10 誉められた
元との映画、その後から始まったもう一歩踏み込んだ形の付き合いは、俺の交友範囲を少し広めることとなった。
廊下で大木さんと詞島さんに声をかけられ、それを見ていた二人のクラスメイトの男子との接点となる。
気づけば挨拶をするようになり、それなりに話すようになる。
別の運動部に所属するやつと話すようになれば、またそこから先輩だとか知り合いに紹介してもらい、顔をつなげた。
別にどこかに遊びに行くとか、趣味を共有するとかではなく、とりあえず知っているやつが増えていく、という感じだった。
声をかける、声をかけられる。
その範囲の広さは、俺にとっては安心できる範囲なのだ。
そうやって知り合いの範囲を広げるも実際に遊ぶ相手はあまり変わらずに、俺は古賀や元、部活仲間を誘っては男子高校生らしい、無駄の多い楽しい時間を過ごしていた。
そしてそんな空間が少しづつ変化をし始めたのは、季節が夏になり始めた頃のことだった。
「俺にも、彼女ができた。」
「おぉ、おめでとう。」
古賀からの突然のカミングアウトに、ホットドッグをかじる俺の動きが止まった。
サラリとおめでとうと返す元は普通に弁当を食べているのが少し悔しい。
「いやいや、なんか聞けよ。
どこの子? とか、告白されたの? とか、胸大きいの? とかよぉ。」
「あはは、ごめん。
彼女できた宣言ってされ慣れてなくて、なんて返したらよかったのかわかんなかったから。」
「ん、そうか、確かにな。
経験だけはありそうなシュウが固まってるのはよくわからんが。」
「そんな風にあっさり肯定するのって、シュウと俺にとって割とひどいこと言ってない?」
途中まで噛んでいたパンとソーセージを噛み切り、咀嚼する。
ふと思い浮かんだのは、小学校の図書館で読んだ三國志のとある場面、三兄弟が誓いを交わす場面だった。
「それで、その彼女さんって誰か聞いても大丈夫?」
「おぉ! 実は話したくて仕方がなかったんだけどよぉ、バイト先の佐藤先輩なんだよ!」
話したくて仕方ない、というのは確かに、体全体から見てとれる。
バイト先の先輩、というのは聞いたことがある気がして、脳内から情報を絞り出した。
家庭科のマンドリル(本名:聖道院陽道)のネクタイバリエーションと同じくらいどうでもいい記憶野に押し込んでいたはずなので、思い出すのに少々時間がかかった。
何度かクラスで話すうちにバイトのことを話してもらうようになり、その際に話に出てきていたはずだ。
確か三年の先輩で二年生のとある男子の争奪戦に参加していたはずなのだが、当の男子が血のつながっていない叔母と付き合い始めたとかで告白とかの前に関係が消滅したはずだ。
割とグダグダと色々あって、しかも争奪戦自体は一年の頃から発生していた、と知り合いのサッカー部のやつが先輩から聞いたというのを又聞きしていたのを思い出す。
「あぁ、バイトの時の話によく出てた人だよね。」
「そう!なんか最近沈んでることが多くてさ、なんとかしてやりてえなぁって思ってバイトのシフトとかできるだけ合わせてバイト後にも話とか聞いてさ!
スッゲェ頑張って何回もアプローチかけたら最近態度も柔らかくなって、ついに昨日!付き合ってくださいっつったらOKもらえたんだよ!」
興奮しているのか、強い口調と段々大きくなる声で話す古賀。
バイトに入った時から一目惚れしていた、と本人が言っていたくらいだから、やはり来るものがあるのだろう。
うひひ、とだらしなく口の形を笑みに変えながら嬉しそうに俺と元にメッセージアプリの画面を見せてきた。
どこに遊びに行こう、どんなことをしたい、趣味は、好きなものは、そんなたわいない会話でも、古賀にとっては初めての彼女とする大切なコミュニケーションということなんだろう。
ぐいぐいと相手の範囲に踏み込む古賀と、上手くいなして話を続ける佐藤先輩のやりとりに少々羨ましさを感じるのは仕方がないことだ。
だがまぁ、古賀はいいやつだ。
面と向かっては言えないが、正直古賀に彼女ができたことを、俺は嫉妬以上に喜んでいる。
「んで、デートは?」
「今週の土曜!
なぁなぁ、ゴムって必要かな!?
装着の練習しといた方がいいか!?」
「いきなりそれはどうなんだろうかと思うよ。
いや、ある意味キッパリしすぎてて男らしいけどさ。」
憧れの先輩相手のデート、その二言目には下半身の話。
実に高校生男子らしい話だと心の中で元の忠告に大きく頷いた。
「コースとか決めてるの?」
「おう!前に先輩が好きだって言ってた画家の展示が三駅くらい行った美術館であるらしくて、そこに行こうかって誘おうと思うんだ。」
「ほぉ、なかなか洒落てんじゃん。らしくねえ。」
「はっはっは、なんたって俺、彼女いない歴0年だからねぇ。童貞の坊やとは違うんだよ。」
「お前もまだ童貞だろ。」
「おいおい、破棄予定の俺と、未だ道中程迄も不至のお前を一緒にすんなよ?
なぁ、元先輩?」
「いや、俺も童貞だし。」
仲良さげに元の肩に手を回す古賀だったが、元の言葉にピタリと動作を止め、わざとらしく額に指を当ててため息を吐いた。
かっこいいため息の吐き方とか練習していたのだろうか、微妙に動作にキレがある。
「そっか、すまんなお前ら。
俺一人、大人になってくる。
俺、待ってるからよ、お前らもさっさと登ってこいよ、俺のステージへ。」
いい感じのドヤ顔を晒す古賀。
怒りよりも何故か滑稽さの方を感じてしまう。
「まぁ、頑張れよ雪之佐。」
「経験値を積んでないまま次のステージ行ったらすぐ落ちそうだけど、頑張ってね雪之佐。」
「名前で呼ぶなぁ!」
元を名前で呼ぶのに、いまだに苗字で呼ばれることにこだわる古賀をいじってちょっとだけイラッとした憂さを晴らす。
漢字でも古風すぎて本人は嫌らしい上に、さらにあだ名としてもユキ、もしくはスケという微妙な感じに雰囲気に合わないものになるため、本人としては苗字呼びの方が遥かにマシということらしい。
「はっ、いいよいいよ。せいぜいからかって溜飲下げてな。
どんだけ女体が素晴らしいか、後で聞いて悔しさで歯ぁ食い縛れや!」
食べていたパンのゴミを紙パックに詰め、席を立つ古賀。
泣くんなら体育館裏は今日は賭場が立ってるから使えないぞ、と言ってやると小便だよ、とがなり返してくる。
ついつい反応が面白くていじってしまったが、まぁこれぐらいは愛嬌だろう。
元の方を見ると、あちらも苦笑していた。
「帰ってきたらちょっと謝って、美術館の割引情報でも教えてあげようか。」
「おぉ、そうなぁ。
しかし、あいつに彼女かぁ。」
「焦る?」
「んーむ、どうだろう。
なんか、それより良かったなって思っちまった。」
「確かに。
バイトの話するたびに先輩さんのことを話してたからね。」
クラスに靡く余地のある女がいないから、というのもあるかもしれないが。
それでも一途に先輩への憧れを語る姿に対して報われてほしい、と思ったのは間違いない。
「これであいつに本格的に恋人ができたんだから、そりゃあ羨ましく思うべきなんだろうけどさ。
まぁ、今はなんか、良かったなってさ。」
食べかけだったパンの残り半分を口に無理やり突っ込み、ジュースで流し込む。
何となく、元の眼差しが優しかったような気がして恥ずかしかった。
「何だよ。」
「いやいや、シュウもいい男だと思うよ?俺は、うん。」
「るっさい。」
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