみる。
しばらく調べてみるから、なんかわかったら連絡するよ。』
『手伝いとかいらねーか?』
『走り回るわけじゃないんから、大丈夫。
ありがとう。
とりあえず明後日には連絡するね。
それまで暴走しないでよ。』
そう打ち込まれ、会話は終了した。
アプリを開いたまま、俺はぼうっと画面を眺め続けた。
ここしばらくの古賀のことを思い出す。
楽しそうにデートのことを話す姿、先輩の素晴らしさを語る姿。
バスケの方も身が入るようになり、勉強の方も先輩とやるようになって小テストの点数も上向いて来ていた。
恋が人を変えたというのなら、古賀の恋は間違いなく素晴らしいもののはずだった。
時々惚けがうざいが、それもいつの間にか一つのお約束みたいになっていて、それにツッコミを入れたりするのも面白かった。
楽しいものだったはずだ、なのに。
「嘘だろ?」
ポツリと、誰にいうでもなく俺の口から言葉が漏れた。
テレビにツッコミを入れるでも、本を見て笑うからでもない、自分でもわからない対象に向けての言葉。
俺には今まで彼女なんていたことはない。
好きになった子は、そりゃいるが、その子と付き合えたことはない。
中学時代、周りにいた奴らの話は聞いていて、いいことばかりじゃないってのは思ってた、けど、高校になれば違うのかも、なんて思ってた。
実際、そうなのかも、なんて思い始めていた。
元と詞島さんは、幸せそうだった。
いつ見ても、この二人を羨ましく思うくらいに。
古賀にだって羨ましさを感じていた。
元に強がりは言ってたけど、そりゃ羨ましいさ。彼女がいるって。
友達二人、幸せそうだったんだ、羨ましいって思ったんだ。
きっと、俺の嫉妬なんかギャグにしかならないくらいにいい恋愛をするんだって、そう思っていた。
その期待が裏切られた。
今日見たのが先輩だと確信を持って言える状態ではないし、ましてや浮気だなんて今決めつけるのはせっかちが過ぎる。
そう、わかっているが、それでも今俺は腹が立って仕方がなかった。
表示されたままだったアプリを閉じ、スケジュール表を開く。
十時から三時まで、エンジョイ組も参加の練習が入っている。
古賀は来るんだろうか。
俺は、どんな顔をして会えば良い。
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