05 24:49 山上家(ルカの部屋)

 

 田舎に泊まる系のテレビ番組。

 そこに出てくる家屋は殆どがご立派な一軒家で、アパート暮らしの私からしてみれば驚くほどの占有面積をもつ家庭ばかりだった。


 そういった田舎の家に対するイメージとして、私は風呂がでかいと言うイメージを持っていた。

 ユニットバスの壁紙を貼って広く見せたり、椅子やシャンプーの配置換えをしてせせこましく見た目の大きさを1cmでも大きく見えるようにしたりと言うことをせずとも、足を伸ばせる浴槽に水圧が強いシャワー、シャンプーを取ろうとして間違って肘を浴槽にぶつけて電気を走らせたりしなくていい、そんなファンタジーなイメージを持っていたのだ。

 そんな私の貧相なイメージだったが、山上君の家のお風呂はそんなイメージに負けることはなく、一部では超えていた。


 広さで言えば、我が家のユニットバスなんかはやっぱりコンパクトだけを売りにしているんだと証明してくるように、広々とした洗い場に、なんと木製のかなり大きな浴槽が鎮座していた。

 浴室に丁寧に嵌め込まれた木の浴槽はトンでもなく高価なものに見えて、私なんかが入っていいのかと少々震えるくらいだった。


 そんなこんなで色々あった風呂だが、私一人で入るのは無理と詞島さんに泣きついてお願いだから一緒に入ってくれと懇願した。

 何かしでかさないか、触っちゃいけないもの触らないか怖くて仕方なかったんだからしょうがない。

 そんな入る前からダメージを受けた風呂だったが、体を洗い、お湯に浸かれば緊張などどこへやら、全身で気持ち良さを享受してしまった。


 一緒に入った詞島さんの裸体は脳内に厳重に動画として保管してある。

 ちなみに風呂場で何があったかはもう絶対に誰にだって教えるものかと強く誓っている。

 肌の白に透けて見える血管の色のせいでいつもより艶かしい背中とか、水に濡れているくせにあまり変わって見えない髪とか、まぁ他にももうそれはそれは色々と。

 とりあえず、詞島さんと並んで湯船に浸かった時に浮いてたことだけは漏らしてもいいだろう。

 いや、まさかまじとは。


 そうそう、浴槽の広さだが、私と詞島さんがそのままそこに腰掛けると顔の半ばまで湯に浸かるため、詞島さんの湯船用の椅子を借りて座らせてもらった。

 身長五センチ以上違うのに座高がそこまで違わないのは正直悔しさで涙が流れそうになったが、何、そこは風呂場。顔面を湯に浸し、世の不条理を嘆いてスッキリしましたとも。


 二人で並んでまだ少し余裕がある浴槽。

 肩までしっかり浸かる湯の素晴らしさに、やっぱり日本人で良かったと思ってしまうのは仕方がないだろう。

 風呂場から上がり、パジャマを着て詞島さんの部屋に戻ればもう私の体から遠慮によって発生する緊張など完全に消えていて、使っていいと言われた詞島さんのベッドではなく、床に敷かれた布団の上に倒れ込んだ。

 

「あー、いいお湯だった。

 もうまじ感謝、ほんと詞島さん、声かけてくれてマジセンキュー。

 超愛してる。

 結婚しよう。」

「うーん、それはちょっと無理ですねー。」

「そっかー。

 じゃあ一夜の過ちでいいから、ほら。こっちで一緒に寝よう。」

 

 少し端により、ぽんぽんと布団を叩く。

 距離感がバグっている気もするが、決して私は誰にでもこんなことをする人間ではない。

 なんでも許してくれそうな詞島さんの微笑みと、いい匂いのする檜風呂が悪いんだ。


 苦笑し、私のそばで横になる詞島さん。

 悪いね山上君、君の彼女、今私の隣で寝てるよ。

 横向きに布団に横たわり、私の方を向いている詞島さん。

 広がった髪からえも言われぬ良い匂いがたちのぼり、私の中のおっさんたちがビアガーデンで乾杯しまくっている。

 

「ねー詞島さん、一緒に写真撮っていい?」

「良いですけど、ネットには出さないですか?」

「やらないやらない。」

「じゃあ良いですよ。」

「よっしゃ、じゃあはい、こっちよって。」

「はいはい。」

「んー、ちょっと違うな、一緒にうつ伏せで撮ろうよ。」

「えーっと、その、うつ伏せだとちょっと苦しくて。

 それにその、胸が見えちゃうというか。」

 

 そうか、うつ伏せになると胸部が圧迫されるのか。

 そうか。

 それに、隙間ができて見えちゃうと。

 そうかそうか。

 

 

「・・・・・・・(ギリィ)」

 

 歯を食いしばる。

 溢れ出す憎しみと嘆きを胸の内に閉じ込めて、両の眼窩から溢れ出してしまわないように。

 隣にいるのは敵じゃない。

 怖くない、怖くない。

 仕方ないので詞島さんに正座してもらい、そこに抱きつく形の私と言う百合ポジションで写真を撮ることにした。

 で、持ち出し厳禁と注意事項を添えて母親に送る。

 反応は早かった。

 

『普通に喋る声は電話と比べてどんな感じ』

『匂いは』

『髪の手触りとかどんな感じ』

『あんたが触っても大丈夫なの』

『そのパジャマ誰かかもらったの』

『匂いは』

『あんたの顔はいいから詞島ちゃんをもっと』

 

 驚くほどの速度で母から連絡が次々と放られてくる。

 微妙に誤字ってる辺り、結構焦ってるな?

 優越感にニヤニヤしながらメッセージを眺める、まさに至福のひと時だ。

 

『一緒にお風呂に入ったよ すごかった』

 

 それだけ返し、アプリを落として機内モードに変更する。

 あぁ、愉悦愉悦。

 自分が確実に相手の上に立ってるとわかるこの瞬間、なんて気持ちいいんだ。

 

「さてさて、そういえば詞島さん、折角だから聞いていい?」

「えぇ、なんですか?」

「山上君とのお付き合いって、長いの?」

「はい、それはもう。

 両親におばあちゃんを除いたら、一番長い付き合いだと思います。」

 

 少し遠い目をしながら私の言葉に答えてくれる。

 柔らかな雰囲気と言葉が、多くを語らなくてもその関係性をとても大事なものだと思っていることを伝えてくる。

 幼馴染というやつだろうか、少々羨ましい。

 

「ずっと一緒?

 途中で会わない時期とかなかったの?

 ほら、小学校は別で、中学校が同じだったり。」

「ずっと一緒でしたね。

 幼稚園から小中、元はずっと私と居てくれました。

 かれこれ十年以上は頼りっぱなしですね。」

 

 くすくすと微笑む姿が可愛らしい。

 一緒にいることを当たり前と捉えているのだろう、話し方がすごく自然で素敵だな、とそう思った。

 

「大木さんは確か遠方の中学校からいらっしゃってましたよね。

 自己紹介だと、同じ出身校の方は一人も居ない、とか。」

「うん、そだよ。

 親にちょっとは頑張ってレベル上げた方がいいよって言われてさ。

 いやー、色々頑張って良かったなって思うよほんと。」

「生活圏を移すとなると、大変だったんじゃないですか?

 それでも決断したって、よっぽど強く移りたいって思われたんですね。」

「そうそう、模試でも最後の最後まであんまり良い結果出なくてさ。

 最後の三学期なんか追い込みのために卒業に必要な日数出たら通学すんのも勿体無くて、ずっと勉強してたね。」

 

 私のそんな言葉に、詞島さんは手を口にあて、本当にびっくりした表情をしていた。

 後日聞いた話だと卒業までの日数を稼いだあとは中学校には行かなかったってあたりでシンパシーを感じたということだったが、その当時の私には学校をサボって勉強していたということに驚いたのか、と、詞島さんを驚かせられたことにちょっと気持ちよくなっていた。

 

「行けるわけないとか、もっと目標下げれば良いだろうとか学校の先生も同級生も言っててさ、正直意地だったよねもう。

 最初なんかわかんないところわかるためっていうよりわかんないところ見つけるために勉強して、小学校の教科書まで引っ張り出してさ。

 きつかったなぁ。」

 

 気がつけば、前に詞島さんがいることも忘れて、私は自分の苦労を話していた。

 学校は出席して教科書を写したような課題を出していれば十分な評価点が得られてたから、正直にいうと中学校内では勉強で苦労したようなこともなかった。

 模試だって全国レベルと比較する必要なんかないって言われてたから、悪い点でも最初は気にしなかった。

 二年前半の終わり、テストも問題なく終了したことを父に報告したところ、勉強もしてるように見えないのになかなか良い成績だな、と褒めてもらった。

 

「でさ、父さんが言ったの。

 『二年にもなったんだから、テスト難しかったんじゃないのか。』

 って。

 で、私は

 『そこまでじゃないよ、試験内容はほとんど言われてる所だし、教科書まんまだもん』

 って応えたの。」

 

 その時の父の表情はよく覚えている。

 いつものぼーっとした表情で、困り顔なんてちょっと眉を寄せるくらいしかしたことがなかった父の眉間に、見たこともない深いしわができていた。

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