42 放置された
「入学式からだったな、あの変な空気は。」
「あぁ、なんつうか、見られてない感じをすっげえ受けてた。」
先輩達の喋る内容、それは確かに感じたことがある。
周りにいる人間の視線が、自分を素通りして別のところを見ている感じ。
視野に入れられているのに、視界には映っていない感じ。
ただ、俺たちの世代よりは幾分かマシだったようだ。
それはそうだ、先輩達の世代の善折先輩は、銀髪君に比べればまだ理解が及ぶレベルのイケメンで、しかも一年の三学期まではどうも髪型も地味なものだったらしい。
うちのクラスの大瓜のやつも同じ道を歩きそうだな。
「最初はまだ普通だったんだけどな、一学期半ばくらいからアプローチが目に見え始めてきたんだよ。」
弁当を持ってくる。
朝に挨拶。
複数クラスでの体育や実習の際のやりとり。
それらの行動全てが誰の目にも見えるようになり、その騒動の中心が常に善折先輩だと言うことに気づき始めたとのことだ。
「まぁ、そこまではまだいいんだわ。
四人ぐらいとイチャイチャイチャイチャ・・・いや、よくねえな。」
「許せはしねえよ。ただ、ギリギリ理解できないでも無いって感じだったわな。」
その頃から、クラスを中心に学年全体へと違和感が増えていったそうだ。
気づけばクラスを跨いで女生徒が集まってくる。
屋上がいつの間にか占拠される。
善折先輩を貶していたはずの女生徒が、彼氏と別れてその会合に集まるようになる。
なんとまあ、何処かで聞いたようなお話だ。
「最初はそれに直接的に反抗しようとした奴らもそりゃいたわけだ。
周りにいる女子は全員美人で有名、しかも誰かと付き合っているわけでも無いようだし、人目につく所で何度も付き合ってない、と大声で断言しあってるわけよ。」
あれは側から見てて割とイラッとしたな、と比奈城先輩の言葉に真壁先輩は苦笑して相槌を打つ。
なるほど、周りの人間から見てみれば仲の良さをアピールしながら付き合っていないと言うアピールも併せて行いまくり。
しかもそれを一人ではなく複数人の女生徒とやっていると。
その苛つきと徒労感は、俺のクラスの男子はよくわかっている。
「善折のやつはそんなすごいやつには見えないし、まぁ事実他と比べて何か光ってる感じもしなかったからな。
そんな奴が綺麗所を独占、いい気はしなかったろうよ。
許せない、俺の方がいい、そう思うやつは学年だけじゃなくて上級生にもしっかり居た。
で、そんな人達相手に一騒動あったわけよ。」
ふう、とため息を吐き、ジュースを飲み干す真壁先輩からからのコップを受け取り、入れてこようかと立ち上がると、やんわりと手で制された。
まだ聞いとけ、と言うことだろう。
俺も話を切られるよりはよっぽど嬉しいが、本当にいいのだろうか。
そんなふうに少しばかり困惑していると、真壁先輩は話を続ける。
「夏休み終わって二学期になれば、俺たちの学校は三学期までの大きなイベントは文化祭って所だ。
で、そこに向けて彼氏彼女がいない奴らはスパートをかけるわけだがそこに誰と付き合ってるわけでも無いにもかかわらず、綺麗どころを複数キープする地味野郎、さぁ、どう思う?」
人によるだろう、と言うのは話の腰を折りすぎか。
ただ、自分に自信を持ち、下半身で物事を考えるタイプの普通の男子高校生なら。
「付き合ってないなら、アプローチかけても問題なし、ですか?」
戸塚の言葉に、先輩達はとても可笑そうに吹き出した。
少し、わかる気がする。
俺と戸塚では中学時代の周りの人間の質が違ったのだろう。
きっと、戸塚の周りはまだまだ常識的なレベルの性格の人が多かったはずだ。
一方、もし俺の通っていた中学で同じことがあった場合。
「俺が一人奪えば全部奪える、じゃないですか。」
俺の言葉に、戸塚が心底理解できないような顔をして俺を見た。
いや、そんなふうに見るなよ、俺だってそう思っているわけじゃない。
もし同じ立場に置かれたって、戸塚の考えが関の山だ。
ただ、俺の知る限り馬鹿は常に考えから除かれるような成功例を決定したかのように誇るから馬鹿だったんだ。
俺の記憶の中にいる、最も雄臭く、他人のことを考えないあの先輩なら、こんぐらいは言ってのける。
「すっげえな、筒井君。
正解だ。」
戸塚の答えを聞いたときに浮かべていた笑いを収め、感心するような顔で比奈城先輩が俺に拍手をする。
あぁ、全くもって嬉しく無い。
この高校は俺の中学からすれば越県した位置だ。
親の転勤に合わせてそれなりに勉強して入ってきた高校、そこでも中学時代のような思考のやつがいた、と言うことに少々の頭痛を覚える。
「幸い、と言うべきか今その騒動の中心にいた先輩方は殆ど居ない。
俺らの同学年の奴らなんか二人くらい退学したし、当時三年の先輩はもう卒業しちまったしな。」
俺がよっぽど嫌な顔をしていたのか、比奈城先輩がフォローの意味でそう教えてくれる。
「その時のことは、正直話したくない。
ただ、結果として何人かのキャプテンの退部とさっき比奈城が言ってくれたように退学という結果があった。
で、そんなことがあった後だ。
善折の奴らも流石に自分らのぬるま湯みてえな関係がそうそう続けられるわけじゃ無いと言うことをわかったようで、少しづつ関係を変えてきた。
誰かが選ばれる、その認識を全員が持ったようだったよ。」
そのあたり、何があったか聞いてみたい気もするが今先輩達が話さないと言う辺りは本気で話したく無いんだろう。
他人の失敗や恋愛話なんか格好の話題の種だ。
それを言いたがらないって言うあたりにこの題材の闇の深さを垣間見た気がする。
そして、その結果による意識の変化。
これもなんとなくだが、わかる気がする。
立っている場所は、決して安穏とできる場所じゃない。
みんなで仲良く、おてて繋いで立ち続けられる場所ではない。
きっとそれに気付いたのだろう。
「さて、そうなれば女子組も動きが変わる。
椅子取りゲームの勝者に向けて動くし、和気藹々とした仲良しな雰囲気が少しづつ変わっていく。
そして、そんな雰囲気は善折の負担になる。
だけど、お互いの相手を意識しまくる女性陣に善折を見る余裕はない。
そんな初めての負担を感じ始めた善折に救いの手が差し伸べられた。
同学年の、男子生徒だ。」
同学年、つまりは比奈城先輩達の年代か。
色々あって、同学年間だけでも蟠りは解けたのか、なんて思ったが男子生徒、と吐き出した先輩の表情からはプラスの感情は全く受け取れなかった。
「色々あって大変だな、あいつもあいつで苦労してるな、そう思った奴らもちゃんといた。
けど、そう言う奴らは遠巻きに干渉しない方向にだけ動いてた。
そして、そう言う奴らとは別方向に動く奴らもいた。
言い方は悪いが、敗者を狙う。
善折のおこぼれ狙いの奴らが、それなりに現れた。」
視界の端で、ピクリと戸塚が肩を動かしたのが分かった。
おそらく、俺と考えているのは同じだろう。
今、この場で言う、名瀬の立ち位置の奴か。
「結論から言うと、そいつらは俺らの年代の中でいまだに彼女ができたことは無い。
おこぼれなんざもらえやしなかった。
さんざん善折を持ちあげ、グループを盛り上げて、必死に善折の機嫌を取ったが報われることはなかったな。」
つい先程名瀬の思う通りにはならないと言ったのは、そう言うことだったのか。
過去の経験を踏まえた予想、しかも同年代に起こっただろうこの事態。
先輩達の脳裏に焼き付いた非日常的な恋愛騒動は半分トラウマと化しているのでは無いだろうかと俺に思わせた。
「まぁ、当たり前だわな。
振られること前提に考えるってことは、振られる相手の恋が破れることを願うってこと。
それを直近から感じさせられてるんだ。何か嫌な目で見られてる、ぐらいは思ったんだろうよ。」
「善折が相手を決めた後も、酷かったよな。」
「あぁ。
善折を馬鹿にするやつ、褒めるやつ、モーションかけんのがわざとらしすぎて周りで見てる俺らも引いてたわ。」
「そんで、結局失恋したハーレムメンバー達は周りにいた奴らとは誰ともくっつくことはなく自然解消。
十人くらいの美人さん達は、気づけば俺ら同年の男子には目もくれず、聞いた話じゃぁ大学生だのどっかの大人な男性様と付き合ってるとからしいぞ。」
「まぁ、さんざん同学年ディスってたからなぁ。あいつら。
先輩からもモーションかけられるような奴らだし。夢から覚めたって今さら相手を同年で普通のやつってのも無理なんだろうよ。」
ある意味、しっくりきた。
詞島さん、大木さん。
この二人と高校生活で出会い、基準がこの二人になっていたが、今まで出会った女性の性質で言えば、この二人の方が特異だ。
小、中学の九年間。 俺が見てきた恋人関係というのは相手と自分だけで完結するものではなく、それを周りから見て讃える者がいてやっと成立するものだった。
Aランクの彼氏を捕まえた女はBランクの彼氏を持ってる女からの賞賛を。
Cランクの彼氏を持っている女はDランクの彼氏持ち女からの羨望を。
彼氏持ちの女は彼氏を持っていない女を見て自尊心を満足させ、彼氏のいない女はEランクの彼氏持ちを見て溜飲を下げる。
あくまで他と比べるためのアクセサリのような扱いを受ける男、しかして男の方も性欲だけで突っ走る猿のような奴だらけ。
そんな女が、Aランクの彼氏を持てなかったからってランクを下げてOKとするか。
ありえない。身につけるもののランクが自分の評価と直結するような人間が、結果的に自分の評価を下げるような装飾品を選ぶわけがない。
だからこそ、佐藤先輩が古賀と付き合ったことに本当に良かったなと思ったし、祝福できたのだ。
「えっと、じゃあ名瀬はダメなんですかね。」
「少なくとも、あの五人の誰かと懇ろにはなれねえやな。
良くて連絡先教えてもらえるくらいじゃねえの。」
「だな。」
戸塚からの問いかけに、疲れたように笑って答える先輩方。
この人達はそんなことがあった後でもこうやって合コンを企画したり、後輩を誘ったりしてくれる。
随分と恵まれている、と、そう思った。
せめて、敬意を払ってることを形で見せようと先輩達のコップを回収する。
同じのでいいですか、との問いにああ、と返されると俺はトレイにカップを纏め、ドリンクの補充に向かう。
廊下に出て、ドリンクバーに立つとあいも変わらずパーティールームからギターの音と黄色い声が聞こえてくる。
ドアの閉まり具合が幾分かまともになっているようで少しだけ声の響きは小さくなっているが、相変わらず音は漏れまくっている。
ため息と同時に部屋のドアに目をやると、受付で見た女の先輩が部屋にいて、一緒に騒いでいる。
職業倫理はどうなってるんだ、と思いながら部屋に戻ると戸塚が困ったような顔をしながら部屋の受話器を持っていた。
「ドリンクとってきました。
で、戸塚どうした?」
「いや、あんまり注文したもんが来ないんで電話かけてるんだけど取らねーんだよ。」
その戸塚の言葉に、つい数秒前の光景が浮かんだ。
マジか。
ここ、今時ワンオペかよ。
とりあえず先程見た光景の話をすると、真壁先輩がドアを開けてパーティールームを覗いた。
そして俺の伝えた通り、受付のセンパイが部屋の中にいることを確認すると大きく肩を落とした。
「帰るか。」
比奈城先輩のその言葉に反対する奴は誰も居なかった。
戸塚が手元の電目から会計のボタンを押すと。誰からともなく部屋を出た。
賑やかな声を背に、四人でエレベーターに入る。
ため息も会話も何もない時間が過ぎる。
誰もいないカウンターの前を通り、外に出る。
夏の夜、賑やかでむわっとした空気がビルを出た俺たちを迎えた。
「どうしましょう、ラーメンでも行きます?」
「なんだ筒井、お前結構図太いな。」
「はっはっは、いいぞそういうの。よし、こっからならアジヨシが近いな、そこ行くか。
戸塚も行けるか?」
「はい、お供します。」
意識して声を明るく。
気を抜けば徒労感で漏れそうになるため息を殺しての俺の言葉を受け、先輩達は想定通りに明るく返してくれた。
今日、このまま帰るようなことはしたくない。
先輩達は、いい人だ。
戸塚もいいやつだ。
できるだけ楽しい気持ちで帰りたかった。
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