31 驚いた(三回目)

「あーーー、もう満足すぎだろ。

 今日一日でどんだけ盛られるんだよ。」

 

 街灯が道を照らす中、元と歩く俺は二人しか居なくなったからか、砕けた口調で今日の感想を口から吐き出した。

 友人の彼女の家が超豪邸。

 下手すると学校にいる時以上に集中して勉強して、しかもしっかり成果つき。

 昼食は友人の彼女の手作りカレーで、店でも食ったことないぐらいにしっかりした味の激うま。

 晩飯に至っては、人生で一度も味わったことがないような超上寿司を、美男美女のおじさんおばさんおばあさんと食うことに。

 

「飯食わなくても腹膨れすぎるっての。」

「いや、しっかり食ってたよね?絶対一桶以上は食べてたよね?」

「別腹なんだよ。」

「男にもあるんだそれ。」

 

 呟きに返してくれる元にボケて返せば、しっかりまた打ち返してくれる。

 男しかいない空間でしかできない軽いやりとりも、何か懐かしい。

 思い起こせばここ数ヶ月、教室でのやりとりは男子オンリー、気持ちが楽な方に行っていたということなんだろう。

 

「楽しかったなぁ。」

 

 つい口から思っていた言葉がそのまま出てくる。

 できない問題を一緒に考えることも、わからない原因を教えてもらうことも、自分の考えを言って、それが間違いだと気づいてみんなで笑うことも。

 教科書を前に勉強をする一学期の間には感じられなかった、楽しい勉強ができた。

 食事は言わずもがな、何よりも清子さんがすごかった。

 年取ったおばあさん、そのはずなのに話がしやすい。

 見た目もしゃんとした佇まいで、声はよく通る。

 聞き返されるようなこともなかったあたり、耳も良さそうだ。

 年末に父方の実家に帰った時のじいちゃんなんか、うるせーわ同じことを話して俺のいうこと聞かねーわ、本当に散々だった。

 そんなこんなで、お年玉くれる人ってぐらいしか思ってなかったじいちゃんと同じような歳の人にこんなに緊張するなんて思わなかった。

 飯に、人に、今日一日でどれだけの人生初を更新させるんだか。

 

「清子ばあちゃんたちも、シュウと話せて喜んでたよ。」

「いや、自分の息子でもない奴の友達と話せて喜ぶってどういうことだよ。」

「息子になるってのはもう決まってるからじゃない?

 まぁ、結構昔っから見てもらってるからもうすでに息子のつもりかもしれないけど。」

 

 そんなもんか、そう返す。

 ちょっと、いや、かなり羨ましい。

 じわじわとセミの鳴く声。

 道路を通って向かいから吹いてくる風は緩くて、微妙に汗をかいてしまう。

 じっとりとした背中の湿り気は、きっとその風のせいだ。

 

「そういえば、大木さんとはゲームしてるんだって?

 ルカが最近大木さんが強くなったって言ってたよ。」

「おう、フレコ交換した後からは、家帰ってタイミング合ったらそれならに野良部屋作って対戦したりしてるぜ。

 てか、お前とも、詞島さんとも結構やってんじゃん。」

「そうだっけ?あんまりインしないから印象薄くて。」


 基本RPGばっかりやっているとは言っていたが、確かに元のイン率は低かったような気がする。

 というか、詞島さんがやってない時に元がインしていたことが記憶にない。

 こいつ、さては接待でゲームやってやがんな。


「ちゃんと付き合ってんのか?

 そういうところで接点少なくなると、色々冷めることもあるらしいぞ?」

「いやー、ジャンル違うとほら、やっぱり熱中度が違うというか、パターン化させるのが面白いタイプだから対人にはあんまり熱が込められなくて。」


 ゲームでコミュニケーションするのが苦手、というよりそこまで熱くなれないタイプか。

 確かに、部活でも直接会うとよく話すけど、ゲームを噛ませると無口になったり、参加率低い奴もいたことを思い出した。

 気づけばグループに参加する率も低くなっていて、直接誘うようなことでもしない限り部屋に入ってくることがないようなやつだった。

 

「大宮みたいなもんか。ゲームでは部屋作っても招待しないと来ないような。」

「あー、そうかも。ルカのを横で見てる方が多いからかなー。」

「ふーん……ん? お前、詞島さんと夜一緒にいんの?」

「ん、そりゃ居ますよ。」

「あー、土日の前なんか、割と遅い時間までやってたりするよな?」

「寝かしつけるのに苦労したりするね。」


 文字通り一緒の部屋にいる、と。

 いや、隠すことでもないくらいにキッパリと恋人同士なのだから、そうなんだろうが。

 しかし、やはり何というか妬ましい。

 そして、こいつの言葉を信じれば、いまだに手を出していないと。

 いやはや、正直よくもまぁ信じられるもんだ、とも思ってしまう。

 

「シュウは、明日は部活だっけ?」

「おう、エンジョイ勢、二軍は週二でオッケーだから、明日出たらまたしばらくは休みだな。

 あ、でも頼まれたら出る奴もいるらしいぞ。」

「古賀君とか?」

「あれは強制だろ。一応終業式後にあるって言ってたのに忘れてたのは完全にあいつが悪いし。」

「確かに。」


 言ってくれれば俺も出たのに、なんて言っていたが自業自得だ。

 キャプテンが妹に彼氏ができたと落ち込んでいたことも、微妙に関係ある気もしないが。


「元は詞島さんとデート三昧か?」

「うーん、どうだろ。

 ルカはルカでクラスの子と遊ぶ計画あるらしいし、俺は俺でやることあるからなぁ。」

「はー、何つうか、熟年夫婦の感じだなぁ、お前ら。」

「ありがとう。まぁ、何かのタイミングで海には行きたいよね。」

「いいなぁ、海。呼んでくれよ。」

「はは、呼べたら呼ぶわ。」

「さらっと外してんじゃねえよ。」

 

 駅までしばらく。

 俺と元の話は続き、最近古賀に勧められて見始めたダンスやゲームの動画の話をしながら歩いていた。

 気づけばおすすめが動物もの動画で埋まっていた元のホーム画面に対してツッコミを入れながら、俺の傑作芸人動画選集から選んだやつも教えてやる。

 個人的には体当たり企画とかかなり好きなのでその辺りの面白さを熱弁してやりながら、気づけば駅。

 改札を通り、後ろを向くと普通に元も改札を通っていた。

 

「ん?お前何入ってんの?」


 もしかして、何か用事でもあったのだろうか。

 そう思いながら元に問いかけると、自分の行動に呆れたのか、愕然とした顔をしながら口元に手をやっていた。


「つい、いつもの癖が。」

「はは、通学の癖がそのまま出たか。」

「うん、まぁいいや、ホームまで送ろう。」

「至れり尽くせりで逆にキモいわー。」

「あ、俺彼女いるからワンチャンあるとか思わないでね。」

「……」

 

 いきなりの殺人パンチに、拳を握り、歯を食いしばることで俺は堪えた。

 必ずやこの逆玉野郎にシリーズもののクソ映画を見せてやらねばと俺は決意を新たにした。

 とりあえず駅内のワッフル屋で何個かワッフルを買う元とグダグダと話しながら、ホームへ向かう。

 しまらない最後だが、まあそれもいいだろう。

 

「今日はありがとな、誘ってくれて。

 ぶっちゃけまじ楽しかった。」

「うん、俺もだ。」

 

 らしくもなく、ここは握手でもしてみるべきかと右手を差し出す。

 あちらもそう思っていたようで、らしくないね、なんて言いながら俺の手を握ろうとしたところで、元が動きを止めた。

 

「え?」

「おい、何見て……は?」


 元の視線は、ホームの向かい。

 その視線には二人の人間。

 固まる元の目線を追って振り向いた先の二人に、俺も固まってしまった。

 

 夏休み一日目、グダグダながらも幸せに終わり、青春を勢いづける一ページ目になるはずのその日の最後。

 俺と元が見たのは大学生ぐらいの男と隣り合わせに席に、肩に頭を乗せて幸せそうに目を瞑る佐藤先輩の姿だった。


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