17 やめたれとおもった

「あ、空いてるね、よかった。」

「そうだな、この路線にこの時間で乗るの初めてだけど、人いないな。」

 

 大木さんが入り口近くの席に座り、カバンを膝に置くと俺もその隣に座る。

 反対側にはまだ誰も座っていないので少しだけ隙間を開けさせてもらう。

 それでも腰のあたりは何となく体温を感じたようで、暖かさを感じてしまう。

 

「それで、俺はそのメンバーの人相手に何か買えばいいのか?」

「うん。ファンクラブの会員証見せると、その名前でサイン入れてくれるんだって。」

「思い切ったな。聞いた感じコミュ障なメンバーにしか思えないんだけど。」

「マネさんが四対一でメンバー相手にゲームで勝っちゃったからねぇ。」

「なるほど。」

 

 随分と面白い関係をしているようだ。

 ライブをやらせるのも社会復帰の勉強売り子をやらせるのも、全部マネージャーさんの腕のおかげってわけか。

 こういう逸話というかバックストーリーがあると、急に親近感が湧いてしまう。


「ちょっと興味湧いてきたかも。大木さんそいつらのアカウントフォローしてる?」

「勿論だよ。ちょっとまってね。」

 

 シリコン製のバンパーを着けた大木さんのスマホには皹の一つも無い。

 やっぱり女の子はものを大事にしてるんだろうか、などと思っていると俺のスマホの方に通知が来た。

 ゲーム用ということでお互いに交換していたアカウントではないアカウントからの連絡は桃より、という言葉がなければ即ブロックしていただろう。

 

「別アカ?」

「うん、フォロワー十人以上のアカウントはフォロー禁止って言われてるから専用のアカなんだ。」

「徹底しすぎてて心配になってくるな。」

 

 勿論、俺もフォロー禁止だが、見るだけなら許してくれるだろう。

 開いたアカウントのホーム画面はぱっと見バンドの公式アカウントには思えないほどの雑なものだった。

 初期設定のアイコンに、よくわからない風景のバナー。

 なるほど、無名なわけだと思わされた。

 H.K.morlie。ポツンと書かれたバンド名にクスリと笑うと大木さんも俺のスマホ画面を覗き込んで笑う。

 

「すごいっしょ。」

「あぁ、すごいな。」

 

 適当に追うだけで、割と頻繁にメッセージが書かれている。

 (マネ)と書かれているのが話題のマネージャーさんの書き込みだろうか。

 動画もいくらか上がっているが、雑なサムネにも関わらず再生回数が結構いい感じである。

 これはいい暇つぶしを見つけられた、そう思っていると俺の視界に白いものが写った。

 

「ん?」

「ん。」

 

 大木さんから差し出されたのはイヤホン、か。

 押し付けられたそれを持つと、大木さんは俺に渡した方ではない方を耳に入れた。

 

「ん!」

「ん。」

 

 とりあえず勧められるままに耳に入れる。

 こういうの、大木さんは大丈夫な人なんだろうか。

 いや、俺的には男友達とのやりとりは普通にするし、元がウェットティッシュで拭いて返してくるのを見てからは俺も拭いて返すくらいにはなったが、それにしても男女でこういうのは、もう結婚じゃないか?

 まさか、俺に一目惚れを? なんて俺の中の都合のいいことを考える部分が湧き立つ。


 スマホで音楽を選ぶ大木さんの姿に少し心拍数が上がる。

 こういうこと、誰にでもするのかな、そういった感じのことを聞こうと口を開けた瞬間、イヤホンから聞こえてきたのはギターの音。

 続いて声と、ドラム。

 キーボードとベースはドラムとギターの見せ場が終わってからの合流、フォーピースのバンドなのか、と自分のスマホでチラリとアカウントを見る。

 そのまま一曲、最後のシャウトと叩きつけるような四つの楽器の音の締めを聴き終える。

 口元に手をやり、少し考える姿勢になってしまう。

 そのまましばらくぼうっとしていて、ふと視線を感じれば隣の大木さんが俺を見上げていた。

 

「どうよ?」

 

 にか、とか。にぱ、とかの擬音が似合いそうな邪気のない子供のような笑顔。

 部活で時折見るようなその笑顔に、こちらも意識せずに笑みを返してしまう。

 

「やられました。」

「やりぃ。」

 

 ぷらぷらと足を揺らす姿に、頬が緩んでしまう。

 それと共に、満足感、満腹感のようなものが胸に湧く。

 一言で言えば、ハマった、というやつだろう。

 

「筒井君には合った?」

「あぁ、ズドンと来た感じ。今大木さんにすっげえ感謝してる。」

 

 いえーい、と親指を立てる相手に、俺も同じ動作を返す。

 

「でもよかったぁ。これでクソみてえなバンドだな、とか言われたらどこの焼肉奢ってご機嫌取らなきゃいけないか迷っちゃうところだったよ。」

「肉って、女の子に奢られるのはちょっとその、男として考えるぞ。」

「あ、そうなんだ。うちのクラスの子なんか同伴で焼肉食べさせるのが幸せとか言ってたけど。」

「よし、その話そこまで。」

 

 業が深すぎる。というか聞きたくない。

 以前の執事喫茶の云々の子だろうか。

 あぁ、いやいやこういうのはそもそも考えるのも良くない。

 

「あんまりうまいバンドじゃないでしょ? 結構酷評されてるんだよね。」

「あぁ、まぁ確かにそれは感じたわ。」

 

 音のブレ、入りのミス。

 打ち込み系の完璧な伴奏を聴き慣れていると気になる部分は多々あった。

 けれど、それを吹き飛ばすほどの圧を俺は感じた。

 大木さんもきっとそうなんだろう。

 

「俺も興味出てきたわ。今日の物販ってCDとかも売ってる?」

「うーん、多分無いかなぁ。ほんとに出始めの頃は通販の形で売ってたけど、今はもうもっぱらダウンロードだねー。

 あ、でも購入カードは売ってたはずだから、それにサイン書いてもらえるかもよ。」

「おぉ、もしそうだったら嬉しいね。」

 

 大木さんの名前で何かにサインしてもらい、ついでに俺も書いてもらえれば、そんなふうに話していると気づけば電車は目的地へ到着。

 立ち上がる大木さんの後ろに着く形で俺も席を立った。

 

「大木さんはこういうの、どこから情報取ってくるんだ?」

「やっぱしネットだよねー。最近はどこもかしこも発信はできるからチラ見するだけで大変大変。

 筒井君がクソ映画発掘するようなものかなぁ?」

「いや、あれはもうごうだから。」

「深刻ぅ。」

 

 入る時と同じように、横に並んで改札を出る。

 駅を出る人は少ない。

 人気のバンドのライブともなれば駅からすでに熱が感じられるのだろうが、やはりインディーズとメジャーの間をぷかぷか浮かんでいるようなバンド、街の空気を変えるには至らないようだ。

 とはいえ、大木さんがすれ違う人の何人かと頷きを交わすだけの挨拶をしているところを見ると、同じライブに行く人がそれなりにはいるのだろう。

 

「普通に挨拶したら?」

「いや、こう声を掛け合うとモーリーのヘッズとして陽成分が多すぎるというか。」

「徹底してんなぁ。つか、大木さんも俺からすればかなり陽なんだけど。」

「え、そう?いやーそっかそっか、私も色々あったからなぁ。クラスメイトたちから陽分ようぶん接種しちゃったかなぁ?うへへ。」

 

 いやー、溢れる魅力かぁ、とか言いながら帽子に手を置き、クネクネと体をよじる大木さん。何というか、明るいんだが陽キャとは違う気もするし、陽のオタクとも少し違う。そうのオタクというのが一番近いか。

 女の子じゃなかったら殴ってるか帰ってるな。

 

「まぁ大木さんの付き合いはいいや、俺の勘違いみたいだし。それより道だけど、さっきの人たちが歩いて行った方でいいの?」

「え? 勘違いって言った? あ、えとね、あの人たちは別の聖地場所に向かってから行くはずだから、こっちの道から行った先のバスで行くの。」

「へぇ、バスなんて出てるんだ。」

「うん、シャトルバスで地図アプリにも載ってなくてね。原地民さんのおかげだね。」

 

 大木さんに半歩先を歩いてもらい、案内を受けながら道を歩く。

 少しばかり空は雲が多く、風もあるおかげで汗をあまりかくことなく歩けるのは助かる。

 話は弾む。

 授業の話、番組の話、部活の話。

 生活圏も棲息圏も違う俺と大木さんだ、お互いの日常を話すだけでも知らないことの宝庫で、共通の友人である元と詞島さんの話も混ぜれば話題に困ることはなかった。

 話の途中、車椅子でバスに乗ろうとしている人の手伝いをしだした大木さんを手伝う形になった以外は普通にお互いの話を続けていた。

 そして、コミュニティシャトルバスの運転手に運賃はいいよ、と言われて良い気分でバスを降りた先、公民館の一角に手書きののぼりが上がっていた。

 

 やっと部屋から出てきてくれたんだね、私たち嬉しいよ

                           ファン一同

 

 やめてやれよ。

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