35 決めた

 古賀の彼女である佐藤先輩の浮気疑惑。

 元に調べてもらえばもらうほど、その疑惑を補強する原因ばかりが出て来てしまう現実に、軽い吐き気を覚えてしまった。


『協力者は多分この人。

 先輩とSNSで絡んでる機会も多くて、クラスの男子経由での先輩方から聞いてみたけど、去年のハーレム騒動の参加者で間違いない。』

 

 元が出してくれたアリバイ工作にしか思えない画像の数々が、流れる。

 なぜこんなことをしているのか、俺には全く理解できない。

 わざわざ別の場所にいたことを無意味に呟く意味はないだろう。バレれば即座に周りの人からの信用度も落ちるし、もしこの協力者の人に恋人がいればいい気分なんかしないだろう。

 そこまで考えて、まさか、お互いに同じことをしていたりするのかなんていう吐き気を増すような考えに行き着いた自分に少し嫌悪感を感じてしまった。

 

『たまたま写り込んだように見える爪先のネイルのカラーは同じだけど、明らかに繊維のラインが違ってた。

 時間を合わせて写真を撮って共有してるんだと思う。』

 

 そこまでするのか。

 そんなことまでして、あいつを騙したかったのか。

 馬鹿にしているのか、それとも手放したくないのか。

 理解ができないというのがこんなに難しいものだとは思わなかった。

 

『整理しよう、今手元にあるのは先輩が古賀君と一緒にいない時間、ずっと一緒にいたことがある男性とのツーショ写真。

 俺たちがこの前見た、肩に頭を乗せている動画。

 古賀君に送ったネイルケアしてるっていう写真が他の人のものの可能性が高いという証拠。』

 

 淡々と元が声を出し、画像をまとめる。

 どんどん、逃げ場がなくなってくる気がした。

 怖い。

 先輩もそうだが、何より、俺と元が今見ているものがあまりにも理解できなくて。

 そんなものを恋人にしている古賀の立場があまりにも脆く哀れに見えて。

 

 お前の彼女、浮気してるぞ。と、古賀に言えてしまえるだけの証拠が積み上がり始めていることが怖い。

 最初は怒りだった、と思う。

 浮気は、普通に考えてダメだろう。だから、それを発散したくて、きっちり突きつけたくて元と話し、証拠を集められないかなんて聞いた。

 そう、俺は「カッとなっていた」んだ。

 

 怒りに任せて友人の彼女が浮気してないか探っていた。

 その怒りに、理解できないものに対する恐怖と気持ち悪さが潜り込み、時間が怒りを弱めた時、俺の中に新たに生まれたのは困惑だった。

 どうしよう、知らなかった方が良かった、知らないふりしてれば良かった。

 俺が古賀に言うのか? 物知り顔で言われた古賀はどうなる?

 あいつを馬鹿にすることになってないか? いや、本人を蚊帳の外に置く今の時点で、あいつを裏切ってないか?

 ぐるぐると部屋が回るような錯覚に陥り、同時に何とも例えようもない気持ち悪さが胸にのぼってくる。

 もし元と通話していなければ、即座にトイレに駆け込んでしまっていたかもしれない。


『だけど、まだ決定的じゃない。』

 

 元の声、鼓膜を叩くその声に、少しだけ気持ち悪さが治まった。

 縋るようにスマホの画面を見る。

 こいつ、うまくやれば宗教とか作れるんじゃないか。そう思ってしまった。


『だから、俺たちが見たことはなんてことはないって、そうしてもいい。

 今、古賀君にもダメージが出ないように先輩と一緒にいる時にちくちくつついて浮気を牽制してもいい。』

 

 そう、今ならまだ単なる仲が良さそうな人がいた、彼氏として頑張れよ、それで済む。

 古賀は佐藤先輩のことを心から大事に思っている。

 そして、その愛をかけらも疑ってはいないはずだ。

 

『なかったことに出来るのは、今だけだ。』

 

 そうだ、一時の先輩の気の迷いかもしれない。

 ここで釘を刺せばきっと、古賀ともっといいカップルになってくれるかもしれない。

 俺がやめよう、と言えば、元は止まってくれるだろうか?

 何の解決にもならないと分かりながら、元の言葉に縋ろうとしてしまう俺だったが、次の言葉が俺の顔面に冷水を叩きつけてきた。

 

『ただ、ごめん、俺はもう止まらない。

 古賀君に報告するにしろしないにしろ、もう調べることにする。

 シュウは止めるだろうけど、ごめん。』

 

 その言葉を聞いて、俺は唇を噛んだ。

 自分の思考のアホらしさと、少しだけ震えているはじめの声に気付かされた。

 言わせてしまった、と思った。

 自分の恥ずかしさ、怒りを感じる。

 

 ただ、まぁいつものことだ。シュートを外した時も、ドリブルをミスった時も、廊下を歩いてて人にぶつかった時も、俺はいつも恥ずかしさを感じた。

 で、そんな時はいつも取り返すために、マイナス十をマイナス九にするために、バタバタになりながらだって動いてやるのだ。

 だから、今は顔面を枕に押し付けて恥ずかしさを堪える場面じゃない。

 少しだけマイクをミュートにし、顔面を叩く。

 気合を入れ、マイクのミュートを切った。

 

「うるせ、俺だって頭に来てんだ。」

 

 ぐしゃぐしゃと髪を掻き、目を瞑る。

 余計なお節介と言われる類のことをしようとしていて、下手すれば二度と古賀に友人と呼ばれることもなくなるかもしれないが、それでも、もし古賀を裏切ったのなら許したくない。

 これは、俺の意地の問題だ。

 見逃して、なかったことにして、万が一の時にああやっぱりな、なんて物知り顔はしたくない。

 

「何かあんだろ? 付き合わせろよ。」

 

 ほんの少しだけ滲んだ視界、スマホの向こうにいるだろう没個性顔の友人に、俺は決意を表明した。

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