21 書いた
クラス内での派閥抗争が当たり前なウチのクラスに比べればなんと健全なことか。
週の初めに、別派閥のやつと会っていたと言うことで飼い主のいないタイミングでのハーレムメンバーたちの間での晒し上げがあるような環境とは違いすぎる。
傘の下、影と風で快適な空間を占有していれば話が弾み、ふと大木さんの手元にあるものに目がいく。
ハガキ、のようなもの。
そこに話の隙間で色々と書き込みがされていく。
「大木さん、それなに?」
「あ、ごめんね。つい癖になっちゃって。
えっとね、日記みたいなもんかな。」
ほら、と見せられたハガキの裏側には、今日見たユキヒョウの双子の子供たちが柔らかなタッチで描かれていた。
写真にみまごう、と言うのは言い過ぎだが少なくとも俺には書けないくらいには上手な絵に見える。
「へぇ、大木さん絵上手いんだな。」
「あは、そう? いやぁ照れるなぁ。えっとね、これは山上君の真似。あの人ね、どこか行ったらそこの葉書とかもらったり買ったりして、色々書いてるみたいなの。
結構前にそのファイルみたいなの見せてもらったんだけど、ルカと一緒に話しながら思い出してるのがすごい羨ましくてね、パクってんの。」
なるほど、写真とは違った思い出の整理法というわけか。
彼女との思い出だけではないだろうが、どこに行ったかをスマホの写真以外にも紙として持っていると言うのは、中々おしゃれ度数高いじゃないか。
「あいつ、そんな風情あることするんだな。」
「ねー。あんなぼーっとした顔してんのにね。」
「あぁ、あいつ詞島さんといてもそんな感じなの?」
「もうね、ずっとあんな感じ。」
「よくもまぁ詞島さんに捨てられねーな。」
ポツリとつぶやく言葉に、ニヤニヤしながらそうだねぇ、と大木さんが返してくる。
これは、なにかしら知ってるな。
そうやって話して数分、大木さんのスマホが鳴った。
話を打ち切る形で画面を見る大木さんに、どうぞと人差し指を指して促すとごめんね、と口の形だけで言い、彼女はスマホを通話状態にする。
「はい、私私。うん、外だよー。うん、遊んでるだけ。そっちもでしょ。え、清夏が?へぇ、うん、うん、あーはいはい。」
電話をする人をじっと見る、という事はそういえばあまりなかった。
目の前の大木さんは小さく体を動かしながら、表情をコロコロと変えていく。
「うん、それで、え? あー……はいはい。うん、私は特にだけど、えっともう一人増えるかもだけど、いいかな? うん、あ、良いんだ。りょーかい、じゃね。」
ぷつりと通話を打ち切るとじっと見ていた俺に気付いたのか、少し睨まれた。
「お疲れ、んで、何かあった?」
「ん、ルカから晩御飯のお誘いなんだけどねー。筒井君、今日夕方用事ある?」
「あー、今日は、ちょっと。」
「あちゃぁ、そっか。」
はて、なぜだろう。
俺自身が断ったことを不思議に思ってしまった。
ただ、まぁ仕方がないのかもしれない。女の子との長時間の接触なんて今日が初めてなんだ。
一緒にいられる時間が長いのは望むところだが、足りないぐらいがちょうどいいという言葉もある。
今日の俺は失点もなく、割といい感じだ。ならばここで一区切りというのも悪くないだろう。
いや、まぁ惜しいか惜しく無いかでいえば耳から血が出るほど惜しい感じはするのだが。
「んー、じゃあルカにもそう言っとこっかな。」
「あぁ、悪いね、また何かあったらそん時は参加させてもらうわ。」
「うん、次は行けたら行くって言ってたって言っとくね。」
「いや違うから、その言い方だと断ってることにしかならねーから。」
そう笑い、話を続ける。
唐揚げが無くなり、飲み物のコップにあるのが氷とそれが溶けた水だけになった頃、二人で席を立つ。
トレーに空の容器をまとめ、ゴミ捨てに向かう大木さんの後ろ姿を変わらないな、なんて思いながら見つめる。
ご馳走様でした、お粗末さまでしたの挨拶の後、最後にもう一度ユキヒョウの双子を少しだけ見てから動物園を後にする。
「ありがとうございました!」
「はい、来園ありがとうございました。こちら年パス会員さんにお渡ししてるカレンダーカードです、次回もどうぞ。」
出口で挨拶する大木さんに、係員の人がチラシとカードを渡す。
俺も出る時にチラシはもらったが、なるほど、こう言うのも年パス会員にはあるんだな。上手い手だな、なんて少し思ってしまった。
最寄駅につき、電車に乗る。
大木さんは途中で別れることになるのだが、そこまでの間、動物園での感想を語り合う。
最初は大木さんが語りかけていたのだが、気づけば俺自身の感想を大木さんにどんどんと語る形になっていく。
鳥の羽ばたきをじっと見たのは初めてな気がする。猿山ってあんなに深いんだな。ヤギ触ったの初めてだ。ペンギンって塩くさいな。
感じたこと、思ったことが次から次に口をつく。
それを聞いてくれる大木さんの笑顔が、さらに俺の口をなめらかにする。
気づけば大木さんの降りる駅の一つ前、それに気づいて俺の口が止まった瞬間、大木さんが思い出したかのようにカバンを漁り出した。
「筒井君、はい。」
「ん、これ、は、帰りにもらったカード?」
「うん、私はこれからも何回か行きそうだし、今日は筒井君居なかったら行かなかったかも知んないから。
お礼にはなんないかもだけど、気持ちだけでもね。」
「いや。」
サイズ的にはポストカードよりほんの少しだけ小さいそれを、差し出されたままに受け取る。
表面には今月と来月の日付、そしてキリンの写真。
裏面は切手欄と線が引かれ、キリンの名前と園のマークが書かれた一般的なポストカードだ。
いつもならなにに使うわけでもないそれを、俺は自然に受け取っていた。
「ありがとう、大事にする。」
「そっか。」
ガラスが割れた、アイスがビニール袋から飛び出した、いや、ええと、そう。
花が咲くような、無邪気な笑顔がポンと出てきて、俺もそれに釣られて笑う。
「じゃ、また今度ね。」
「あぁ。」
手を振り、電車を降りていく大木さんの背中に手を振り、発車する電車の中で座っていた椅子に深く背中を預ける。
ため息でも吐きたい気分だけど、不思議と口から息は漏れなかった。
右手で掴むポストカードを眺め、今日一日が妄想ではなかったことを確認すると、俺はそれを大事に鞄の小さなポケットにしまった。
流れる景色を眺め、楽しかったな、とポツリと呟く。
誰に聞かせるわけでもないその言葉が人のいない車内に溶けた。
電車はその後何の障害もなく俺の家の最寄駅に着いた。
時間はそろそろ十七時になるだろうかと言うところ。
晩飯前のいい時間だな、何て思いながら帰ると親父が悲しそうな目で迎えてきた。
腹が立ったんで母にだけただいまと言い、今日ライブ会場で買った曲をスマホで見せる。
親子だけあって感性が近かったのか、どうやら母も彼らの音楽に感じるものがあったようだ。
良い曲じゃん、そうだろ、そんな話をして部屋に戻る。
食事は? の問いに、夕飯は食べると返してドアを閉める。
カバンからポストカードを抜き出し、カバン本体は二段ベッドの上に放り投げる。
机に座り、大木さんからもらったそれを眺め、裏返して机の中からペンを取り出す。
今日の日付を書き、その下にH。K。Morlieの名前を、そしてユキヒョウ、とだけ書いた。
たった三行の文字、それを眺めると不思議と今日のことが色々と浮かんでくる。
口元に浮かんでくる笑みをそのままに、ベッドに倒れ込んだ。
晩飯まで少し眠ろうか、と思ったところでスマホが着信音を鳴らす。
相手は大木さん。
今日は楽しかった、と言う言葉と、どこかの割烹っぽいところででかい皿に盛られた刺身と、鉢に入った大きめの魚の煮付けの写真が送られてくる。
続いての写真は詞島さんに元と一緒の三人の自撮り写真。
そこに自分がいないことのほんの少しの後悔と、安心感を感じた。
ありがとう、俺も楽しかったと書き込み、送信する。
あぁ、楽しい一日だった。
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