33 練習した

 我が校のバスケ部の練習は二つの勢力間でとても差のあるものとなっている。

 エンジョイ勢用の練習は、基本的にバスケを楽しむもの。

 一方、ガチ勢の方は地味でキツい反復練習をポイント形式でこなしていくバスケを上手くするための鍛錬。

 一年のうちには差はない。しかし、二年の初めごろになるとガチ勢組の勝ち越し率がだんだん上がり、二年の夏頃を過ぎるとエンジョイ勢はガチ勢の練習相手にもならなくなっていく。

 他校との練習試合も遠征に行く組と校内でやる組に分かれる。

 どちらを選んでもいいし、どちらに居続けてもいい。

 そんな変な二枚看板体制がウチのバスケ部だ。

 俺はエンジョイ組に所属しており、時折ガチ組の手伝いをする感じのふわっとした感じでバスケを楽しんでいた。

 文字通り朝から晩までバスケをやっている先輩方をすごいとは思うが、ああはなれないと思ってもいた。

 そして、古賀もそうだった。

 折角の高校生活、キツすぎない部活で楽しく過ごし、学校生活が色どれればよし。

 そんな話を、俺は古賀とよくしていた。


「はい、次シュート練習。三十分したら外回り組帰ってくるからどんどん撃つように。」


 先輩の号令でフリースローラインに一年が並ぶ。

 動きながらのパス練習で息が上がっていた俺達一年も、シュートを打てるとなれば疲れた体に鞭打って待機場所に歩き出す。

 三本打ったら次のやつ。そうやって列が消化されていく。

 前に打っている奴らを眺め、ぼうっとしていると肩が叩かれた。

 

「なぁ、今日って弁当買ってきたか?」

 

 話しかけてきたのは古賀だった。

 

「いや、校門に売りに来るんだろ?俺はそれでいいや。」

「ププっ、騙されてんなお前。

 校門前の弁当屋なんて、美味いやつは先に先輩に買い占められんぞ。」

「はあ?マジか?」

「昨日なんかサッカー部の奴らも一年は全員残り物の野菜炒め弁当しか残ってなかったってよ。」

「最悪かよ。」

 

 ただでさえ気が重いっていうのに、昼飯も微妙な可能性があるのか。

 思わずため息を吐いてしまう。

 

「いやー、昨日に続いて今日も俺は彼女からのお弁当っすよ。

 ほんとごめんねー。もうこの幸せ分けてやりてーわ、あ、だめだ、これ愛妻弁当だし他のやつには食わせらんねえな。」

 

 うひひ、とだらしなく破顔する古賀に、なんと返したものか、俺は少しばかり言葉に詰まってしまった。


「昨日、も弁当だったんだって?」

「おーよ。終業式の日にデート先で部活の連絡あってよ、そしたら先輩が、

 『明日明後日くらいなら、お弁当作れるから作らせてよ。』ってよ!

 流石に毎日は難しくても、今日までくらいは作ってくれるんだってさぁ!」

「ふーん。」

「お、効いてないアピールか?」

「そーだよ。」

 

 会話を叩き切り、俺の番となったシュートに移る。

 カゴからボールを取り、教えてもらったフォームで狙いをつけ、右腕を動かす。

 四角の枠、ウィンドウと言うらしいそこの上辺にボールが当たり、ネットが揺れる。

 一投目からまさかのゴールだ。

 二投目、準備のためにカゴからボールを取る、脳裏には先ほどの古賀の嬉しそうな声と、昨日見た佐藤先輩の幸せそうに肩を寄せる姿。

 まとまらない俺の考えをよそに、シュートはものすごく綺麗な弧を描き、今度はリングの手前を掠めてインした。

 おぉ、と感心するような声がした。

 ただ、その声に得意になるでもなく、俺はその声を単なる音としてしか聞くことが出来なかった

 ボールを拾い、構える。

 視線はボードへ、ただ、視点はずっとその向こう。

 視界に、先輩の顔が浮かんだ。

 ガン、と大きな音をたて、三本目のシュートは大きくボードに弾かれた。

 

「折角二本入ったのに、力みすぎだろ。」

「カッコわり、意識しすぎたわ。」

「平常心、平常心だぞシュウくん?」

 

 ほっほっほ、と老師キャラでも気取ったような笑いで俺の肩を押し、古賀がラインに着いた。

 確かに、考えすぎだ。

 今は元が動いてくれている。

 見間違いだっていう可能性もある。

 勝手に決めつけて、勝手に落ち込むのは入れ込みすぎだ。

 壁際に背を預け、何度か瞬きをして両手を思い切り頬に叩きつける。

 ばちんといい音がして、勢いよく当たった小指のせいで鼻がじんと痛んだ。

 顔を上げれば古賀が三本目を外しているところで、三本連続のミスに先輩からブーイングを食らうことになった。

 

「おかしいな、絶対絶好調な俺ならシュウ以上には入った筈なのに。」

「調子の良不良でどうにかなる力量差じゃねえってこったな。」

「まさか、これが彼女がいないことによる誓約…?」

「センパーイ!」

「ごめんなさぁぁぁぁい!!!」

 

 そのまま順番が巡り、基礎練ではないおかげで結構楽しく集中できたので気づけばもう昼飯。部活においては一番楽しみな時間ではないだろうか。

 一年生十五人、その中で適当にグループを組んで車座になり、飯を食う。

 俺以外にも弁当を買ってきていないやつがいて、そいつらも俺と同じく野菜炒め弁当を食う羽目になっていた。

 ほんの十五時間前にはあんな極上の寿司を食っていたのに、今は油でテカテカと光るキャベツとにんじんともやしが目の前に鎮座している。

 そのギャップに悲しさを感じながら、やたらと芯の部分の多いキャベツを齧った。

 

「うん、美味い美味い。いやー、野菜食うやつを見下ろしながら食う肉は美味いな。」

「うっざ、お前昨日もこんなんやってたのか?」

「いや、昨日は先輩にずっとしごかれてたからまだマシだったぜ。」

「昨日はかわいそうだなと思ったんだけどな、今日はもう愛想が尽きたわ。」「おいおい、嫉妬すんなよメーン。気持ち良すぎて絶頂しちまうだろ。」

「もう一回ガチ組で引き取ってくれねえか?」

「おう、後半人手足りなくなった時第一でこいつ推すわ。」


 一年組でも既に古賀の立ち位置は確定しているようで、ゲラゲラと笑いながらお互いに所有権の押し付けをしあっている。

 古賀の彼女自体誰かは知らないが、一応彼女持ちと言うことで認識されているらしい。

 愛妻弁当は流石に自分では作らないだろうと目されているのだろう。

 他の部活で一人頑張りすぎたやつがいて、あまりにも哀れなその姿に全員が何も言えなかったと言うことがあったらしい。

 おそらくそいつが卒業したとしてもこの話は語り継がれることだろう。

 いなくなっても記憶に残り続ける、それはとても残酷なことだと、そう思った。

 

 

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