18 18:52 奥まった部屋の前


 廊下を女四人で連れ立って歩く。

 その際、二対二で前後に別れ、正方形の形で廊下を進む。

 こうしても狭さを感じないあたり、やはりこの家はおかしい。

 通路部分だけで私の家何個分あるんだろう。

 

「そう、お手伝いを。」

「うん、桃ちゃんやっぱり器用でね、うちみたいなキッチンは初めてだったみたいだけど、色々手伝ってくれたんだ。」

 

 ね、と私に同意を求めるルカ。

 胸を張るのも恥ずかしいし、かといって謙遜すると余計褒めそうで。

 結局曖昧に肯定することしかできなかったが、そんな私を清子さんと奏恵さんは嬉しそうに見ている。

 

「本当に良い子なんだね、桃ちゃん。

 ルカって結構大変でしょ?

 変なところで頑固だったり諦め早かったり。」

「い、いえいえ。

 もういっつも助かってて。」

 

 家ではそうなんだ。

 よそ行きの仮面を剥ぎ取りきれていないことに、ちょっと悔しさが出てくる。

 厨房の扉を通りすぎ、いくつかの襖を越える。

 と、清子さんが私に声をかけてきた。

 

「あぁ、大木さん、ここが私の部屋なの、ありがとう。」


 そう言うと、清子さんは私が持っていたストールを受け取った。

 正直、軽いし肌触りはいいしでもう少し持ってていたいぐらいだったが、何とか渡す。

 その際、頭を撫でられた。

 

「ありがとう、もしもう少しお時間あれば、厨房の方で待っててもらえるかしら。

 私も少しはルカの作った麻婆食べたいしね。」

 

 私の顔を覗き込み、ウインクしながら、ちゃめっ気たっぷりに話しかけてくる。

 その笑顔に釣られて、私の顔も笑ってしまう。

 はい、と答えると清子さんは襖をあけ、部屋に入った。

 

「ルカ、それじゃあ手配と桃ちゃんのお相手、お願いね。」

「うん。」

 

 そう言い、奏恵さんはルカからバッグを受け取ると清子さんの入った襖とは別の襖を開け、部屋に入った。

 入り側にニコッと笑われて手を振られる。

 やっぱりかわいいんだよなぁ。

 

「それじゃぁ、戻って準備してましょうか。」

「あ、うん。」

「元気でしょ? 二人とも。」

 

 いなくなった瞬間に話題にする女子仕草である。

 まぁ楽しいけどさ。

 しかし、友達の親について話すってのも何だかなぁ。

 あ、いやそういえばこの前ルカがうちのお母さまから私がブルーハワイが嫌いだって聞いてたっけ。

 一体どんな話の流れでそうなったんだ。

 

「すごいね、こう見た目で元気ってわかるんじゃなくて、話してると透けて見えるエネルギーに圧されちゃうって言うか。」

「んふっ、透け、んふふ。」

 

 私の言い方がツボに入ったのか、ルカは口を押さえて肩を揺らしている。

 抑えようとしても少しだけ漏れる声が可愛くて、こちらも笑顔になる。

 そのまま厨房のあったリビングに入ると、そこでは小さなテーブルを出し、山上君と透さんがカードゲームをしていた。

 おいおい、徹さんもプレイヤーかよ。

 線の細い耽美系イケメンふわふわお兄さんがカードゲームとか、オタ女子が知ったら血の涙で失血死するぞ。

 

「で、これキャストしますけど何かありますか。」

「ありません。」

「こっちの影響で即効ついてるので効果使います。」

「はいじゃあそこでこっちの妨害打ちます。

 コストは代用で手札二枚落とします。」

「はい割られました。」

 

 なんかお互い敬語使ってるのがウケる。

 食事したテーブルから離れたそこでは見た目と素人からは何もわからないけど高度なやり取りが進んでるんだろう。

 ちなみに私がやったことあるカードゲームはソシャゲ関係のものなので、紙のカードはよくわからない。

 つまり、今何してるのかもわからない。

 そんな二人を見て微笑むルカの後ろをついて調理場に入り、小分けにされた先ほどの夜食をレンジで温める準備をする。

 洗い台の方には既に何もなくなっていて、食べ終わった食器類は山上君達が洗ってくれていたのだろうか。

 

「山上君ってお父さんと仲良いね。」

「えぇ、ずっと一緒にいますから。

 お父さんは息子で弟みたいなもんだって酔ったら良く話してますよ。」

「娘の彼氏と仲がいいお父さんかぁ。

 うーん。」

「何か、ありました?」

「いや、家庭板常駐者としては、そんなファンタジーな存在がいることがちょっと脳が受け付けなくて。」

 

 家庭マウント取って逆襲とか、収入マウント取って破談とか。

 色々ありそうなもんだけど、仲良くやってるのがちょっと世界が山上君に優しすぎないか。

 

「そう、ですね。

 そうなってたかも、しれないですよね。」

 

 はっきりと失礼なことを考えている私の耳に響くルカの声がちょっといつものと違ってて、弾かれるようにそちらを向いた。

 いつもより少しだけ細められた目。

 今のここではなく、昔を思い出すような目。

 口の形はいつもの微笑みだけど、目の色と眉の形が少しだけ悲しそうだ。

 それが、私の心に焦りのような感情を生んだ。

 かけらとはいえ、洒落やギャグなどのわざとらしくはない悲しそうなルカ。

 ぞくりと暗い快感が背中に走るのと同時に、申し訳なさが湧いてきた。

 そんなルカに声をかけようとした時、ちょうど声がした。

 

「ただいまー!」

 

 奏恵さんの声だ。

 つい入口の方に目が向く。

 部屋着に着替えた奏恵さんは日本人形から子供用ブランドのマネキンに変身したように私には見えた。

 続いて入ってきた清子さんも割烹着に着替えていて、老婦人からお母様になったような感じだ。

 語彙が少ないってキッツイな。

 そんな二人に目が向けられてしまったことに気づき、改めてルカを見る。

 既にルカは私に背をむけ、レンジに小皿を入れてあたためを開始していた。

 あぁ、タイミング逃したな。

 そう思い、軽く唇の内側を噛む。

 

「お帰り、二人とも。」

「清ばーちゃん、奏恵さんお帰りなさい。」

 

 敬語全開でイメージバトルしていた二人が、部屋に入ってきた女性二人を迎える。

 なるほど、山上君は二人をそう呼ぶのね。

 アラームが鳴り、温め終了を告げたレンジから皿を出すとルカが小さじで掬い、味見をする。

 じっとしていた私の視線に気付いたのか、困ったように笑うルカがもう片方の小皿から一掬い、豆腐の乗った麻婆を私に向けた。

 あ、食べたいと思われてたのか。

 そんなおもしろキャラクターだと思われていたことにちょっとした不満を持ちながら、差し出された小さじに食いつく。

 うん、とうふも中まで温かい。

 変に水気が抜けてないあたり、やっぱり良いレンジは良いんだな。

 ん?

 あれ?

 私、今・・・

 

「あれ?

 私の食べた所は大丈夫でしたけど、桃ちゃんの食べたところは何か変な感じありました?」

「いやいやいや、全然大丈夫すっげえ美味い。

 ずっと味噌汁作ってほしいくらい。」

「何ですか、そのわざとらしい早口。」

 

 ふぅ、と息を吐くルカ。

 仕方ないだろ、今脳内は間接、その、アレで一杯一杯だったんだから。

 ちくしょう、私の情緒を甘寧(横山版)の如くブンブン振り回しやがって。

 

「はい、桃ちゃん持ってってくださいね。

 私は杏仁豆腐よそってきますから。」

 

 お盆の上には、気づけば白米以外の今日の夕食に湯呑みに汲まれたお茶が綺麗に並べられていて、加熱された麻婆が空いた場所に乗せられる。

 お腹いっぱいになったはずなのに、この匂いでまだ入る気がしてくるのが不思議だ。

 トレイを持ち、食卓に向かう。

 二人は並んで座っていて、手帳を広げて話し込んでいた。

 挟まれたチェキとか見るに、ヅカの人たちの話だろうか。

 

「お待たせしました。」

「あら、大木ちゃんありがとう。」

 

 ニコニコとお礼を言う奏恵さんと、微笑んで会釈してくる清子さん。

 給仕が楽しい人の気持ちってこう言うことだろうか。

 正直並べ方なんかわからない私なので後から考えるとちょっと配置がおかしかったりするが、それでも気にせず二人は私が並べ終わるとありがとうと言ってくれた。

 その感謝の言葉から流れるように向かいの席をすすめられ、席につく。

 美味しそうに食べる奏恵さんはルカにそっくりで、噛み締めるようにゆっくりと上品に食べる清子さんは時折目が合うとにっこりと微笑んでくれる。

 

「お茶のおかわりと、甘いのも持ってきたよー。」

 

 そう言い、ルカがテーブルに杏仁豆腐のガラス鉢と急須を持ってきた。

 一回り小さなお盆がテーブルに置かれ、ルカが隣に座る。

 大きなテーブルを女四人で使い、小さめなテーブルに肩幅大きめな男が押し込められるこの構図がちょっとおもろい。

 

「それで、どうだったの?」

「うーん、やっぱり前年の子達がしっかりしすぎてたのは痛いねー。

 後輩の子を気にしすぎてるのが演技に出てた。

 誰が付き人かわかっちゃうくらいには目線が露骨でね。」

 

 ルカの一言に、奏恵さんが待ってましたと語り始める。

 今日見た舞台の演技の話というより、舞台から感じられた運営とその裏の人間関係までつらつらと並び立てられると、ちょっとヒく。

 とはいえ、好きなものに関することなら少しでも感じたいのが普通だろう、とすればこれはまだ普通か。

 うん、普通だな。

 私だって編集者と仲良くないんだなとか、アニメスタッフ限界だなとか話してたりするし。

 

「やっぱり新人公演なだけあって、そのあたりはちょっと及んでないところあったね。

 叱られたんじゃないだろうけど後半出てきた時には演技は充分なんだけど、微かに覇気が翳っててね。」

 

 いや、おかしいわ。

 何だよ覇気って。

 そのままあそこはいい、ここはダメと奏恵さんが主体で今日の観劇に感じたものを話してくれた。

 

「それで、お祖母ちゃんはどうだった?」

 

 思いっきり語って満足したのか、いつの間にかカラになっていた小皿の群れを前にお茶を飲む奏恵さんから、ルカは清子さんに水を向けた。

 

「そうねぇ、これからが楽しみ、かしら。」

 

 薄く微笑み、思い出すようにしっかりと答える清子さん。

 あぁ、大人だなぁ。

 脳内で昔見た任侠ものに出てきた女将さんの豪華な着物を重ねる。

 不思議としっくりきた。

 

「まぁ、それより大木さんよ。

 今日いきなりルカが誘ったって言ってたけど、ご迷惑じゃなかったかしら?」

 

 いきなり話の矢印が向けられ、ちょっと驚く。

 ルカと奏恵さんの目線もこちらに向き、顔面がいい三人の女に見られる。

 若いの、幼いの、渋いの。

 おいおいよりどりみどりかよ。

 そして我関せずの男二人、ちょっとは私に興味をもて。

 

「そんな、迷惑だなんてそんなのないです、はいほんと。

 ルカに誘われて、もう直ぐに行くって私から言っちゃったくらいではい。」

 

 うへへ、と何が面白いわけでもないのに笑いながら言ってしまう。

 緊張かな?

 

「そう、よかったわ。

 この子、あんまり友達居なかったもんだから距離の詰め方ミスってないか不安だったのよ。」

 

 ねぇ、と清子さんがルカに問いかけると、ルカは両手で湯呑みを胸の前でもち、くるくると回しながら何ともいえず、曖昧に笑みを返す。

 そんなルカに奏恵さんが良かったね、と言うとルカはうん、と嬉しそうに返した。

 あぁ、ほっこりする。

 しかし、こんな子に友達がいなかった、か。

 一体どんな修羅の国を歩いてきたんだか。

 ルカが自分をあまり好かれると思っていなかったのも、きっと何かあったんだろうか。

 聞きたいな、そう思う。

 私は、初めて会ったルカに今の自分の出発点の話をした。

 あの日、抱きしめられながら語った言葉は自然と口から出てきて、ルカに受け止めてもらった。

 別に辛い話でも、悲しい話でもない。

 それでも、何となく誰にでも話すものではないと思う。

 あんなに泣くような話でもなかっただろう。

 それでも、ルカに話して聞いてもらって、認めてもらったような気がしてつい涙が出てしまっていた。

 あんなに恥ずかしいことはないし、あの日の朝ほどスッキリしたこともなかった。

 誰にもいえなかった頑張りが、父の言葉は認められた気がして。

 それを返してあげたい、心からそう思う。

 山上君がいる、その役目が彼のものだとしても少しくらいは。

 ルカを見る。

 いつもの笑顔、ほんの少しの困り顔。

 ちょっとした意地悪をしたり、無茶振りをした時の顔だ。

 うん、決めた。


「大丈夫です!

 もうほんとルカのおかげで楽しんでますから!」

 

 話してもらおうと、そう決めた。

 全部じゃなくて、断片的でいい。

 少しぐらいは聞いておきたい。

 きっと山上君には話せない部分もあるだろうし、その部分を補うくらいでいい。

 ただし、今じゃない。

 私がしてもらったように、二人の時に。

 あの時みたいに、くだらない話を混ぜ込みながら、どうでもいいことのように普通に話してしまおう。

 そう決めると、不思議と楽しくなってきた。

 テーブル向かいに座る二人に、精一杯の笑顔を向ける。

 ちょっとだけ、二人に胸を張れる気がした。

 そんな私の雰囲気を感じたのか、奏恵さんと清子さんは暖かな微笑みを浮かべ、そう、と嬉しそうに言ってくれたのだった。

 

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