68 バカを見た
「ねー筒井君、どう思う?」
「どう、って。」
「どっちも気にしすぎ、って気、しない?」
「あー。」
大木さんの言葉に、頭を掻いて少し答えあぐねた。
何もなく、勝手に続いていくのではなくてちょっとした努力を続けた元たち。
もちろん、二人が幸運であるのは間違いなくて。それでも幸運だけではない、意識しての努力があったんだろう。
失敗例を見過ぎた、結果、俺自身の精神の安定のために予防として最低ラインを当たり前だと思いかけた。
一方で、思いもかけずこうやって成功しすぎた例を見せられた。
自分の中で基準がグラグラと揺れている気がするが、結局関係性の維持のための努力を二人でし続けることが大事なのは間違いないんだろう。
ふと、父のことを思い出した。
言葉少ない中で、父が母を責めたことを見たことがない。
母が父を蔑ろにしたのも、記憶にない。
失敗例だけが記憶に残るが、そうじゃない当たり前も、きっと俺が気にすることなく世の中に溢れてるんだろう。
「そうかもな、うん。」
ふぅ、と息を整えて気持ちを切り替える。
元々重くもなかった気持ちが、一段階軽くなった。
大木さんの方を見る。
もぐもぐと動く頬が小動物のようで少し笑ってしまった。
「なぁ、大木さん。」
「ん? あ、ごめん。」
「は?」
「え? それのことじゃないの?」
大木さんが指さすのは、俺が持っていた菓子の袋。
気づけばずいぶんと軽くなっていて、いやな予感と共にちょっと握る。
くしゃりと潰れた袋の感触からは、中身が感じられなかった。
ジト、と細めた目で大木さんを見る。
「……」
「……」
「……」
「いや、ごめんて。」
きちんと噛んで、飲み込んで。
口の中のものを空にしてから返事をしたね、えらい。いや違うだろ。
「ごーめーんーなーさーいー。
人からもらうとなんか美味しくてさ。後で私のおすすめ分けたげるから。」
ね? とわざとらしく首を傾げてくる。
そんな気易い姿に仕方がないと苦笑し、袋の口を閉めた。
「シュウ。」
俺の顔を見上げる大木さんにわかりましたから凝視しないでくださいとお願いしたところで、前を歩く元から何かが山なりに投げられた。
受け取って見てみれば、小さいサイズのウエットティッシュのパック。
はて、なぜ今、と疑問に思っていると、元が指で横を指した。
そして指の刺す先には、大木さん。
そこでなるほどと気づいた。
「はい、どうぞ。」
「あ、ごめんね、ありがと。」
蓋のテープを外して取り易いようにして差し出すと、大木さんが一枚取り出して指を拭いた。
ついでに菓子の袋も口を開けて渡す。
ゴミなので俺が持ってても良いのだが、仲良いだけの男に自分のゴミを持たれるのは嫌だろうという俺なりの心遣いである。
いや、しかしこれはゴミ袋を押し付けた形にもなる。
どっちが良いんだろうか、これはモテ仙人にメールを送らねば。
「元、これ。」
「良いよ、持っといて。 俺には予備あるし。」
前を歩く元に声をかけると、そう返された。
そうか、とシールを貼ってポケットにパックをしまう。
指を拭いて、ゴミをまとめる大木さん。
その姿を見て、また一つ納得をした。
元はきっと、こういうことを繰り返してきたんだなと。
指を拭き、少し照れくさそうにこちらにお礼を言う大木さん。
きっと最初は元も詞島さんもポケットティッシュなんか持ってなくて、そんな時の後悔が今の元の鞄を作っているんだなと、そう思った。
スマホに『百均 ポケットティッシュ』とメモを打ち込み、元の背を見る。
背は、俺の方が少し高い。
横は同じか、あいつの方が広い。
脂肪はあまりあるように見えないので、フレームのせいだろうか。
詞島さんは結構元にちょっかいを出していて、それも元はゆったりと受けている感じ。
あぁ、本当に
「仲がいいな。」
「仲いいね。」
隣のちょっと低い場所から、俺と同じ意味の言葉が飛び出した。
ちらりと見る、あちらも見上げてきて、ふふん、と無い胸を張っている。
読まれたか。
すん、といきなり俺を見る目から温度が消えるのを見ないふりして、咳を一つ。
「詞島さんのお父さんが仁義切ったってことは、元の下宿とか高校とかは詞島さんから誘った感じなのか?」
「あー、そんな感じかも。俺特に決めてたこともなかったしなぁ。
中学入りたてくらいに清ばあちゃんに今の高校の話聞いて、誘われたからそのままって感じ。」
「上京していきなりあの家か?」
「んや、小学校とか幼稚園とかでもお誘いは受けたから耐性はあったよ。
ガチの初見のときは、広いなーってだけで凄さとか全然知らんかったし。」
「あぁ、なる。」
お引越し楽しかったねー、と言う詞島さんに優しい眼差しで頷く元。
この二人、放っておけばいくらでも時間を潰しそうだ。
そういえば二人がこうやって仲がいいことを見せてくるのはあまりなかった気がするが、それだけ俺も近しい間柄と認められていると言うことだろうか。
そこまで考えて、一番大事なことを聞いていなかったことを思い出す。
なぁなぁ、と少し強めに声をかけ、畳の張り替えの話をし出した二人の意識をこちらに向ける。
「それで、どっちが告白したんだ?」
「俺から。」
「私から!」
同じタイミングで、俺の質問に二人が答えた。
そこまで揃えなくていい。
「ほわー……」
照れもなく、普通に牛と豚どっちが好き? に答えるような軽い感じで答えた二人に、大木さんが純粋に感心して吐息を漏らした。
口から出してはいないが、俺も同じ気持ちだ。
うん、少し嬉しいが、こう悔しさもある。
「何言ってるんだ、俺はルカと遊んでから、聞かれたらずっとルカのことを好きだって言ってたぞ。」
「付き合いなさい、って言いだしたのは私だし、つまりOKもらったのは私だよね?」
「あれだって、俺はもう付き合ってるつもりでうんって言ったんだ。」
「ちゃんと口に出したのは私が先だもん!それに元の好きは友達の好きで、恋人の好きになったのは絶対私が先!」
ああでもない、こうでもないと二人の世界に浸りながら言葉をぶつけあう元と詞島さん。
言い争いにしては険もないので特に止める気も起きなかった。
生暖かく二人を見守る俺に手招きをする大木さんに気づき、俺が顔を寄せると口に手を添えながら、こっそり話の形で俺に話しかけてきた。
大きめの声をあげて、この不思議な空間を破りたくなかったのだろうか。
「なんかさ、やっとまともなバカップルっぽい感じしてない?」
「する。」
いやぁ、脳が再生するわー、と嬉しそうに二人を見る大木さん。
楽しそうな姿に、こちらの胸にも温かいものが湧く。
見て良かったと、話しかけて良かったと思わせてくれることに、自然と感謝したくなった。
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