19 入園した
「大木さん、今日は後はなんか無いのか?」
駅前のファミレスにて、思いっきり腹を鳴らした俺に爆笑した大木さんと一緒に昼食を摂り、ランチメニューの大盛りチキンタツタを食べ終えた俺は目の前にいるドリアと格闘していた女の子に問いかけた。
俺より少しだけ早く食べ終わった大木さんはカバンにしまったグッズの中からサインの書かれたステッカーを取り出し、ほっこりとした笑みを浮かべていた。
時間はまだ昼を回って少し過ぎた程度。休みに何かするには時間は十分に余っている。
「え? うん、正直特には……」
「そうか、あー、その、何かしたいこととか無いかな。せっかく外出たからさ。」
「あぁ、そうだね、うん、ええとぉ。」
むむむ、と眉を寄せて悩む大木さんを見ながらさらりと流してくれたことにホッとする。
別に狙ってるとかそう言うことではなく、せっかくの予定のない休みだ、誰かと過ごせるんならそのままの方がいいに決まっている。
その相手が女の子なら尚更だ。
少なくとも俺はそうだ。
「あ、そうだ、この前ルカに自慢されたあれがあったわ。
筒井君ちょっと時間もらっていい?」
「あぁ、そのつもりで聞いたんだ。」
「そっか、ありがと。」
そう言って大木さんはスマホを操作しだした。
チラリと見える画面は何かのアニメキャラが浮かんで見えて、側から見えないようなフィルムが貼られているのがわかった。
差し出されていない画面を見るような真似をする気はもとからないが、なぜだろう相手がこういうことをしてくれると少し安心してしまう。
「えっとね、ここに行きたいの。ご飯…は今食べちゃったか。うーん、でも男の子だし、軽食と入場料くらいなら持てるから、一緒に来てもらっていい?」
大木さんがスマホの画面で見せてきたのは住宅地からほどほどに遠い場所にある中規模の動物園。
運動公園に併設されている感じの、地方の独立行政が管理をしているらしいそこが大木さんの行きたい所らしい。
帰りの電車を少しだけ角度を変えれば行ける場所だし、俺としては特段問題はない。
「いいよ、そこなら。つーか別に入場料も大した額じゃないし。」
「うーん、けどほら、ここまでの交通費は筒井君に出してもらった形じゃない? 今日いきなり誘った形だしさ、こんぐらいは出させてよ。」
出させてよ。
自分の耳に届いた五文字に俺の表情が驚愕に歪んでしまう。
以前話した時もそうだったが、本当にこの子は何なんだろうか。
俺が中学時代に見ていた、ギリギリ付き合うところまで行かなかったような奴らと同じ染色体を持っている生き物なのだろうか。
「いや、その、えっと。」
自分への被害を少なくする方法はいくらでも考えてきたが、まさか相手の支払いを抑える方法を考えることになるとは思いもしなかった。
いや、これが本に書いていた奢って当たり前と言う気になると言うことなのだろうか。
だとすると、俺は今、会話の中でレベルアップをしていると言うことか?
「はい、決定ね。
んじゃあ行こっか。ちょっとゆっくり目に歩いたらバスと電車、ちょうど良い時間になりそうだよ。」
ぺちんと柔らかな拍手で俺の呻きを打ち切ると、大木さんは席を立って二歩歩き、そこから俺を手招いた。
「はい、ラジャっす。」
負けました、という感情をたっぷりと顔に乗せ、苦笑する俺に対して大木さんが満面の笑みを返してくる。
暖かな安心感に、俺の笑みから苦味が消える。
薄く細められた俺の瞼から力が抜け、視界が少し広がった気がした。
そのままお互い別々で昼食の料金を払い、店を出てそのまま駅舎からホームへと向かう。
そういえば、大木さんの交通系カードはカードじゃなくてフィギュアっぽいやつらしい。
「行きたい動物園って、どんな感じのところ?」
「あのね、公園併設でそんなにおっきくないところ。ただね、最近赤ちゃんが生まれた動物がいてね。ルカと山上君が行ったって言うから私も見たいんだ。」
なるほど、大木さんは結構動物も好きなのか。
そういえばあの縫いぐるみも恐竜型だったが、恐竜は爬虫類と動物、鳥類のどちらなんだったか。
「しかし、あの二人デートとかしてんのか。やっぱり。」
「してるねえ。結構すごいよ、二人の時の雰囲気とか。」
笑いながら改札を通り過ぎ、エスカレーターでホームへ。
特に意味のない会話が続くが、どうも楽で仕方ない。
話を切ってスマホを見る時は大体何か俺に見せる時で、表情もコロコロとかわる姿は心に温かいものを感じさせてくれる。
電車を乗り継ぎ、階段を降り、記憶に特に残るわけでもない軽い話を続け、気づけば二人で動物園の最寄駅から足を踏み出していた。
「でも、本当に良いのか? あんまり入場料高くないし、俺払っても。」
「良いの良いの、実は年パスのおかげでちょっと安くなるの。」
んふふ、と笑われるとこちらも笑ってしまい、元から負けていたが改めてお願いすることにする。
入り口のアクリル窓口越しに小銭と紙のチケットを交換する大木さんから紙片をもらい、表裏を見る。
日付がスタンプされた生徒手帳より少し小さいくらいの髪の表面には鳥の写真が印刷されていて、裏面は注意事項と電話番号や管理のサイトアドレスが書かれている。
手作り感の溢れるそれを持って入り口の人にパチンと穴を開けてもらう。
切符に穴を開けると言う行為がそもそも久しぶりな気がする。
「あんま臭くないな。」
入り口から三歩ほど入り、園全景の地図の前で立ち止まる大木さんに追いついた俺は鼻に感じる空気の綺麗さについそう呟いた。
簡単に見回した感じだとゴミは見当たらないし、落ち葉や木の実も殆ど無い。
「でっしょー? いいよね、この公園。小さい分目が行き届いてさ、園長さんも時々掃除してんの。」
俺を先導する形で木の生い茂る散歩道に足を踏み入れると、大木さんは帽子を外してカバンに備え付けのクリップにくっつけた。
少し帽子の形に押さえつけられた髪に手櫛を入れて整える姿が自然でとても可愛らしく見えて、胸の中の暖かさが俺の顔を緩めてくる。
「あそこの鳥のお家が並んでるところなんだけど、掃除用に床が二段になっててね? お昼を超えたあたりで床下をガシャってやってたんだ。」
「ほぉ。」
あそこの檻は写真が撮りやすい、そこのプールのビーバーは怠け者。
そんな感じで、目に入るもの、歩いて近付くもの全てに対して説明するのが楽しくて仕方ないと言う感じで俺に語りかけてくる。
当たり前な設備しかないはずなのだが、それでも整備する人の工夫や動物のための加工がなされていることがよくわかる説明だった。
「あ、今日はうさぎ触れないのかぁ。残念。筒井君にうさ吉くん抱いてもらいたかったのに。」
「なぁ、大木さん。」
「ん、どうかした?」
「そう言うネタって、どこから仕入れてんの?」
残念そうにうさぎ舎と看板の書かれた建物の前をスルーする大木さんに俺はそう問いかけた。
「基本は山上君で、後はルカかなぁ。」
「へぇ、あいつは何となくわかるけど、詞島さんもそうなんだ。似たものカップルだな。」
「あは、そうそう。結果的にはそうなんだけど、山上君は結構ネット使うタイプで、ルカはその上で気になったらすぐに人に聞きに行っちゃうの。
私がさっき言った動物のご飯に使われてる葉っぱの購入元なんかはルカがキリンの世話してる人に直接聞いちゃってね。」
大木さんが楽しそうに詞島さんの行動を話した。
柔らかで人当たりがいい大人しめだけどノリがいい美人さん、位に思っていたのだが、大木さんや元の前だと結構アクティブなんだな。
あぁ、そういえば競馬も見に行ったりしているとか言ってたか。
そう思い出している間も、大木さんの口は止まらない。
適度にこちらの反応を伺いながら話を繋げていくやり方は、俺には感心するしかない居心地の良さだ。
「で、結局山上君と二人でゴミ拾いの手伝いをし続けたらしいの。」
「あぁ、やりそうだなあの二人なら。で、その二人に自慢されたってのは?」
「うん、あれ。」
話の一区切りと、目的地への移動はちょうど良く果たされたらしく、俺からの問いに大木さんが指を指すのは園の中心から少し外れた縦に大きい檻。
ガラスの壁を持つ建物が併設されたその折には、「ユキヒョウ」とレーザープリントされた金属の板が貼られていた。
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