14 16:45 路上

 そういえば、豆腐なんてスーパー以外で買ったこと無かったな、と思い出した。

 時折ネットで出てくるおからをもらったとかの話も私には遠い場所の話だということを改めて感じてしまった。

 だって、普通にビニールにくるまって売られているものだとしかおもっていなかったのだ。


 見上げる看板に書かれたとうふ、という文字を見ながら、そんな愚にもつかないことを考えていた。

 視線を下げ、店頭を見れば綺麗に並べられた台の上に並べられたお豆腐や油揚げ。

 隅ではおからだとかも量り売りしているようで、店舗前の看板はとても見やすく、そして興味を引くような色使いで。

 こう言っては何だが、古臭い店構えに対してとても今風な看板とディスプレイをしていた。

 

「お、ルカちゃんおかえりぃ。」

「ヨノさん、ただいまです。」

「今日も学校お疲れ。

 なんか買ってくかい?」

「はい。

 水切り済んだ豆腐、まだありますか?」

「おう、仕込んでるやつあるから取ってくるよ。

 幾つだい?

「一丁お願いします。」

「了解、ちょっと待ってな。」

 

 店の奥からやってきたおじさん、と言うには少し若いような男の人がルカの注文を受け、店内にまた戻っていく。

 話し方がすごく自然で、よく買いにきているんだな、というのが短い会話から感じられた。

 食べ物を買うといえば、コンビニかショッピングセンター、後はファストフードのレジくらいしか覚えがない私にとって店の人と軽い挨拶をしながらのそれはむしろ古典の中にしかないようなものに思えて、ついつい、ほう、とため息をついてしまう。

 そんな私に気づいたのか、ルカが話しかけてきた。

 

「距離近くって、驚きました?」

「え?

 あ、うん。

 サザエさんか昔の小説とかでしかこういうやりとりって見た事なくって。」

「くふ、サザエさん、昭和扱いですか。」

 

 ツボに入ったのか、口を手で押さえてルカが笑う。

 

「まぁ、今時商店なんかで買うのはそう感じるかもしれませんね。」

「うんうん、地元の皆さんのおかげで、うちもなんとかやってるからねぇ。

 ほい、ルカちゃん。

 水切り一丁」

「はい、ありがとうございます。」

 

 ビニールに入った豆腐を掲げ、店頭に戻ってきたヨノさんというお兄さんにお金を渡し、ルカはカバンの中からエコバッグを取り出すとそれに受け取った豆腐を入れた。

 その動作が何というか所帯染みていて、若奥さんって感じを受けた。

 

「清子さんにもお世話になってるし、いつも助かってるんだよ。

 君は、ルカちゃんのお友達かい?」

「はい!

 ルカの親友の大木 桃です!」

「おう、元気な子だなぁ。

 ルカちゃんの料理なら絶対美味いから、ウチの豆腐が気に入ったら是非買ってくれ。」

「あ、はい。」

 

 去しなに飴玉を渡され、ルカとまた歩き出す。

 ルカが傘を持つなら、と半ば奪うようにエコバッグを受け取り、また二人で歩く。

 ふと、気づけばルカと話している間にもルカに声がかけられることが多いことに気づく。

 自然に挨拶しているので気づかなかったが、年配の方々に結構声をかけられていて、さっき話した通り、どことなく昭和の匂いを感じた。

 

「なんていうか、距離近い街だね。」

「そうですね。

 優しい人の多い町ですから。

 お互いに顔見知りだと、軽くあいさつぐらいはできる感じですね。」

 

 昔なつかし、大きな家族、村社会というやつか。

 割と都会に近い場所、そこで作られた共同体は、少し羨ましく思えた。

 翻って私は、隣の部屋に住んでる人とすら会釈以外の挨拶をしたことがあっただろうか。

 それで全然問題ない暮らしはできているが、今目の前でお婆さんに声をかけられて挨拶を返す友人のように、いろんな人と挨拶できる道ももしかしてあったのかな、なんて思わされた。


「あそこのお豆腐屋さん、おばあちゃんが若い頃からおつきあいさせてもらってるところだと思ってたんです。」

 

 唐突なルカの言葉に、つい疑問符だけで返してしまう。

 まずは、何故そんなことを?

 次に、何故今?

 二つの疑問が衝突を起こし、結果的に疑問の声を出さずに聞き返すことになってしまった。

 

「初めて買ったのはお祖父ちゃんが亡くなってからで、ゆっくりとあたりを歩き回るようになって、初めて豆腐屋さんがあることに気づいて。

 そこからお付き合いが始まったんだそうです。」

 

 ほへー、と感心する。

 ルカのお婆さんがお爺さんが亡くなった後に付き合い始めた、というならそれなりに歳を召されてからのお付き合い初めなのだろう。

 すでに老齢に至っていたはずのところから交友関係を広げたのか。

 その結果、お孫さんのルカともああやって軽口を叩けるようになったのか。

 ちょっとすごいな、なんてちょっと無礼かもだけど思わされた。

 

「ずっと住んでる場所で、ちょっとだけ足を伸ばせばすぐに行ける場所なのに、なかなか気づかないものですよね。」

 

 確かに。

 近くにあるからと言う理由だけでは中々行けない場所もある。

 私も、家の近くにあるらしいご飯屋さんでもまだ行ったことない場所あるくらいだし。

 

「すごいね、ルカのお婆さんは。」

 

 私の言葉に、ルカは振り返り、にっこりと笑った。

 

「はい、桃ちゃんみたいにすごいんです。」

 

 華が添えられていないことがおかしいほどの、艶やかな笑顔のまま言われた言葉に心臓がドクンと跳ねた。

 不思議と視界が狭い、後、顔が熱い。

 

「何、それ。」

 

 ぶっきらぼうに、ちょっと棘のある声が口をつく。

 私は、すごくない。

 そんなこと、私が一番知ってるんだ。

 隣にいるこの凄さを知っていて、最近ちょっとだけ私の方が頭がいいことに安心して。

 やっとかってるところを見つけて、でも、それでもすごいなんて。

 

「んなわけ、ないじゃん。」

 

 眉間に力が入り、目が睨む形になるのがわかる。

 ルカをあんまり睨みたくなんかないんだけど、仕方ないじゃないか。

 少なくとも、私はそんな簡単に賞賛を受け取れない。

 それがルカなら、尚更だ。

 はっきりと、強い感情の乗った視線だと思うそれを受けても、ルカは少しだけ困ったような顔をしただけだった。

 

「あります。」

「ないし。」

 

 言葉の後半に被せるように、言い放つ。

 じり、と足を動かす。

 母指球のあたりをぐりぐりと地面に擦り付ける感じ。

 自然に体が動いてしまう。

 イライラとしているんだろうか? あぁ、うん、してるな。

 

「ないし。」

 

 もう一度。

 今度ははっきりと、自分で声が棘を出しているのを分かる。

 嫌だな、ルカを嫌いになるの。

 一方、ルカは私の声を受けても変わらない。

 

「桃ちゃん、最初にクラスで自己紹介した後のこと、覚えてますか?」

 

 はて、普通の自己紹介しかしなかった気がするが。

 

「初めまして!

 大木桃です!

 同じ中学校の人がいないので、新しい友達いっぱい作りたいです!」

 

 みたいな感じの、ちょっと無理矢理テンション上げた普通の自己紹介だったはずだ。

 あの後?

 

「自己紹介一回りした後、河野さんと話してた時のことです。」

 

 あぁ、確か、席が近かったのとなんか優しそうだからちょっと話してみたんだったっけ。

 けど、それはまぁ、普通じゃない?

 

「話しかけたこと、だけ?」

「その後ですよ。」

 

 やばい、記憶に無さすぎる。

 必死に思い出そうとするが、クラス最初のぶっ込みだと、必死にテンションを上げていたために記憶が飛んでいる。

 緊張した自己紹介の後なんだから、尚更か。

 

「細かいことを何話していたかは知らなかったんですけど、桃ちゃんいきなりこう言ったんですよ。

 『ごめーん、言ってたらまじごめんなんだけど、二年連続で教頭がセクハラで捕まった学校の子いない!?』

 って。」


 あぁ、なんか言われたら思い出してきた。

 あれ確か陽奈に誘われてコンカフェってのに初めて行こうとした時に、近くの中学の名前がわかんなくて、ニュースで確かそこだったってのだけ覚えてたやつか。

 それで久美子が件の学校にいるって言われたから陽奈連れて話を聞いたんだっけね。

 

「あの後、後ろに座っていた戸隠さんに話しかけられたんです。

 『すごいね、今の子』って。」

 

 え、そんな風に言われてたの。

 あの時は結構頑張って色んな人に話しかけてみただけだったんだけど、ダメだった?

 

「桃ちゃんが田宮さんに話しかけた後も、すぐに意気投合して、話が弾んで。

 気づいたら他の人も話に入ってて、入学式ですぐに遊ぶ約束してて。

 学校の違う人がですよ?

 私には、信じられませんでした。」

 

 その、そんなふうに言われても。

 正直覚えてないレベルだったし、初めての紹介というテンションぶっちぎりのブーストもあったせいっていうか。

 

「私も中学校から一緒なのは元だけで。

 ニコニコしてて、でもじわっとした怖さはあって。」

 

 でも、と続けると、ルカは少しだけ真面目な顔で私をみつめた。

 日傘で顔に影がかかっている

 

「桃ちゃんがああやって動いてくれて、クラスが動いたんです。」


 うぇぇ、と声を漏らした。

 意識していないところを周りから見られていて、それを褒められている。

 うれしい、のは間違いないんだが、それ以上に恥ずかしい。


「知らない人だらけで、色々あって。

 新しい環境なのに、不安で。」


 思い出すようにゆっくりと話すルカ。

 なんというか、久しぶりにルカが弱く見えた。


「でも、みんないい人で、ホッとしたんです。」

 

 そんな感じだったんだ、全然気づかなかった。

 そう思うと同時に、仕方ないかも、とも思った。

 最初にちゃんと話せた時。

 あの電車で会った時よりも前、私はルカを全然自分の友人になりうるなんて思ってなかった。

 そのレベルでルカは私とはあんまりかかわらないだろうな、と思ってたんだ。

 

「それから、時々耳に入ってくるお話の中で桃ちゃんがあの漫画を読んでることを知ったんです。」


 あぁ、そうか。

 クラスで騒いで、いろんな人と話して。

 その度にいろんな話題も使って。

 たまたまあの話をしたときに聞こえる範囲にルカがいて、私が寝過ごして。

 本当に、運がよかったなぁ。

 

「わかりますか?

 今、私が桃ちゃんとお友達になってるのも、桃ちゃんを大好きなのも。」

 

 少し、ルカが背筋を伸ばした。

 改めて、私を真正面から見る。

 私も、ルカを見る。

 もう眉間に入った力は抜けていた。

 

「全部、桃ちゃんが頑張ってくれたからなんです。」

 

 あぁ、だめだ。

 丸め込まれてる気がする、そんなに世界は優しくないはずなのに。

 言われていることを、そのままに信じたくなってしまう。

 

「おばあちゃんは、すごいですか?」

 

 突然の話題転換。

 少し考え、こくり、と頷いた。

 いつもルカが自慢してる。

 ルカが私に取ってはすごい子だし、そんな子が尊敬している人だ。

 すごいに、決まってるじゃないか。

 頷く私を見ると、ルカは持っている荷物を背後に持ち変え、私を見つめて言った。

 

「じゃぁ、やっぱり桃ちゃんもすごいんです。」

 

 優しい声と、にこやかながら揶揄う色なんかかけらもない視線。

 私を真正面から見つめてくる赤い瞳に、それに負けないぐらい顔を赤くしながら私は顔を伏せるしかできなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る