60 話を聞いた

 辿り着いたのは古い公園。

 街灯が一本だけで、トイレもベンチもない。

 危険だからと言う理由で遊具も全て撤去され、壊れたせいで黄色いテープが巻かれた水飲み場という名のコンクリオブジェクトに狭い砂場しか残っていない。

 そんな公園と呼ぶのも憚られるような広場入口の車止め、そこに腰を預けて古賀は俺をジロリと睨みつけた。


「元に聞いたよ、なんかお前が変だって。

 で、来てみたらあの女の子が隣に居んのにしけたツラだ。」


 古賀の言葉に、少しだけ安心する。

 流石の元でも俺の心の詳細までは辿りついていなかったってことか。

 まぁ、古賀お前の恋愛事情のせいで女全体に及び腰になってる、なんて情けない上に言ってどうなるもんでもないしな。

 だが、そんな俺の表情に古賀は思うところがあったようで、肩を落としながら言葉を続けてきた。

 

「俺のせいか?」

 

 違う、と口に出しそうになったが止める。

 おまえのせいじゃない、そう言うのは簡単だが、俺の態度は明らかに古賀の言葉を肯定してしまっている。

 きっと違う、と言ってしまえば古賀は俺に嘘をつかせたことを気に病むような気がする。

 かといって、あぁそうだ、なんて認めるのは格好悪すぎる。

 どう答えたものか、思いつくことができず居心地悪そうに古賀から目線を外すだけしかできない。


「あぁ、いや、こりゃ間違いなく俺のせいだな。

 おまえが変なの気付かないんだから、俺も無理してたか。」


 はぁ、と長く大きく息を吐く古賀。

 無理をしていた、との言葉にずきりと胸が痛む。

 そうだ、無理していないはずがない。

 あんなに大好きだと、幸せだと言っていた男があんな形で失恋をした。

 そんな男に気遣わせてしまう自分が酷く弱く、醜く思えた。


「勝手に一人で話進めんなよ。

 俺が勝手に落ち込んでるだけで、お前らなんか関係ないんだよ。」

「あぁ、うん。やっぱりそう言うんだな。」

 

 あいつも随分お前を見てんだな、と小さく呟き、古賀は面白そうに口を覆って笑った。

 その姿があまりにも昔のいつも通り、教室で馬鹿話をしていた時のあいつすぎて、理由のわからない苛立ちがもやりと胸の中に広がった。

 誰のせいで、とつい考えてしまい、それに気づいてまた向けどころのない怒りが湧く。

 考えて、イラついて、その度に自分の嫌な部分だけが目についてくる。

 そんな自分に目を向けてくれる周りの人間に申し訳なくて、イラついて。

 どこに吐き出すべきかもわからないドロドロとした名前の付け難い感情が俺の中に気持ち悪さだけを撒き散らしていく。

 つい握りしめた両拳にさらに力を入れ、何をいうわけでもなく食いしばった口をそのままに、古賀を睨む。

 だが、古賀は俺の視線をどこふく風とばかりに受け流し、いつもの表情を崩さない。

 

「俺も元も厳しいからな、もういいや。俺ぁ勝手に言うから、勝手に聞け。」

 

 ふぅぅ、と声を伴った細長い息が古賀の口から漏れる。

 ただの呼吸に、居心地の悪さを感じて少し肩が寄ってしまう。

 

「あん時、俺は前々から元に話を通されてた。」

 

 あぁ、それは知っている。

 詞島さんと話したときに元が古賀と連絡を取り始めたのは知っていた。

 その前から話をつけていたってのは、ちっとだけ話の中から弾かれたみたいで悔しかったけど。

 

「学校の連絡簿から俺の家を調べて、直接俺の家に来やがったんだ。」

「はぁ?」

 

 まさか、そこまで思い切りよく動いていたというのは、ちょっと俺の|元評<はじめひょう>とは少し違う動作で普通に驚いてしまった。

 今回の騒動を見てもじっくり動くやつだし、こう、偏見のようなものだけど椅子に座ってなんでも好きに動かすことが好きなやつなんじゃないかと思い始めていたからだ。

 

「驚いたぜ、手土産持ってきた優等生っぽい男が二時間だけ借りて良いですか、って来てよ。親も驚いてた。あんなにしっかりした友達がいるなんて、ってよ。彼女に友達に、良い縁に恵まれた、なんて嬉しそうに。」

 

 ふうん、俺のところには来たことないくせに、古賀のやつの家には行くのか。

 あれ、そういえば大木さんの家に詞島さんと言ったとか聞いたことあるし、クラスの奴の家で徹マンしてたとかも聞いたことあるような……

 元と仲がいいと思っていた俺の認識が割と危険に思えて来たところで、意識を切り替える。

 うん、俺は今、元とは仲違い中でダウナー状態。

 よし、うん? よくないよな? あれ?

 生来のツッコミ気質と友人たちの言葉に、俄かに俺の中から漏れていた悲壮感のような物が希釈されていく。

 今はまぁ、とりあえず古賀の話を聞こうと意識を切り替え、目の前の友人に話の続きを促した。

 

「で、外に出て個室の勉強室で色々と見せられた。

 本当はもっと軟着陸させたかったけど、どうもダメな方向に動いてるからバラすことにしたってさ。」

「あいつ、そこまで言ってたのか。」

「おぉ、すごい顔してたぜ。写真撮ってないのが悔しいくらいにはな。

 その後、色々見せるごとにあっちの顔が目に見えて青ざめてってさ。

 そのおかげか、なんぼかは俺もまともに理解できた。」

 

 あの時だけで一般人の五年分くらいはごめんなさいを言われた気がするなぁ、なんて自嘲と苦笑を掛け合わせたような薄い笑いを浮かべながら、古賀が話す。

 どうせなら、俺も誘って欲しかった気はする。

 何もできなくても、元の負担を少し位は持ってやれたんじゃないかなんてそう思ってしまう。

 

「初めて聞いた時は、まぁ怒るよりも訳わかんなかった。

 当たり前だよな? 俺、先輩とのデートプランでまだ使ってないものもいくつもあったんだ。夏休み最後にも、秋にも、冬にも、その先も、色々やろうと思ってたんだ。」

 

 それは、そうだろう。

 憧れて、好きだって伝えて応えてもらって。

 俺と元にデートの成否を伝えては次はどこがいいとか、こう言うときに嬉しそうだったとか、熱心に俺たちに語っていた男だ。

 大きな失敗は話の中には出てこなくて、話しすぎて疲れさせてなかったか、とか。味の好みがわかり始めたから店が絞り込めてきたぜ、とか。次をどうするかに視点を当てた報告ばかりだった。

 そんな男が、終わりを考えるなんてあるわけない。

 

「不思議だよな。そん時、俺最初に元を怒るでもないし、先輩に怒るでもないし、一番最初に旅館はいけないなぁ、初詣は一人か、なんて思っちまってたんだ。」

 

 今でも、実はあんまり現実感ないんだよな。

 そう呟き、ボリボリと頭を掻いた。

 頑張って整えていたと言っていた髪が、入学当初の適当な形に戻っているように感じられた。

 

「言われてみれば、不思議なところはあったんさ。

 うそだ、って笑って済ませようとしても、どんどん先輩のことを思い出しちまって、最初の頃から比べて、先輩が全然違う先輩になってるって、あっさりと見えちまった。

 当たり前だよな、みないふりしてても、俺は誰よりも先輩見てたんだ。

 気づくさ。

 あぁ、気づくよなぁ。気づかないつもりだったのにさぁ。きづいちまえたんだよなぁ。」

 

 俺に話す言葉は途中から震え始め、ひとしきり話し終わった今は、笑いの形をとっているはずの唇が、小刻みに震えている。

 否定をしてやりたかった。

 お前はよくやっていたと、俺から見て、しっかりと彼氏をしていたと。

 けど、きっと今はそんなこと関係ない。古賀本人にとってもう結果が出てしまっていることに、俺の声はきっと意味をなさない。

 

「多分先輩は、俺に下から見られるのが辛くなったんだろうな。それでも、先輩だから頑張っちまったんだよ、きっと。」

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