67 聞いた

「なぁ、すごい下世話なこと聞いていいか?」

 

 四人でのんびりと、公民館から少し遅い昼食の場所へ向かう道の途中。

 ふと、目の前を歩く元に質問の許可を求めてみた。

 自分で考えた質問ながら結構アレ気な感じなので、一つクッションを挟むことにした。

 

「え、何聞く気? 俺にも答えられないことって結構あるんだけど。」

「あぁ、その、何つうか。気にはなってたけど聞こうにも聞けなかったっつうか。」


 言葉を濁す俺に、まぁ、言ってみ、と元が促す。

 そう言ってくれることを半分確信していたので、言葉だけで悪いな、と前置きしてから質問を投げた。

 

「ぶっちゃけさ、元は詞島さんとどこまで行く気なんだ?」


 破裂音とともに、ケツにちょっとした衝撃が走った。

 大木さんのツッコミは伸びやかな音と、音に反比例する痛みが職人芸である。

 ちょっと大袈裟に叩かれた部分を動かし、いてて、とわざとらしくさすった。

 

「ふくっ……っ!」

「ふっ、ふふっ……」

 

 目を見開き、俺を睨む大木さんに反して元と詞島さんは笑いを堪えていた。

 割と踏み込んだ質問ながら、軽い空気のまま。

 元に直接聞いてもそこまで変な空気にはならなかっただろうが、この雰囲気を作れたのは大木さんのおかげだ。

 ちらりと目をやり、瞼だけで礼をするとあちらも目を細めた。

 

「あー、うん、そうだな。

 予想してるとは思うけど。」

 

 ふう、と息を吐き、元が詞島さんの頭に手を乗せた。

 撫でるとともに、少し力を入れて自分の方に詞島さんを寄せる。

 される側もとても自然に体を寄せていて、何というかこう、年季を感じさせる動きだった。

 

「俺は、最後まで考えてる。」

 

 あっさりと、俺の目の前で友人はそう宣った。

 性欲だけでも、自慢のためでもない。

 相手の人生を背負うと、あまりにも軽く、当たり前のように元は言ってのけた。

 

「私も、元が私を嫌いになるまでは一緒にいてあげます。」

「あぁ、あんがとな。」

 

 本当に嬉しそうに目を細める元に、詞島さんが笑いかける。

 綺麗な、美人なという枕詞をつけるのに何の躊躇も要らないはずの彼女の笑顔は悪く言えばだらしなく、良く言えば無邪気な、そう、大木さんの笑顔によく似ていた。

 金銭的な価値観も、将来に関する不安も、すでに乗り越え済みと言うことをむざむざと見せつけられてしまい、もはやお手上げだ。


「それ、いつから考えてたんだ?」

「んー、かなり小さい時からだねぇ。」

 

 まぁそうだろうさ。

 話の端々で、中学どころか小学校入学前のような幼児期の話すら飛び出してくる。

 元と詞島さんの家の格で言えば同じ人生を歩めやしないはずなのに、思い出を大切に共有しあっているんだから。

 

「戦国武将かよ。」

「あぁ、確かに。元服前に覚悟決めたって意味ならそうなるか。」

「え!? 小学校卒業前に出産を!?」

「おう歴女、犬は安土桃山時代でも外れ値だぞ。」

 

 大木さんのツッコミに、元が返す。

 犬? と俺と詞島さんが首を傾げるが、それぞれ前田利家のことだと説明を受けて納得する。

 しかし、詞島さんが子持ちか。

 少し考えただけで、脳がいけない物質を分泌し始める気がするので、頭を振って思考を閉じた。

 友人の彼女で何を考えてるんだ。

 ほら、大木さんも戻って来い。

 

「だとすると、もう家族公認か?」

「ん、うちの親父には徹さんが仁義通しにきたよ。」

「え、いつ?」

「ほら、俺があのロリコンにブン殴られてお見舞いに来た時。」

「えー、そんな遅かったの?」

「小五だったら十分早いだろ。」

 

 待て待て待て、情報が多い。

 小五って、マジで利家じゃねーか。

 あとロリコンに殴られたってどう言うことだよ。

 かなり根掘り葉掘り聴きたくなる話だが、歩きながらより腰を落ち着けてツッコミを入れながら聴きたいので我慢する。

 いずれ何かのタイミングで思いっきり聞いてやろう。

 

「私はもっと前から元が好きだったのにな。」

「まぁ、こっちもそうだけどさ。

 ちょっと色々あったしなぁ。」

「あぁ、そうだよねぇ。」

 

 うあー、と頭を抱える詞島さん、その姿が昔漫画キャラの口癖をトレスしていた自分を思い出す時の仕草に重なってしまう。

 良い感じにいじる起点になりそうだな、その辺りも深掘りしよう。

 とりあえず、横にいる声も出せなくなってきた関係性オタクさんに密閉タイプの菓子袋を向ける。

 レモン皮でも食べて落ち着いてもらおう。

 

「十年か。」

 

 ポツリと、意識もせずに口にする。

 俺の人生の三分の二。一日に直して言うなら寝る時間以外はずっと一緒にいることになる。

 高校に入ってから良く目にする恋愛事情と違いすぎて、溜息が漏れた。

 

「あのさ、ずっと好きって、疲れない?」

 

 お菓子のおかげか、呟いただけの俺とは違って大木さんの口から意味のある言葉が出てくれた。

 さすがはレモン皮。ビタミンCさえあれば何とかなるんだな。

 その言葉をかけられた二人は目を合わせ、同じタイミングで小さく吹き出した。

 と、元が詞島さんを少し自分の方に寄せた。

 ちょっとアスファルトに凹みがあった。

 

「俺は、まぁ。」

 

 ポリポリと頭を掻き、元は俺たちに背を向けた。

 歩く速度は緩めだが、少し頭の動きが多い。

 照れてるな、と言うのが俺でもわかる。

 隣にいる詞島さんにとっては尚更のようで、元の横顔をスマホで何度か撮り出した。

 

「甘えすぎなきゃ、大丈夫。かな?」


 ちょっとだけ、後ろから見える耳が赤くなった。

 好きだとか、可愛いとか。

 褒める言葉を出す時には平常な顔でやってのけるくせに、可愛いところあるじゃないか。

 

「んふふ、そっかそっか。

 で、ルカは?」

 

 その問いに、詞島さんは元の頬をつっつきながら、こちらに笑顔を向けて答えてくれた。

 

「ずっとおんなじ好きじゃないから、うん、飽きたりはしないかな。」

 

 ねー、と元の頬を摘み、こちらからは見えない顔を覗き込んでいる。

 元と歩みを揃えながらのそんな行動の端々から、詞島さんの元への想いが溢れてくる。

 ひとしきり弄って気が済んだのか、元の頬に伸ばした手を外す。

 

「私はね。」

 

 詞島さんが足を止め、体ごとこちらを向いた。

 ふわりと風が髪を浮かせて、彼女の細い体から離れる。

 胸の前で指を合わせる仕草はまるで何かの像のようにしっくりと来て、ゾワりと、一瞬背筋を何かが走った気がした。

 

「今までに何回も、元を好きになったの。」

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