14 おさそいされた
その日、予定を入れていなかったのは本当にただの偶然だった。
日曜に遊びに行く予定を入れていたため、前日である土曜はゆっくりと過ごそう、金銭の浪費を抑えようと決めていた。
故に、のんびりとした起床時間、部活もない土曜の朝を二度寝しながら堪能していて、寝ぼけながらでも電話をとれたのは本当に運が良かったのだと自分でも思う。
六時に一度起き、水を飲んで二度寝する。
世界で一番贅沢に時間を使っている気すらした。
そんなまどろみと浅い眠りを行き来する、たまにやるには最高な状態を味わっていたところ、スマホが鳴った。
鳴った音声はデフォルトの物で、それに対して左目だけを嫌々開けた。
音声でわかる古賀や部活関係の物だったら放置していただろうが、着信音はそうではないことを伝えてくるので、本当に渋々だ。
どっかの詐欺メールか、なんてことも寝起きの脳味噌は考えることができず、とりあえず半分だけの視界でスマホを見た。
『筒井君、起きてる!? 起きてたら返信して!』
スワイプでロックを開けた画面では通話ツールが開き、文字と左右に揺れる記号、焦る顔のアニメスタンプが表示されていた。
その時のぼうっとする俺の頭では、読んだ日本語を自分に対する意味ある言葉と認識できなかったようで視線は発言者の顔アイコンに向かった。
ソシャゲの、なんだったか、ヤンキー口調が女に受けているらしいキャラクターの絵のアイコンからこんなに女の子らしい言葉が発言されているのが面白くて、吹き出した後に電源を押して画面を閉じた。
動画で軽く見たけど、あのマイルドヤンキーキャラがあんな口調かよ、大木さんもう少しアイコン選んだ方がいいんじゃねえの、なんて考えながらそのまま眠りそうになって、大木さんからの連絡だと言うことを睡眠の淵で認識すると即座に跳ね起きた。
勢いよく跳ね起きたため、上体を起こす前に勢いよく伸ばした足が二段ベッドの天井にぶち当たり、無遠慮な音を立てると同時に眠気を貫通した痛みを伝えてくる。
痛さの発生個所的には親指の付け根辺り、爪が痛くないのはまだましかもしれないけれど、そもそも痛い時点で幸いでも何でもない。
ジンジンと痛む足を声にならない声を漏らしながらゆっくりと折り畳み、ベッドの上で正座する形でじんわりと涙を浮かべながら改めて布団の上にスマホを置き、一呼吸したのちにしっかりと覗き見た。
間違いない、大木さんからの連絡、女の子からの連絡だ。
自分のスマホに返信でも業務連絡でもない女の子からの連絡がきている事実を何度か画面ロック、解除にアプリの再起動を重ねて確認。
夢でも妄想でもないことをしっかりと確認すると、急いで返信の言葉を書いた。
既読はついている、既読スルーするような人間だと思われてしまってはこれからの付き合いがなくなってしまうかもと言う焦りと、変なことは書けないというプレッシャーの板挟みで、必死に脳内で文章を組み上げて壊し、付けては消し、結局……
『おはよう、起きてるけどなんかあった?』
とだけ返した。
因みにこの文を送る前に二回ほど逡巡して送信ボタンを押すのにも数秒必要になっていた。
あの文でよかっただろうか、冷たくなかったか、いやむしろアイコンのキャラを推しにしてるんならもっと冷たく行くべきだったか。
枕元に並べられた季刊・モテ仕草万葉集春版に手を伸ばしそうになりながら、画面の動きをじっと見つめる。
大木さんのアイコンが書き込み中になったのを見て、ピクリと全体が反応してしまう。
ペンが動く編集中のアイコンを親の仇かというほどじっと睨む俺。
しばらくすると、ぽん、という音と共に吹き出しと文字が書かれた。
『ごめん、ちょっと付き合って欲しいんだ。』
喜んで。
そう書き込み欄に打ち込むのに三秒は要らなかった。
ただ、送信直前にまたも動きが止められる。
さっさと返信しようとする反射の肉体に対し、彼女いない歴イコール年齢の俺の脳が全力でストップをかけてくる。
そして、頭の中で声がした。
(あまりにも早い返信はキモがられないだろうか。)
そうかも、と思う一方でほかの声がまた聞こえてくる。
(いや、すでに編集しているのはあちらに気づかれている、ではさっさと返したほうが?
あんまり時間かけて短い返事も逡巡してるのが透けて見えてそれはそれでキモいよな?)
ぐるぐるぐるぐると思考が巡る。
『今日だったら予定ないけど、何かあった?』
結局脳内のモテ仙人達にアドバイスをもらいながら、無難な文で聞き返すことにした。
今送るべきか、もう少し待つか。そんな逡巡を繰り返しての適切と思われるタイミングでの返答だったが、アクションゲームでタイムアップ直前になってもここまでの焦りを感じたことはない気がする。
『あ、ごめんね。今日の話。』
『あのね、男の子限定の販売があるんだ。』
『お願い、一緒に購入付き合って欲しいの!』
ぽん、ぽん、ぽんと返信が帰ってくる。返信までの時間は早い、この早さなら俺も速攻で返してもよかったか? なんて考えるが、それよりも書かれた文字に思考のリソースが一気に割かれた。
心臓が早鳴る。
付き合って、とは。
いや、これは流石に買い物のことだよな? 前後の文章的に。
だとしても、これは、デートというやつでは?
つまり結果的に付き合って欲しいと言われているということでは?
少なくとも声をかけるに値すると思われているということだよな?
そう自問し、脳内の俺たちがつかみ合いの怒鳴り合いをする。
行け、行くな、違う、そうだ。
あまりの免疫の無さに自分の思考の気持ち悪さにも気付かず、俺はカッと見開いた目で正座したままスマホ画面を覗き込んでいた。
しばらくし、どちらにせよ俺が悪く思われてはいないだろうという結論に達する。
がん、と正座したまま膝を思いっきりベッドに叩きつけた。
もし床にでも座ってたら、一〇センチくらいは浮いたかもしれない。
嬉しさで叫びそうになるのを必死に抑える。
そして勝手にもちろん、と返信しそうになる右親指も左手で右手ごとベッドに押し付けて抑えた。
唇を引きしぼり、鼻だけでぜいぜいと呼吸をする。
見開いた目は充血し、視界が乾燥のせいで分泌された涙で潤んでくる。
我がことながら、キモすぎる。
しかしそんな風な自省をする余裕などかけらもない。
親指を握り込み、震える人差し指でフリック、慎重に文字を読み返しながら返信を打ち込んだ。
『オレでよければ』
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