63 分け合った

 神社の階段近くに戻り、人混みが視界に入ってくる頃になると元はルカに会ってくる、休憩所に集合しよう、と俺と別れた。

 一方的な言葉にあぁ、と答え、人混みに揉まれながら一人になれたことで、少しだけ思考が整理されていく。

 恥ずかしい、悔しい、色々な感情の波が過ぎ去っていった後に残ったのは、嬉しさだった。

 鼻歌でも歌いたくなるような、意味のわからない解放感と楽しさが胸の中に一つ残っている。

 人の流れの邪魔にならないように少し道をずれ、出店と出店の間に立つ。

 そういえば、カラオケボックスの時もこうやって人の流れを見ていたか、と思い返す。

 ただ、あの時よりも随分と人がよく見える。

 はしゃぐ子供、不機嫌そうな二人組、周りに気を遣いながらも固まって歩いてしまうグループの子達。

 ハレの日、と言ったか。確か倫理の授業だった気がする。

 日常とは一枚の仕切りを挟んだその日、昔はそれを楽しむために生きたという。

 今はもうそこまで重大でなくなったとしても、そうだ、楽しんでみることくらいはやってもいいはずだ。

 笑う顔の多い人の流れが、こちらの顔にも伝播する。

 しばらくその流れを見ていて、ふと左側に目をやれば浴衣姿の大木さんがいた。

 

「大木さん。」

「ねぇ、筒井君。あっちの椅子さ、とってもらってたんだ。

 座ろうよ。」

 

 大木さんの指し示したテントは、長テーブルとパイプ椅子の並べられた休憩用のテントだった。

 少し強引に言葉を被せられたが、特になにが言いたかったわけでもない。いやむしろ助かったと感じてしまう。

 

 

「筒井君、仲直りできた?」

 

 大木さんに気付いてからかけられた言葉に、少し驚いた。

 

「なんか、仲悪くなってる感じに見えた?」

 

 質問に質問で返すのはオタ気質のある大木さんにはちょっと無礼かな、なんて思ったが、つい質問で返してしまった。

 普通にしているつもりだったが、確かに色々と漏れていたかもしれない。

 調子が悪いだけじゃなく、こんな微妙な空気まで読まれていたとは。


「ううん、わかんなかった。

 でも、あんまいい感じじゃなかったから。」

「そっか。」

 

 よいしょ、と声をかけて大木さんが隣の椅子に座る。

 やっぱり小柄な子で、視線を下さなければ視界に入らないくらいだ。

 いつも元気よく動き、テンション高く話しかけてくれるおかげで気づかなかったが、やっぱり小さくて、可愛い。

 

「ごめんな。

 実はちょっと色々あって、色んな距離がわからなくなっちまったんだ。」

「ふーん。」

 

 視界の端で、ストローが揺れている。

 興味がないわけではないのだろう。

 意識がこっちに向いてるのは何となくわかる。

 手慰みにジュースを弄んでいるようだ。

 

「けど、大丈夫。

 大丈夫に、なった。」

 

 そっか。

 俺の言葉に、どこからか出した狐の面を被りながら大木さんはそう答えた。

 改めてしっかりと横を見れば、大木さんの小さな顔は狐面に覆い隠されているが、麺の横から見える耳は赤くなっていた。

 え?なんで?

 気持ち面の奥から聞こえる呼吸音も、少し鼻息が荒いように聞こえる。

 穴が空いてるように見えない面だから、呼吸がしづらいのだろうか。

 何となく次の句を継ぐのが難しくて、手元に置かれたままのたこ焼きに箸を伸ばす。

 放置され、温度が食べごろになったそれを口に含む。

 小麦粉のドロっとした感じ、舌で探さないとわからないくらいの小さなタコ。

 結局味がするのはソースだけ。

 そんな安っぽいたこ焼きが、舌の上でものすごく鮮明に味を伝えて来た。

 あぁ、そうだ。

 飯はやっぱり、楽しく食べないとダメだ。

 

「ごめんな、大木さんには弱音を聞いてもらって、」

「うーん、違うなぁ。」

「ん?」

 

 チッチッチ、と指を振られる。

 カッコつけての行動なのだろうが、その行動の端々に可愛らしさが見え隠れして、とても微笑ましい。

 木に掘られた狐の顔が、柔らかく微笑んでいるように見えた。

 

「謝られるより、感謝されたい。

 はい、ありがとう。」

 

 こっちを向く狐面。

 横からはみ出ている耳が赤い。

 

「ほら、ありがとう!」

「……どういたしまして?」

「違うだろ!」

 

 ぽすん、と脇腹に拳が当てられる。

 痛みはない。

 くすぐったさもない。

 ただ、当てられた拳からはじんわりと大木さんの体温が伝わってくる気がした。

 

「ありがとうございました。」

「ヨシ!」

 

 頷き、胸を張る大木さん。

 どこから出したのか割り箸をもち、カチカチと開閉を繰り返す。

 どう反応したものか、ちょっと困惑したが狐面の鼻の向きが俺のたこ焼きに向いているような気がしたので、パックを差し出す。

 大木さんは頷き、一つ箸で摘んだ。

 正解だったようだ。

   

「今の俺と元だと、どう見えるかな?」

「うーん、前とおんなじかな、と思ったんだけど。えっと、山上君いないから予想になるんだけどね。」

 

 狐の面が、俺をみる。

 白い木の面に赤い顔料と金の線、黒の線で描かれた狐の顔は何故か欠片も怖さを生まず、微笑ましさだけが湧いてきた。

 

「うん、やっぱり前よりいい感じ!」

「そっか、いい感じか。」

「うん、いい感じ。」


 俺の問い返しに対して面を横に外し、にっこりと。

 満面の笑顔を見せてくる大木さんのおかげで、俺の顔も緩んでしまう。

 ふん、と鼻から笑いの息を漏らすと大木さんはくひひ、と可愛らしく唇から笑いを漏らす。

 気づけば二人で笑いを堪えながら小さく笑い声を漏らすことになっていた。

 

「ただいまー。」

「別に待ってねえけどな。」

「え?」

「あ、ルカはいつだって歓迎だよ!?

 筒井君!」

「すんません詞島さん!

 足舐めましょうか!」

「ご褒美だよそれは!」

 

 瞬発力でとりあえず適当に話しを繋げる。

 こんな冗談を言う余裕もなくなっていたことに、我ながら驚いた。

 店で食べ物を買うたびにおまけをもらう詞島さんと大木さん。

 その二人のおこぼれに預かりながら、俺と元は二人の後をついて回った。

 久しぶりにやってみる水ヨーヨー釣りに型抜き。

 色々と小器用な詞島さんが次々とコツを掴む反面、金魚掬いなどのちょっとでも保持筋力が必要そうな店では大木さんがクッソポンコツになっていて、申し訳ないが笑ってしまった。

 

「それじゃ、そろそろ帰ろうか。」


 ひとしきり店を周り、食べるべきものを食べて。

 ブラブラと歩いて人混みから少し離れた広場で足をとめた俺たち四人が適当に話していると、元がそう言った。

 スマホを見れば、なるほど。夕飯を食べたと考えればちょうどいい時間で、今帰れば警官の補導攻勢にも晒されずに済むだろう。

 

「楽しかったね、桃ちゃん。」

「うん、すごい良かった。

 筒井君に山上君、改めてご馳走様。」

「いえいえ。」

「どういたしましてっす、な、元。」

「そーね、ヘラってたのを直してもらったんだからね。」


 さらっと毒を吐く元に、ちょっとイラついてローキックを見舞う、が、脛で受けられた。

 当たった脛が微妙にジクジク痛む。

 なんだこいつ、全体的に体が硬くて怖いんだけど。

 

「でも、金魚も持ってってもらっていいの?

 ついついとっちゃった私が言うことじゃないけど。」

「はい、今日の思い出にしたいんです。

 水槽なら、おばあちゃんがちょっと前に載せ替えた古いテラリウムの水槽があるんで、それを使わせてもらおうかなって。

 今度、見に来てくださいね。」

「うん、行く。

 筒井君も行く?」

「え、っと、はい。行けたら。」

「じゃあ予定入れるから、逃げないでね?」

 

 ニコニコとした大木さんからの言葉に、はい、と返した。

 グチグチと自分の中で考えをこねくり回すことなく、すごく自然に出て来た言葉は、なぜか心を軽くしてくれた。

 

「俺とルカは南口から行くけど、大木さんは第三駐車場の方が近いよね。」

「そだね。そっから行こっかなと思うんだけど。」

「あぁ、どうせなら大木さん一緒に行かないか?

 こっち来るときに俺バス乗ってさ。」

「え、本当?助かるぅ!

 少しは慣れたんだけど、やっぱり足袋ってちょっと疲れるんだよねぇ。」

 

 元達と来たせいか、反対側の駅からはちょっとだけ歩けばバスでも行けることを知らなかったようで大木さんは俺の肘の辺りをペシペシと叩いてくる。

 照れとか、ちょっとした怯えとか。きっと少し前なら感じていたはずの感情はわかず、褒められたことに対する嬉しさだけが素直に俺の中に生まれた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る