44 つっこんだ
じっとスマホの画面を見つめる。
短い動画、およそ三分にも満たない動画に全神経を集中する。
画面に映るのは、いわゆるラブホテル。
そういったあれをあれするために利用される、時間単位のホテルだ。
街路は見たことがない場所で、俺の通学路や遊びの範囲からは外れているように感じる。
雰囲気で言うと、俺があまり足を踏み入れないビジネス街側に見えた。
動画再生から五秒、一組のカップルがホテルから手を繋いで出てくる。
美男美女、その姿はとても幸せそうな二人に見える。
女の方が男の袖を引き、少し下を向かせると、女の方から唇を合わせた。
たっぷりと時間をかけて行われた唾液交換ののち、繋いでいた手を組み、カメラの画面の描写範囲外に出ていった。
そこで画面は終了。
ただのカップルのラブラブっぷりを撮ったその動画は終了した。
そう、ただのキス動画。
ホテルから出てきて、女の方からキスをする、佐藤先輩の写っている動画だ。
正直、ダメージはでかい。だがとりあえずこれは言っとかなければいけないだろう。
「何で一日目で動画まで撮れてんだよ、お前おかしいだろ。」
『こっちが言いたいわ。』
実は何もかも元が仕組んでいたんじゃないかという俺の追求を必死に退ける元の釈明を聞くと、どうもこの動画を撮ることになった切掛は古賀だったようだ。
俺が外で遊ぶことを知っていた古賀は夜に元と遊ぼうと午後遅くに連絡をしたようだった。
しかし、元の収集した情報の中に佐藤先輩の浮気相手と思われる楠さんのスケジュール情報が偶々入っており、しかも明らかに恋愛系の映画。
古賀のフリーな時間と楠の映画、まさかな、との考えで念のため確認するためだけに古賀の誘いをやんわり断った元が映画館に向かったところ、普通に映画館に佐藤先輩と楠がいたそうだ。
どうやって映画館を絞り込んだんだとか、そもそもお前が開いてる画面SNSじゃなくて大学内のローカルなやつじゃねえのかとか突っ込みたかったが、一つ一つ突っ込むと話が進まなさそうなのでそのまま続けさせる。
『同じ映画を見るのは流石に嫌だったんでそのまま尾行してったらまぁ、色々あってこの動画なわけですよ。』
疲れたように笑う元。
話を聞くに、あまりにも都合が良いように思えた。
『あまりにも上手くいきすぎてるから、少しおかしいなって思って、そのホテルのあたりの知り合いに少し聞いてみたら、最近よく見る顔だ、ってさ。』
「は?」
『つまり、割と高い頻度でこう言うことしてたってこと。』
なるほど、つまり元が調査した日にたまたまホテルに行ったわけではなく、むしろホテルに行く日にたまたま元が調査を始めたと言うだけのことか。
さて、となれば一つ悲しいことが確定する。
「元のいう通りなら、これってやっぱりその、アレで良いんだよな?」
『うん、たった一回のゆきずりの過ちってやつじゃあない。
計画的に、意識的に恋人がいるのにやってるってことだね。』
つい先日、ほんの五日もない。
終業式と夏休みの開始は本当についこの間のことだ。
なのに、いきなりこれか。
『後一回、この目で見たらもう確定ってことにしようと思うんだ。
少しだけ付き合ってほしい。』
「わかった。
俺も一緒に行けばいいんだな?」
『うん、ただ声かけるのは俺がやるから、シュウは俺のちょっとしたアリバイ作りと録音をお願いしたくてね。』
「よっしゃ、任せとけ。」
悪巧みをしているという自覚のおかげか、少しだけ声が弾む。
友人の彼女の浮気調査という目的が違っていれば、もっと楽しんでやれただろうに。
ついついため息を吐きそうになるが、その前に画面向こうの元が強く息を吐いた。
「なんだ、やっぱ疲れてんのか?」
『そりゃあね、彼女持ちとしてはこういうのを見るのは、そのね。』
「あぁ、他人事じゃないって?」
『いや、他人事だけどさ。それでもやっぱり、ね。』
さらっと惚けられた気がするが、何か話したそうなのでツッコミは押さえといてやる。
呼吸三つ分の時間の後、元のアイコン周りが揺れ、声を発してきた。
『俺さ、あんまり一緒に遊んだり話したりって、中学以前はできなかったんだ。』
キシリという音の後、少しマイクが遠くなった感じがする。
椅子に背もたれを預けての発言ということなのだろう。
無意識のうちに何かに寄りかかるほど、これからの言葉はきついということなのかもしれない。
俺も釣られてスマホを覗き込む背中が真っ直ぐになってしまう。
『まぁ、ルカと一緒に過ごして、すごく楽しい、俺にとっては最高の時間だったんだけどさ。
やっぱり今以上に子供だったせいで上手くいかなくて、俺はルカ以外にあんまり人付き合いできなかったんだよね。
学校外にしか友達いなくて、会えるのも年一くらいでさ。』
|吶々≪とつとつ≫と話す言葉に、クラスでの元の振る舞いが目に浮かぶ。
何人かで話すときにはバランサーになったり、進行をしたり。
結構ボケもするけど基本的には丁寧に周りのボケを拾って話を投げてくれる、居てくれるだけで話が弾む奴だ。
俺と古賀が隣にいないときでも結構相談に乗っているのを見たこともあるし、遊びに誘われているのも聞いたことがある。
いないとダメだ、とまでは言わないが、いてくれることで場の雰囲気は和むしうまく盛り上げてくれる、そういういいやつだ。
そんな奴が孤独に九年間を過ごしていたということに、疑問とともに苛立ちが湧いてきた。
『だから、ここ数ヶ月は本当に楽しかった。
クラスの人、あぁ、いや、ほとんどの男子と少しづつ仲良くなって、古賀君に声をかけられて、シュウと引き合わせてもらって。
あの映画だって、許せはしないけど男から遊びに誘われるなんて、ほんとに久しぶりで嬉しかったんだ、まだ許してないけど。』
「いやそこは許せよ、友達だろ。」
『やっすいなぁ。』
俺の吹き出す音に少し遅れて、元の方からも同じ音がした。
こういった気軽なやり取りすら経験していなかったと言うのなら、なるほど、あんな彼女がいたとしても辛かった……いや、どうだろう、割としっかり彼女いた方が幸せじゃなかろうか。
ひょっとして野郎としか碌に付き合って来なかった俺の方が……と考えたくもない答えが出そうになったとき、元が言葉を継いできた。
『まぁ、そんなんだからさ、ちょっと今、怒っててやる気になってる。
俺にとって古賀君は恩人で、数年ぶりの男友達なんだ。』
友達を馬鹿にされることが許せない。
その出発点は、俺とそう違いはないだろう。
見えない画面の向こう、いつもの真面目ぶったモブ顔の友人の顔が目に浮かぶ。
「まぁ、俺はそこまでレア度はないけどな。
同じ部活だし、きちんと見極めてやろうとは思ってる。」
『うん。
確定までは、何も言えないからね。』
既に九割九分は決まっている、しかし、嘘であってほしいという思いは俺も元も持っている。
初めてだ、こんなに自分の目にしているものを信じたくないというのは。
「じゃぁ、やるか。」
『うん。』
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