20 おごられた


「んんんんん〜っ! モハモハでかわいいなぁ。」

 

 ユキヒョウの檻に併設された建物、ガラス板で中を覗けるようになっている場所に大木さんがしゃがみ込み、ベッタリと張り付いていた。

 柔らかな草で作られた寝床と、その上に眠る二匹の小さな姿を捉えたカメラの画像がガラス前の薄型ディスプレイに投影されていた。

 

「あぁぁぁぁ、尻尾もお母さんとは違って先がシュッとしててかわいいねぇ。」

 

 頬を紅潮させ、顔を崩すその姿に苦笑しながら俺も大木さんが眺める画面を一緒に見る。

 随分と彩度の高い画面に、カメラと画面両方とも金がかかっていそうだなと思いながらも、被写体である二匹の子猫、と言っていいのかわからないが、とりあえずその子猫達を眺めた。

 白と灰の斑らの体毛はすでにふかふかで、なるほど、大木さんが冷静さをかなぐり捨てるのも何となくわかる。

 綿毛にも見えるその体毛は俺もできることなら触ってみたいほどだ。

 

「シロくんもユキジくんも仲良しだねぇ、いいねぇ。」

「お、でっかいのこっちに来た。お母さんかな。」

「うん、そうだね。トウカちゃんもすっかりお母さんだねぇ。はぁ、癒されるぅ。」

 

 大木さんの言葉を聴き、目をずらすと確かに。

 壁に貼られたユキヒョウの家系図の中、子供たちの母親部分にトウカ、と書かれていた。

 動物園で個体の名前を認識することなんてないと思ったのだが、なるほど、こう言う人が参考にするのか。

 スマホを操作し、無音カメラアプリで何度もシャッターを切る大木さん。

 俺も柔らかそうなその子猫たちに釣られ、スマホのカメラアプリを起動する。

 食べ物と男友達くらいしかいない画像フォルダに場違いな可愛らしい動物が収められるのは初めてのことだ。

 シャッターを切る毎に被写体の双子はじゃれあったり寝転んだりとその姿で目を楽しませてくれる。

 そんな二頭に感想を言い合い、気づけば動くことなく建物の中で二十分ほど幼猫たちの姿を眺めていた。

 ひとしきり色んな角度からの映像を堪能し、途中ガラス板前に来たお母さんらしいユキヒョウが子供たちのいる舎に移動し、カメラに映るところを写真に収めた大木さんがふう、と声を出しながらため息をついてガラス板から離れる。

 俺の質問や感想に答えながらも何処か上の空だったのか、振り返り俺の顔を見て改めて自分が一人ではないことに思い至ったのか、ユキヒョウの子供を見た時よりも顔を赤らめて頭を掻いた。

 

「あ、ぅえっへへ、ごめんさい。」

「いや、いいよ。俺も実は結構楽しんでた。」

「え、そう? だったらいいんだけど、えっと、ちょっと何か食べよっか。」

 

 奢りだからねー、と照れを払拭するかのように帽子を目深に被り直し、俺の前を歩く。

 とりあえず画面の子猫たちに別れを告げ、大木さんの案内によってパラソル付きの椅子とテーブルが一体になったあの、なんか座るところに向かう。

 少し広めの広場に何個かあるテーブルと、雑貨が載せられているワゴンにキッチンカーがあるそこに着くと、私が買ってくるから待っててね、と大木さんがキッチンカーに向かう。

 勧められたままに椅子に座り、あたりを見る。

 休みなのに人は少なく、椅子もテーブルもそう多くはないのに空きが結構ある。

 久しぶりの動物園、わりかし楽しかったのだが、今のトレンドからは離れているせいからなのだろうか。

 

「お待たせー。」

 

 分厚い本を机の上に並べ、真剣にヤギのぬいぐるみについて語り合う二人のおっさんをチラチラと眺めていると、食べ物を買った大木さんが戻ってきた。

 トレーに乗せるほどに食べ物と飲み物を買ってくれたことに申し訳なさを感じ、椅子を立とうとするといいからいいから、とトレーをそのまま机に置かれる。

 小さなカップの紅茶とコーラ、ファストフードならLサイズになりそうな紙カップに詰められた唐揚げ。

 艶々としたタレを絡められた狐色の揚げ物は見た目と匂いで俺の目を惹きつける。

 

「ありがとう大木さん。」

「いいのいいの。筒井君どっち飲む?」

「んじゃあ、コーラで。」

「はい、どーぞ。お手拭きはこっちで、チキンは木串でどうぞ。」

「うす、いただきます。」

 

 渡されたビニールを割いて中の紙ナプキンで手を拭き、カップの淵に差し込まれた串で唐揚げを刺し、口に運ぶ。

 うん、旨い。

 甘辛なタレと熱々の油、肉の味がうまく調和していてこの唐揚げのためだけに来てもいいかなと思うくらいには美味だ。

 二つほど食べてからのコーラもまた格別で、油とタレの味を砂糖と炭酸で流すと口の中がリセットされ、また食べたくなる。

 

「うっま、なにこれいいじゃん。コンビニのより全然美味い。こう言うところのって冷凍食品解凍するだけじゃないの?」

「お、わかってるねぇ。一応お肉はわかんないけど、調理自体はあの車の中でちゃんとやってるんだよ。」

「マジか、すげえな。」

「少人数用の設備と大人数用の設備を分けてるからいつでもできるんだ、って言ってたなぁ。」


 言ってた、と言うことはこれも働いてる人から聞いたんだろうか。

 残念ながら口の中の鳥を咀嚼中の為即座に質問することはできなかったので、鼻からフゥン、とだけ相槌を打って口内の鳥とソースを高速で噛み、飲み込んだ。

 後を引く味に、つい次の一つを齧りそうになるのを押さえて、食べるのではなく、話すために口を開いた。

 

「企業努力ってやつか、すごいね。」

「だよね、こういうの聞いたり見たり感じたりすると、私もまた来ようって気になっちゃうんだよね。実際来てるし。」

「あれ? ユキヒョウのためじゃなかったっけ?」

「あれはあれで!」


 そうですか、と返しながら紅茶を飲む大木さんを見る。

 部活生や同級生との感じで普通に気軽に付き合ってきたが、考えてみれば元と会ったあの時が最初だったんだよな。

 そう考えると、やっぱりここまで気楽に話せるのはすごいことだと感じてしまう。

 これも大木さんの性格と、ちょいと失礼ながら最初に詞島さんに思いっきり緊張したおかげだな。

 

「ん、あれ? 大木さんそういえばここには元と詞島さんと来たんだよな?」

「うん、そだよ。」

「今日さ、元でも良かったんじゃね?」


 一言言って、つい後悔してしまった。

 何というか、嫉妬してるようにも聞こえるし、誘われることを拒んでいたようにも聞こえてしまう。

 言ってからそれに気づくが、もう言葉は戻せない。

 どうリカバリーをするか、必死に脳を働かせるが、そんな俺に関係なく大木さんは言葉を続けた。

 

「そうそう聞いてよ。筒井君には迷惑になりそうだからルカに山上君借りれないか聞いたらさ、今日三時から釣りに行ってるんだって。」

「釣りぃ!?」

 

 あいつ釣りなんかしてるのか?

 聞いたことなんか一回もないぞ。

 

「そう、ルカのお父さんと山上君のお父さんとの三人で夜中から釣りに行ってさ、今日は昼超えてからしか帰ってこないってさぁ。」

 

 彼女の父親と、釣り?

 あいつは一体なにをしてやがるんだ。

 そんな困惑もお構いなしに話は続く。

 

「そんでその、他の男の子で声をかけられそうな子って言ったらクラスとか部活なんだけど、私帰宅部だしクラスの男子はその、ねぇ、何かあったらだし。」

「あぁ、うん。変な雰囲気になったら後一年弱どうすんだって思うわな。」

「そうそれ! それに前ちょっとやらかしちゃったこともあって私からは声掛けづらいし……」

 

 ぶつぶつと独り言を漏らす姿になにをやらかしたのか聴きたくなるが、そこを堪える。

 どう見たって失敗談で、気軽に聞けるようには思えなかった。

 

「えっとね、そんなんだから筒井君にはあんまり迷惑かけたくなかったんだけど……えっと、消去法で選んだわけじゃないからね?」

「え、あぁ。」

「ほんとだよ?」

「いや分かったって。信じるから。」


 誘われただけで個人的には嬉しいが、消去法とか予備扱いで呼んだと思われたくないと言うことか、大木さんが言葉を尽くして俺に説明を続ける。

 まぁ、似たようなことになったら俺も必死に言葉を尽くしそうだしな。

 とすると、この唐揚げも気持ちよく食べて、お金を払ってもらう方があちらも気持ちいいだろう。

 そう考えると、唐揚げも一段階美味しく感じてしまう。

 何の負い目もないと整理できたあたりでそう感じてしまうあたり、俺はやはり小市民だ。

 

「しかしそうか、あいつもあいつで遊んでんだな。ん、そういえば詞島さんは?」

「私とは別でクラスの子たちと遊んでくるんだって。ボドゲカフェに誘われたって言ってたよ。」

「ほお、大木さんのクラス、仲良いんだな。」

「うん、そだね。」

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