43 自己嫌悪した

 合コンは恙有りまくったまま終わった。

 その後は、特に語ることもない。

 いつもの部活帰りの食事と変わらず、大盛りのラーメンを勢いよく食べ、部活中の変なフォームの話や対戦校の話を聞かせてもらう。

 OBの先輩の話になった時に少し変な雰囲気になったが、すぐにこちらからの質問に対し色々と教えてもらう形の話に変え、テンションをキープする。

 少しだけ疲れる、だけど楽しい時間は早く過ぎてもうそろそろ帰っておかないと補導に捕まりそうな時間。


 なんと先輩達の奢りで会計を済ませ、駅で解散する。

 連れ立って立ち去る先輩達と、一人別方向のため地下鉄に向かう戸塚。

 三者三様の背中を見送ると、俺は自然に駅前のベンチに腰を下ろしてしまった。

 ため息一つ、それと同時に何か熱のようなものが腹から抜け出ていった感じがする。


 視界を人が行き交うが、どうも視線が定まらない。

 何か、棒みたいなものが右へ左へと動いている。

 人の行き交いがそう言うふうに俺には見えた。

 何かを考えているような気もするが、どうも思考もまとまらない。


 焦点も合わず、ぼやけた視界と、意味も理解できないごちゃ混ぜの音を聞き流してぼうっとする。

 とても旨いラーメンだった。

 歯の間に挟まっていたネギを舌でとり、噛んで飲み込むとギトギトに濃かったラーメンの味が蘇る。


 ほんの三、四時間の付き合いの戸塚と先輩達。

 その少しの時間だけでも随分と濃密な関係になれた気がする。

 一緒の部活にいる、という共通点だけではない。辛い思いを一緒にすると言う共感がやはり必要なんだと強く感じてしまった。


 視界の端に今日の合コン相手達が映ったような気がしたが、特に気に留めることもなく、人混みを眺める。

 このまま帰ろうか、何かして帰るか?

 いっそのこと、元のやつを呼んで遊ぼうか。

 何がしたいのか自分でもわからないまま、動きたくなくてただ無意に時間を浪費した。

 動こうと言う気にならないまま、心境は変わらなくても世界の秒針は動き続けるし時間も過ぎていく。


「君、大丈夫かい?」


 どこかで聞いたような、題名も知らないクラシックが爆音で脳内を飛び回り、知り合いが荒唐無稽な言葉を話し続ける。

 そんな入眠時妄想のようなものを目を開きながら聞き始めた俺を現実に戻してくれたのは、俺を見下ろす警官の声だった。

 

「さっきここ通った時も座ってたみただし、ずっと動いてないだろ?

 大丈夫かい? 気分悪くない?」


 年季の入った制服を着こなし、疲れたような雰囲気を見せない中年の警察官。

 人の良さそうなその表情が自分を心配してくれたんだと気づくと、止まっていた思考とギアが軋みながらも動き始めた感じがした。

 

「あ、いえ大丈夫っす。ちょっと先輩と食事して休んでたらぼーっとしちゃって。」

「そうか、センパイってのは部活の?」

「はい、そっす。」

「そうかそうか、いいよね、そう言うの。

 先輩と遊びに行って楽しいなんて、学生時代ぐらいだよ。」

 

 あ、これ内緒ね、なんて言う姿に社会人の辛さを朧げながら感じてしまう。

 明るく話しかけてくれる声のおかげか、あまり働いていない脳でもそれなりにしっかりと返せているようだ。

 目頭を抑えて、頭を一振り。

 ひょっとすると、眠りかけてた? そんなことにも気づかない自分に呆れてしまう。

 

「それで、大丈夫かい? 歩けそう?

 もう補導されてもおかしくない時間だよ。」

「え、マジすか。」

 

 慌ててポケットから取り出したスマホを起動する。

 時間はすでに日付を変えるまで後少しになっていた。

 改めて周りを見てみれば、人通りは少なくなり、年齢幅が上がっていた。

 

「やっべ、すみません気づきませんでした、ありがとうございます。」

「うん、次から気をつけなよ。

 最近は物騒なこともないけど、それでも危ないっちゃ危ないからね。」

 

 ありがとうございました、と礼をした後、立ち上がった後ろを見て何も落としてないことを確認。

 足早に駅に入り、自宅最寄りの駅に向かう電車のホームへと歩いた。

 足を動かしていると、思考がだんだんと冴えてきた。

 思考ができるようになってくると、気になってしまうことが浮かんでくる。


 何で駅で座り込んだ時、あんなに疲れた気がしたのか。

 先輩方との飯は、充分楽しかったし、戸塚との話もそんなに萎えるようなことはなかった。

 点数で言えば七十五点ぐらいの楽しさを感じていたはずだ。

 だが、一人になりベンチに座ると考えるのも嫌になってあのざまだ。

 また同じような事態になりたくない。よって、俺は早急に俺自身を自覚する必要がある。


 ラーメンが合わなかった。違う。

 カラオケでもっと歌いたかった。そんな気もするけど、そこまでの欲じゃない、違う。

 チャーハンと唐揚げが食いたかった。違う。

 名瀬にむかついてる。違う、というか驚くほどどうでもいいと思ってる。

 寝取られた。いや、別に寝てねーし。


 けど、近い気がする。


 銀髪くんと遊ぶためにあっさりと俺たちを見限った姿を見て、俺は何を思った?

 怒りはない、悲しみも、違う。

 失望、近い。軽蔑、うん、間違いなく含んでた。

 ヘニョった、ガクッときた、うへってなった。もう日本語に拘らず、自分が何を感じたかを擬音を使ってもいいから表現しようとした。

 何個かの候補を経て、しっくりくるものが浮かばない自分の語彙力の低さにガッカリした瞬間、電気が走った。

 がっかり、だ。


 彼女達のアイドルに熱狂するような姿を見て、名瀬の下働きの姿を見て、俺たちをあっさりと見限ったあの姿に、俺はガッカリしたのか。

 そう判断すると、頭の辺りに感じていたもやもやとした熱も晴れていく。

 さて、続いては何でガッカリしたかだ。

 ドアを開けた電車に乗り込み、すみっこの空いた席に座ると少しだけ思考に意識を裂いた。


 ガッカリした、つまり俺は期待をしていた。


 戸塚にも、今回の主催の比奈城先輩は無茶振りもしない普通の飲み会になるから、と言うふうに言ってもらっていたし、そういうふうに期待していた。

 そこから五人に会って、話をして、あれ?その時の話、あんまり楽しくなかったな?まぁそれはいいや、んで、色々あって、銀髪くんのあれな訳だ。

 あっさりと乗り換えた姿にガッカリした、うん、それはいい。そこは当たってる。


 さて、ガッカリするには期待が必要だ。

 期待するほど俺はあの人たちを知ってたか?

 ふと思い返すも、ろくに思いつかない。

 自己紹介の時に学部を言われたような気もしたが、それも覚えてないし大村さんがファスト映画してるくらいしか覚えがない。

 そんな程度の付き合いの人たちに期待なんてすることあるか? そう自問しても否定の言葉しか返ってこない。


 どうでもいい、間違いなくそう言う人たちのはずだが、それでも期待をした。

 女性というものに、一緒に楽しんでくれる人に。

 思考が停滞すると、堂々巡りになってしまう。

 ぐるぐると思考を回していると目的の駅のアナウンスが鳴り、降りる駅が近くなることを知らせてくれた。


 開くドアを抜け、駅構内へと歩く。

 疑問の答えの根っこは、すでに見えている。

 『何でそこまであの五人に期待したか』


 少し考え方を変える。

 中学時点の俺があの五人に会って、そこまで期待したか。

 入学時点は、一学半ばのレク大会辺りなら、夏休み入る前なら。

 そこまで考えて、一人の女性の顔が思い浮かんだ。

 清子さんのしゃんとした姿だった。

 そして、俺は自分があまりに傲慢な考え方をしていたことに気づいて愕然とした。


 元と付き合うようになり、ひいては詞島さん、大木さんとも話すようになった。

 その付き合いの果てに、清子お婆さんと会った。

 初めて会った時から怖くもないのに緊張してしまう、すごい人だった。

 そんな人と話したのがつい二十四時間前だということ。

 そして、そのほぼすぐ後に佐藤先輩の浮気騒動。


 そのせいか。


 わかればスッキリしたものだ。

 詞島さん達、人間として好ましい女子とばっかり付き合い、クラスの女子とは没交渉。

 そんなこんなで詞島さんよりも強烈な清子お婆さんに会い、知らないうちに女性というものに対する評価が爆上がりした。

 しかし、その直後に俺と元で佐藤先輩に対する信じられない光景を見てしまう。

 信じたくなくて、そんなわけがないと思いたくて、クラスの女子達みたいな、俺からしてみれば嫌な奴らもいるはずなのに。

 女はもっと素晴らしい、そう思いたがって勝手に理想を押し付けた。

 勝手に期待し、勝手に失望してそのダメージでリストラ受けたお父さんみたいな落ち込みかよ。

 

「カッコわる。」

 

 ポツリと、自分の口から自分への評価が漏れる。

 しかも、相手を見て失望ってことは、何かしら俺はあの人たちを下に見たってことだ。

 これは、間違いない。俺は増長している。

 強く目を瞑り、ガシガシと頭を掻いてスイッチを切り替える。

 元を接点にした詞島さん達と付き合ううち、自分も上等になった気がしたのか。


 確かに勉強もするようになったし、話し方も少し落ち着いた。

 付き合っているうちに成長しているような気もするが、それでもまだまだのはずだ。

 自分に変な期待が会ったことを認識すれば、今日の五人に対する感情がやっと目に見えてきた。


 あぁ、まぁ残念だったな。

 冷静に、フラットな感情から言い出せばただそれだけのこと。

 ついつい、小さく吹き出してしまう。

 やっと邪魔なものを外したような爽快感を感じ、今日を振り返る。

 悪くは、なかった。

 そう評価を下し、伸びをしてみた。


 気づけば改札を出ていて、家までは歩いて十五分ほど。

 今日の事を笑い話に、元や大木さんにでも話してやるか。

 そういうふうに考えていると、スマホが振動した。

 画面にはメッセージ受信の連絡。

 ロックを外し、アプリからメッセージを確認すると、元から一文だけ。

 

『佐藤先輩 ホテル入った』

 

 とだけ書かれていた。

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