39 歌った
テンションを高く保つ、と言うのは体力がいることだと思う。
外部の反応に対し、素直に、少し大袈裟に反応する。
それも、できるだけ楽しい方向の反応で。
会がはじまって一時間弱。
騒ぎ、叫び、動く名瀬に、俺は少しばかり尊敬の感情を持ち始めていた。
「戸塚! 歌います!」
「おー! 私このドラマ好きー!!」
「大久保さん、このお菓子とかどうですか?」
「あ、いいね。食べたいかも。 えっと、ひなしろ、くん? ありがとう。」
「あ、てめえ勝手にポイント稼ぎやがって!」
「えぇ〜? 真壁クンそんなこと考えてるのぉ?」
もはや誰が誰と話しているのかも分からない。
人と話すのは好きだし、話を聞くのも嫌いではない俺だが、こういった場を盛り上げ続けるための話、と言うのはあまりした覚えがない。
中学時代は、理性とか常識とか持ってない奴も結構したせいで場の空気を上げるのに苦労したことはなかったし、そもそも会に参加する女の人は基本的に彼氏持ちだった。
ある意味遠慮のいらない人としか遊んでいなかったのだから、気楽なのは当然だ。
ただ、今回は違う。
知らない人の方が多く、先輩主導。
ダチと言えるのも、戸塚とギリギリで名瀬。
ハメを外しすぎたらやばいだろう。
そう思うと中々踏み切ることもできず、気づけば試合の時と同じくらい周りを見回していた。
ただ、さすがは先輩たちで、ブレーキが壊れたかのように騒ぎ続ける名瀬を尻目に、楽しそうにお姉様方と話をしている。
名瀬もいい感じにあしらわれているし、戸塚は緊張しすぎて赤くなっているところをいじられていて、気づけば俺は随分とフラットな感情をキープしたまま、周りを眺めていた。
熱というか意識の流れというか、誰がどこを向いているかがわかる。
どうせこの会が終わればもう会うかもわからない相手だ、せっかくだし少し話してみよう。
いずれこちらにまで飛び火しそうな戸塚いじりからも逃げ出すべく、俺は座る位置を少しだけ変えた。
「瀬川さん、お疲れ様です。
ご一緒させてもらっていいっすか。」
「お、君は筒井君、か。
うん、よろしくな。」
綺麗目な化粧と顔ながら、どことなく男前な口調。
今までの経験だと、こういう人は年上の人を捕まえる印象なので少し興味が湧いた。
もっとも、主催の平林先輩の顔を立ててきてくれただけということもあるかもしれないが。
「平林先輩のことはよく知らないんですけど、仲良いんですか?」
「いや?
私は奈々に頼まれて来ただけだ。あいつのことは紹介はされたが、ろくに知らないな。」
なるほど、そういう薄そうなつながりでも動員されたりするわけか。
いや、繋がりが完全にない間柄でもない限りはどこからでも引っ張ってくることこそが人脈というものか。
「奈々、えっと草津さんですね。
やっぱりサッカー部繋がりですか?」
「うん、うちの大学のサッカー部は人気があるからな。
君らの高校の女子なんかも、割と応援に来ているらしいぞ。
人気を奪われないよう、頑張れよ、戸塚君。」
「あ、はい。頑張ります。」
差し出されたコップに乾杯し、ジュースを飲む。
その際に言われた人気がある、というその言葉にぴくりと体が反応してしまう。
今くらい忘れていたかったんだが。
脳裏を佐藤先輩がよぎる。
飲み合い始めで良かった。真っ黒なコーラが満ちたコップのおかげで誰も俺の表情には気づかないだろう。
ぐい、といつもより傾けてジュースを飲む。
今くらいは沈んでいてくれ、と思いながら一気に飲み込んだ。
どうやら思った通り腹の下に沈んでくれたようで、苛立ちも胃のムカムカも一時的におさまった。
ただし、今度はゲップと戦うことになってしまったのだが。
「さーて、気づけば奈々も歌入れたみたいだな、えっと、筒井君は何を歌う?」
「あ、俺はちょっと様子見てからで。
先輩たちにお姉さんたちもまだ全員入れて無いですから。」
「なるほど、いい立ち位置だ。」
けど、もう少しガツガツした方がこっちの印象はいいぞ、と教えられながら瀬川さんが曲を入れるのを眺める。
綺麗な指で、爪も手入れがされている。
あまり見たことがない色で、きっとオシャレなんだろうリングが指にはまっている。
大人だな、と本日何度目になるか分からない感想を抱いた。
俺の番、予約したイントロが聞こえると大久保さんからマイクをもらって少し叩いてテスト。少しマイク音を絞る。
曲はとある洋画の劇中歌。
アクションホラーながら色々な意見を取り入れたフリをした皮肉たっぷりの意欲作。
公開後の円盤販売時の追加映像で色々あって批評家たちにガチで喧嘩を売ることになったある意味伝説の作品。
「You can't stop me beating with such a gentle needle!」
そして、大木さん、元、詞島さんと見た映画だ。
歌っている最中、不思議と俺以外の三人の姿が脳裏に浮かんできた。
ジャンプアップポイントで律儀に驚き続け、その度に元の手を掴む詞島さん。
年代の話を出せばそれを補足し、お互いに雑学をぶつけ合う元と大木さん。
首を捻る場面になると、的確に説明を入れてくる元の姿。
映画そのものの場面と一緒に、三人の姿が目の前に浮かび、声の抑揚がいつも以上に入る。
気づけば少し体温が上がるほどに興奮しながら歌い終えていた。
「ふぅ。」
コップに手を伸ばし、所々あった裏声ポイントで酷使した喉を潤す。
ふと、元からコーラとウーロン茶はカラオケには向かないと教えられたことを思い出し、次は別のものを持って来ようと心に決めた。
「おいおいおいおい! やるじゃねえか筒井ぃ!
持ち歌に洋楽とはわかってんなあ!」
まばらに鳴る拍手の中、真壁先輩が俺にヘッドロックをかけてきた。
スキンシップが過剰な気がするが、悪い気はしない。
洋楽はカッコつけすぎかな、なんて歌い終わった瞬間はちょっと思ったのだが、真壁先輩のおかげで空気は軽い。
ポツリと、先輩にだけ聞こえるようにありがとうございます、というとガシガシと頭を撫でられた。
続けて、北川さんが歌い始める。
俺もよく知らないが、周りは盛り上がっている。
MVを見るに、歌い手さんの曲らしい。
ヘッドロックを外してもらい、席に座ってモニターを眺めていると大村さんが隣に座っていた。
「筒井君、お疲れ様ー。よかったよぉ。」
差し出されたコップに、ありがとうございます、と自分のコップを合わせる。
飲み口が当たらないように気をつけてしまうのは童貞仕草なのだろうか。
「あ、大村さん、ありがとうございます。」
「かっこよかったよ。洋楽よく歌うの?」
じり、とほんの少し座る位置がこちらに近くなる。
目線を少し下げると大きな胸が目に入って、ドギマギとしてしまう。
じっと見るのは失礼だと思いながら、目線を自分のコップに移してしまう。
緊張はしていないと思ったのだが、生の温度を感じながらのあれこれは流石に必要レベルが足りなさすぎる。
「いえ、俺が好きなのは邦楽で、洋楽は実はよくわかってないんス。
この曲も友達に教えてもらって、これだけは歌えるってだけで。」
「ふーん、でもこの歌の映画は好きなんでしょ?」
「はい、かなり好きっす。」
「そう、いいよねぇ、あのヒロイン!
途中で自分でやるしかないって決めてからは、もうバッサバッサ。
最後には止めにかかる元カレに見切りをつけて、主人公を引き連れて脱出、もうかっこいいったら。」
……え?
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