13 友達になった

 ひとしきり一緒に遊んだ後、俺の中では駅、もしくは家まで送るのが当たり前だと思っていた。

 そんな俺に対する大木さんの思いもしなかった言葉に、つい疑問の声を出すが、疑問を持つことが大木さんにはおかしかったようで逆に俺の方を見られてしまった。


「駅までは送るつもりだったけど、いらなかった?」

「いいの?」


 モテる男になるためのバイブル、モテ仕草万葉集最新版に書かれていた内容によれば、告白されないような男は女には尽くしてやっとスタートラインとのことだったので駅まで荷物、ぬいぐるみ入りの袋を持つのが当たり前だと思ったのだが。

 どうやら大木さんにとっては当たり前ではなかったらしい。


「むしろないと思われてた方がびっくりだわ。

 大木さん、優しいな。」

「そんなことで優しい判定受ける方がびっくりだよ。

 筒井君こそどんな修羅の国で生きてきたの。」

「財布を巻き上げられることだけは何としても阻止したかった。」

「昨今のヤンキー漫画でもそうは行かんでしょ。

 知り合って間もない人間の財布を巻き上げるのは流石に無いよ。」

「そうなのか。俺の知ってる女性ってのは基本いくら奢られたかがステータスだったからそういうもんだと思ってた。」

「うーん、そういう子もいるかもだけど、私は流石に知り合いに必要以上のお金を出してもらうのは怖い、かな。」


 バーガーショップ前で話し続けるのも迷惑だろうと、途中から俺と大木さんは歩きながら話す。

 後半はお互いに距離感を保ちながらのボケ合戦、こういうのを男友達意外にできるとは思っていなかったが、実際にできる女友達がいるというのは至極楽しい。


「大木さんってやっぱりしっかりしてるんだな。

 ある程度は何かしてもらってもいいかなって感じになるもんじゃないの?」

「ん、確かにそんな気もするし、やってもらうんならいいかなって思ってた、けどねぇ。」


 クスっと笑い、言葉を少し切った。

 何かを思い出していたのだろうか。


「どうせなら、私は私がお願いする方がいい、って思うようになったんだ。」


 その言葉に、俺は困惑を覚えた。

 別に業務的な通達でもあるまいし、男女の話なんて察してナンボ。

 そう言うふうに俺は思っていたし、伝え聞く話や指南本でも『言葉の裏の意味を察して当たり前』という風な言葉は形を変えながらもしっかりと言われたり書かれたりしていた。


「私が言わなくてもわかってくれるってのは嬉しいかもしれないけど、それを押し付けるのは違うなぁって、ルカたちを見たら思ってさ。

 だから、私はもし筒井君に何かして欲しかったらお願いするから、そんな気にしなくていいよ?」


 ちょっと困ったように眉を寄せて俺に言う大木さんに、俺は素直に感心してしまった。

 そう言うことを言ってくれる女の子に会うことができて、しかもそれが高校に入って初めて仲良く喋れた子だとは。


「あぁ、わかった。

 流石に今回は穿ちすぎだったわな。」

「うん、でも、そういう気遣いはすごくいいと思うよ。

 やっぱり筒井君ってコミュニケーション能力高くない?」

「いやいや、高かったら大木さんの気質に合わせて最初に質問したよ。」

「あはは、確かにねえ。」


 駅までの道をのんびりと歩く。

 女の子との同道という特別イベントながら、無意味に固くなったり、恋愛に絡めて邪推親しせずに済んだのは大木さんの朗らかで近い距離感のおかげだろう。

 あとは、先日の元との距離感にもあったかもしれない。

 こんなにニコニコと微笑んでくれる女の子、俺のことを好きに違いないと以前の俺なら考え、緊張と逃してはなるものかという気負いでガチガチになっていたかもしれないが、元達と遊んだ時に把握した為人のおかげで意識しすぎないことができた。

 ボケる、突っ込む、ボケる、さらにボケられる、こっちが突っ込む。

 面白いほどに会話が弾む、と言うほどではないだろう、しかし痛い無言が二人の間に満ちることはなかった。

 気づけば駅前に到着、ロッカーの並ぶ通路で俺は足を止めた。


「それじゃ、俺はちょっと歩くから。

 大木さんは気をつけて。」

「うん、ありがと。」


 じゃあね、と手を振り、大木さんは自分よりも横幅のあるぬいぐるみを抱えながら改札を通り抜けた。

 何となくぼうっとその後ろ姿を眺めていたが、階段を登る前、大木さんはこちらを振り返って人差し指と中指をくっつけてハンドサインを俺に飛ばしてきた。

 その姿におかしさを感じながら、軽く頷くと改札を離れる。

 特に用事はないが、折角の休みなのだ。

 駅前の花壇のあたりに置かれているベンチに座り、ちょっとだけ道ゆく人を眺める。

 つるりとしたプラスチックの座面はあまり風情がない。そんなことを考えながら人を眺めていると何人かは知っている人間が通り、目が合えば会釈ぐらいはしてみた。

 あちらも用事があるようで、軽く挨拶を返すと目的地に向かってすぐに歩みを続けていく。

 ぼうっと道を眺めていると、スマホが震えた。

 一学年上の先輩からのメッセージ。

 フットサルの知り合いがメンバーを欲しがっているとのことだった。

 条件として提示された焼肉に釣られたのか、グループ内で挙手しているやつが二人。

 どうせやることもない、丁度いいと俺も参加を表明する。

 開始時間と場所から見ると、電車に乗らなくても行けて丁度いい。

 ベンチから立ち上がり、伸びをした。

 ちょっと雲がかかってるな、まあ雨までは行くまい。そんな風に考えながら俺は少し足速に目的地に向けて歩き出した。

 

 さて、そんなお誘いだが特に恙無く終了することになる。

 おっさん同士の意地の張り合いも時折肉が食えるんなら悪くない。

 そんな風に思いながら、肉の食い過ぎで重い胃をさすりながら家に帰り、ベッドに倒れ込んで靴下を放り出す。

 助っ人のおかげもあってか、幸い俺たちチームの勝ち。

 畑は違えど現役高校生舐めるな、と言ったところか。

 結局そのあと何試合かやらされてしまい、晩飯として連れていかれた焼肉食べ放題で食えるだけ食った結果、帰りは遅くなったと言うわけだ。

 ポケットからスマホを抜き出し、グループの部屋を覗く。

 発起人である先輩からはよくやった、けど食べ過ぎだとの言葉が入っていた。

 ごちでした、とだけ返し、閉じようとしたところメッセージが飛んできていたことに気づいた。

 一つの相手は古賀。

 開くと、どれだけ先輩が素晴らしい女性か、今回のデートが楽しかったかを長々と語ってきていた。

 メッセージ八個分に渡るそれに長い、と返してもう一つの新着をタップする。

 相手は大木さんだった。

 そういえば、この前交換したんだったか、と思い出す。

 大木さんの方のメッセージは古賀とは正反対で、「今日はありがとう」とだけ打たれ、部屋の棚なのか今日取ったぬいぐるみが他のぬいぐるみと一緒に棚に並べられている写真だった。

 それに何と返そうか、打っては消し、打っては消しを繰り返す。

 送信ボタンを押す直前に描き直しをする回数が四回を超えたあたりでもう何かを書くことを諦め、親指を立てる犬のスタンプでお茶を濁すことにした。

 返信はすぐにきた。

 猫が御礼を言うスタンプ。

 それを見ていると、自然と笑みが浮かんだ。

 天井から垂れる紐を引き、常夜灯になるまで蛍光灯のスイッチを入れる。

 服もそのままに、俺は目を閉じた。

 いい気分のまま、その土曜の俺は一日の幕を下ろす。

 ちなみに翌日の日曜、スマホに届いた古賀からの十通に及ぶメッセージに本格的にブロックするべきかと迷ってしまうことになるのだった。

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