34 10:15 詞島家(元の部屋)

「さて、そんじゃあ説明してもらいましょうか。」

 

 私の対面に、山上君とルカが座っている。

 場所は山上君の部屋。

 山上君の家にあったルカの部屋よりは賑やかで、飾られた木彫りの熊や風景写真は山上君の生活臭を部屋に醸し出していた。

 そんな部屋の真ん中、私たちは丸いちゃぶ台を挟んで対峙していた。

 議題は幾つかあるが、纏めてしまえば『昨日何があったのか』だ。

 そう、昨日。

 今日はルカの家に泊まった翌日。

 今は朝ごはんを食べた後、裕子と才加を徹さんと奏恵さんが車で送っていっている最中。

 正午に近くなったこの時間、朝からうまく動かなかった脳みそがやっと動き始めたので私はルカ達に説明を求めたというわけだ。

 

「まぁ、確かにな。

 大木さんにも結構負担かけたみたいだし、タイミングは測ってたんだけど。

 その威勢ならもう大丈夫か。」

 

 ちゃぶ台の上に置かれた麦茶を飲みながら、山上くんが言う。

 私の右、丁度山上君と私の中間くらいにルカが跪く。

 何が嬉しいのかニコニコしているルカについ目尻が下がりそうになるのを堪え、必死で山上君を睨んだ、つもりだ。

 あいも変わらずすっとぼけた面構えで、私の睨みなど何とも思っていなさそうなのがちょっとむかつく。

 

「とりあえず、俺が何したかと警察の知ってる範囲の動き、でいい?」

 

 んー、全部聞きたいけど、まぁその二点が重要だよね。

 それだけ分かればいっか。

 聞きたきゃそん時聞くし。

 

「とりあえず、俺が最初にルカに連絡もらったのは昼頃。

 大木さんが険しい顔してて気になるから、なんかあったら連絡入れるねって俺にメールが来てたんだ。」

 

 昼ったら竹田さんと最初に会った時、かな?

 ん、確かにあの時からちょっと変な感じはしてたけど、ルカは私の表情でそれを感じてたってことか。

 ふむ、我がことながら無防備な。

 ポーカーフェイスは未だスキルゲット出来ずかぁ。

 ユーキャンとかで教えてくれないかな。

 

「で、ライブの時間は聞いてたからそれの終わった後、しばらくしてまたルカから連絡があった。

 聞いたけど、大木さんが促してくれてたんだな、ありがとう。」

 

 どういたしまして、と返すと山上君はふっと薄く笑い、小さく頭を下げた。

 昨日今日と、山上君からは随分と感謝の意を述べられている気がする。

 反応するのが照れ臭くて、動作だけで次を促すと、山上君は話を続けてくれた。

 

「わざわざルカがそんなふうに連絡入れてきたのが少し気になって、定期的にルカのスマホの状態を見てたんだ。

 俺とルカのスマホって、お互いに位置アプリ入れててさ、どこにいるかはわかるようになってるんだ。

 で、ある時いきなり信号が切れた。

 それまでずっと動いていなかったのにね。

 なのに何の連絡もなかったことで気になってさ。

 そこから出先から駅まで移動して、念のため待ってたわけだ。」

 

 おいおい、位置アプリの定期確認に、連絡がないことで動くって。

 一歩間違えば過保護な親かストーカーだぞ。

 結果は良かったにしても、ちょっとその過干渉はどうかと少しだけ私は目を薄め、非難するように山上君を見た。

 ルカも縛られすぎて、嫌がってないだろうか。

 そう思ってルカをチラリとみると、嬉しそうに目が潤んでいた。

 あ、ルカ的にはありなのね、はいはい。

 |ご馳走様≪F⚪︎⚪︎K ⚪︎FF≫。

 

「その後はまぁ、ルカの動きを見ながら連絡がないことが怖くて、念のため知り合いの刑事さんに最悪手を貸してもらう話を通してた。」

 

 へ、へぇ、知り合いとかいたんだね。

 君、中学遠くとか言ってなかった?

 あ、清子さん繋がり、そっすか。

 

「清ばあちゃんにも口添えしてもらって、あのあたりに知り合いいないか探してもらってたら丁度あのおっさんが手が空いてたみたいでね。」

 

 警察を一般市民が動かすな。

 え? 勝手に動いただけ?

 だからそれをすんなよ。

 まぁ、わかったよ。

 ルカ周りに対策として山上君を起点にして、国家権力にも手を伸ばしてたのね。

 当事者としてはありえないくらい怖かったんだけど、そっか、今更ながら安心で肩の力が抜けた。

 ちゃぶ台に私の上半身が投げ出された。

 当たりそうだったピッチャーとコップはルカが片付けてくれたようで、私は安心して腰の筋肉の力を抜き、頬を天板にぶつけることができた。

 安心感と、それと疲労感。

 筋肉を硬直させた何かがぬるっと抜けたような感じはいいのだが、それに続くように体全体が疲労感に覆われ始めた。

 

「はぁ、なんか疲れてきた。

 私、頑張ったと思ってたんだけどなぁ。」

 

 結局、独り相撲をしていただけの滑稽なパントマイマーみたいなもんだったんだろうか。

 徒労感のようなものが私の瞼を閉じようとしてきたが、聞こうとしたのは自分なので掛け声を出しながら、姿勢をまっすぐに。

 半目になりながら山上君に次を促そうとしたが、ちょっと気になってルカに話を振ってみた。

 

「そういえば、私は結構話しかけられてたんだけど、ルカはなんかのタイミングで山上君とかに連絡はできなかったの?」

「はい、桃ちゃんと話してない時は実はずっと裕子さんが促されて私に話しかけてきたり、直接後関さんが話しかけてきたりしてまして。」

「あ、そうだったんだ。」

「私、まだ知らない人と話す時はちょっと気合いを入れちゃう感じで。

 返答に気をとられて、中々スマホを取り出せなかったんですよね。」

 

 知らなかった、というか私がルカのそんな状態に気づかなかったって、私も結構視野狭窄してたんだなぁ。

 うーん、男馴れ、とまではいかなくても男子のクラスメイトと話して免疫ぐらいは持っとくべきなんだろうか。

 

「元々ライブの後、あのあたりから実は結構一杯一杯で。

 本当に桃ちゃんがいてくれて助かりました。」

 

 竹田さんの言動とか、変に近寄ってくる男の人とかもちょっと変な感じはあったんですけどね、とルカは形いい眉を寄せながら呟いた。

 正常化バイアスってやつか、自分だけはそうはならないとかつい考えてしまうっていう。

 

「何とかしなきゃ、ってちゃんと思えるようになったのは桃ちゃんが入り口でなんか変だ、って言ってた時ですね。

 時間が経って、一度元にも連絡ができて。

 桃ちゃんが作ってくれた時間がないと変だなとも思えなかったと思います。

 今思うと、深夜警戒ポスター無かったのも流れやすくするためだったんでしょうか。」

「それダァっ!」

 

 そうか、未成年者の深夜制限のポスター。

 それが入る時にはカウンターに無かった。

 私とルカは無いことに違和感を抱いたが、特に気にしていない人からしてみれば、遅い時間に自分が遊んでいることを気づかせるための材料が一つないことになる。

 流石にああ言うものは貼っていないと怒られるだろうから、私たちが入店した時だけ外されたか別のポスターを上に貼っていたのだろうか。

 いや、こうして思い返してみれば悪意しかないじゃないか。

 

「で、さっきも言ったけどルカとの通信が切れた後。

 何回か通信を試みて、ルカの携帯の場所もわからない、つまり位置情報のGPSすら死んだことがわかったから、俺は即通報。

 さっき話通したって言ってた知り合いの刑事さんに直接渡りをつけて、なるはやで動いてもらったってわけ。

 清子婆ちゃんのお孫さんに何かあったら、ってすぐ動いてくれたよ。」

 

 あぁ、私たちがトイレで話した時のタイミング。

 あの時には山上君はもう緊急事態として動いてくれてたわけで、ルカはそれを信じてた、と。

 ん?

 

「えっと、トイレで話した時にはルカは何も言ってなかったよね。」

「はい、そうですね。」

「どうやって山上君が動いてたのに気づいたの?

 何か緊急用の通信網とか持ってた?」

 

 私の言葉に、うーん、とルカが顎に手をやり、ちょっと首を捻った。

 何かを考える動作なのだろうか、あざといと思うのだが、眼福でもある。

 

「無い、ですね。」

 

 ルカの言葉に、山上君も鷹揚に頷いて言葉を続けてきた。

 

「俺も、別に持ってなかったな。

 ただ、ほら。」

 

 そう言って見せてきたのは、山上君がルカに送ったチャットツールの画面だった。

 一つのアイコンが会話の中で示されていた。

 会議モード、そのアイコンにはそう書かれていた。

 

「なんかあった時、画面ロック状態でもタップでこっちに声が届くようにはしてたんだ。」

 

 はぁ、と息を漏らす。

 やりすぎな気もするが、恩恵に預かった身だとそう言い切るのも難しい。

 つまり、そのWEB会議で録音と状況把握に努めてたわけか。

 

「何かあった時にはこれ送るから、って元が言ってた変な振動がきたんです。

 で、私はそれを受けて、起動してたんですね。」

「これ、俺の方から切ることもできるからなんか言われたりした時に何もしてなかったふりもできるしね。」

 

 まぁ、マイクの調整とかしてなかったせいでろくに声は拾えないし、下手くそな歌が時々聞こえるぐらいだったんだけどな、なんて言いながら山上君は喉で笑った。

 そんな姿に、私は目尻をひくつかせながらあぁ、そう、なんて生返事を返した。

 いやぁ、常日頃から誘拐対策でもしてるのかなぁ?

 私が君らを好きじゃなかったらガチ引いてたぞ?

 

「で、会議が一方的に切れた。

 それどころか位置情報まで消え出したわけよ。

 異常だなって思って通報しながら、俺は速攻でその店に行って玄関近くで待機。

 いやー、結構危なかったよ。」

「え?」

「俺が近くに行ってたからすぐにその店に行けたんだけどさ、あのカウンターのおっさん、店閉めようとしてやがった。」

「はぁ!?」

「え!? 聞いて無いですよ!?」

「あぁ、まぁまだ言ってないし、いうタイミングも無かったから。

 で、おっさんに話しかけてグダグダと時間を使わせて、その間に刑事さん到着。

 いやー、やばかったやばかった。」


 おいちょっと待て、さらっと私の人生のターニングポイントを流すな。

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