32 21:30 詞島家

「皆さん、お話があります。」

 

 ルカの声が私の意識を醒させた。

 辺りを見回せば、駅前。

 先導してくれた刑事さんはもう居ない。

 私たち四人と山上君で立っている場所は、駅前のベンチを併設されたちょっとした広場。

 人通りは多いけれど、周りの人が私たちを避けてくれるくらいにはスペースのある、そんなちょうどいい混雑具合で、雑踏と喧騒に消されることもなく、ルカの声は私たちにしっかりと届いた。

 

「ちょっと、消化不良じゃないですか?」

 

 小さく首を傾げ、ルカはそう言った。

 私の左手を握るルカの右手、ルカの反対の手は裕子に縋りつかれていた。

 細かいことを気づいたのは私とルカだけ、ただ、明らかにやばい所から離れられたというのは裕子にも、そして所在無げに視線をあたりに向ける才加もここまでの道中で感じたのだろう。

 警察が来て、ルカの彼氏が来て、そして駅まで警察が送ってくれるという待遇に何も思わないほど図太くはなかったということか。

 

 いや、才加はともかく裕子は結構ビビりなところがあるから何かを感じていたかもしれないが、ルカと私が普通にしてたからその怖さに蓋をしていただけかもしれない。

 だとするとかなり悪いことをしたな、と思ってしまうが、あの時の私たちができる最良の行動はあれくらいしかなかったんだから許してほしい。

 悪いのは全てあいつらだ。

 そこまで考え、ようやく頭が回り始めたことを認識する。

 ちょっと前までの記憶がすっかり抜けているのは、やはり結構な負荷がかかっていたということだろう。

 そんなエンジンかけたばかりの私の頭には、ルカの言葉の意味がよくわからなかった。

 

「消化不良、かなぁ?

 いや、胃もたれしそうって意味では消化不良かもだけど。」

「今日は確かにちょっと色々あったなあって思うね。

 色々あって整理できてないのは確かに消化不良かも。」

 

 私の言葉に才加が合わせてくる。

 なんとなくいつもより距離が近いし言葉もストレートな感じだ。

 裕子は何も言わないが、ルカの腕から離れそうな気配は全くない。

 離れるのがやっぱり怖いのだろうか。

 二人とも、やっぱりいつもとは違う。

 あんなことがあったのだ、いつも通りではいられない。

 

「折角みんなで遊んだんです、締めがグダグダだと勿体無いじゃないですか。

 私は、まだ皆さんとお話ししたいです。」

 

 結構ギリギリな発言じゃなかろうか。

 同級生に誘われて、途中から男が追加されて、当時はともかく振り返ればやばかった感じの事があって。

 その事象に対して導入はほぼ同じ。

 トラウマの再生産にならないかとも思うが、人に誘われることを怖がらないために今のうちに上書きしたいとかもあるんだろうか。

 

「ウチでお泊まり会しませんか。」

 

 ルカの言葉に、才加と裕子が目線を合わせる。

 肯定の意を示したいのがなんとなくだがわかる。

 あとは切掛が必要なんだろう。

 手を離すのはとてもとても心苦しいが、ルカに握られた手を離し、右手を高く挙げる。

 

「私、行きたい。

 みんなでまだ話したいな!」

 

 わざとらしすぎるか?

 流石にきついかな、そう思って二人を見る。

 だが、二人の表情はホッとしたように緩んだ。

 私が水を向けたことは無駄ではないようで、裕子が胸の前で小さく挙手し、声を出した。

 

「あの、私も行きたい、なぁ。

 親に連絡して、オッケーだったらその、お願いしたい、んだけど。」


 裕子の声に、ルカの表情がパァッと明るくなった。

 あぁ、美人っていうのはなんて得なんだ。

 その表情だけで、良いことしたような気になってしまう。


「んじゃ、私も。

 ちょっと親に連絡していい?」

 

 もちろんです、というルカの嬉しそうな声に、電話をし始める二人。

 私の方はというと、すでにポケットの中でスマホにルカの家に泊まるという短縮言語を打ち込んでいる。

 母がまたお礼をすることになると思うが、まぁルカの母、奏恵さんとの会話も楽しそうだし大丈夫だろう。

 と、そこまで考えてルカ本人の確認は取れているのだろうかと思った。

 

「ね、ルカの方は大丈夫?」

「えぇ、もう確認してます。むしろお祖母ちゃんからは大丈夫そうなら一緒にいてやれって言われちゃったみたいです。」

「へー、って、みたいです?」

「はい。直接連絡してくれたのは元ですから。」

 

 驚いて山上君の方に目を向ける。

 相変わらずスッとぼけたモブ顔の男の子がそこにいて、私たちの方に意識を向けることなくスマホを弄っていた。

 いつ意思のやり取りをしたのかもわからないが、以心伝心が過ぎないかこのカップル。

 半ば呆れている私の耳に裕子がありがとうという声が聞こえた。

 見れば表情も明るく、OKをもらえたのだろう。

 そんな裕子にルカが近づき、変わって欲しいとアピールした。

 

 思い出すのは私が山上君の家に泊まった時のこと。

 私の母を堕とした時のように裕子のご両親もルカに好意を持ったようで、ルカはニコニコと裕子のスマホで通話をし、裕子に返した。

 才加の方も同じく、了解が取れたあとのルカのお礼に良い印象を持ったようで私たちの三次会はルカの家で行われることと相なった。

 そのまま電車で最寄駅へ、そこからルカの家に歩いて向かう。

 道中、少し興奮気味な才加はルカに積極的に話しかけ、裕子も興味深そうに話を聞いていた。

 時折ルカから話の矛先を向けられる山上君だが、不思議なことに裕子も才加も結構普通に話している。

 クラスも違う男の子、なのに話の種にした時には普通に会話が弾む。

 あれかな、全身から滲み出る人畜無害な草食オーラがいい感じに作用してるのかね。

 バレー部男子は結構牽制があった気がするんだが。

 そのまま雰囲気が悪くなることもなく、ルカの家の門前に着く。

 厳かな門の風体に初訪問の二人の顔が驚きで満ちていた。

 

「え、ここ?ほんと?」

「いや、お嬢様だとは思ってたけどさ。」

 

 ショックで口を開けたまま門を見上げる二人。

 自分とは違う、クソサブカルを履修していない一般人の反応に新しさを感じながら腕を組んでうんうんと頷いていると、ルカが門横の勝手口、じゃないや、確か潜戸? を開けた。

 

「夕方までだったら門も開いてるんですけどね、今日はこちらからどうぞ。」

 

 開け放った戸を抑え、ルカが招く。

 それに誘われて才加が、続いて裕子が入る。

 私も続こうとするが、山上君が動こうとしない。

 

「山上君どうしたの?

 別にハシゴじゃ無いからすぐ後ろ続いてきても大丈夫だよ。」

「いや、エチケットの問題じゃないよ。

 俺はちょっと裏から入るから、気にしないでくれていい。」

「え?

 なんで?」

「今日は離れで泊まらせてもらうことになってるから。」

 

 離れ。

 確か裏庭を少し行ったところにあった物置とか茶室とか色々置いてるって所だったか。

 確かに裏側から入ったほうがいいかもだけど、何でまた。

 そこまで考えて、ふと思いついた事があった。

 

「もしかして、徹さんも一緒に離れにいたりする?」

「おぉ、察しがいいな、大木さん。」

 

 答えてないよ、なんて言いそうになるが私の口から漏れるのはため息だった。

 いくら何でも過保護すぎやしないか。

 

「まぁ良いけどさ。」

 

 ありがとう、と素直に言えば良いのに何かそうすると負けた気がするのでそのまま扉を潜る。

 

「ありがとな。」

 

 と、私がいうのを堪えた言葉が逆にかけられる。

 山上君が私に感謝?

 混乱しそうになりながら、お、おう、と生返事をして扉を閉める。

 先に敷地に入っていた才加がちょっと不思議そうにしているが、男子は裏から入るんだ、と嘘を教えるとそんなもんかと納得してくれた。

 苦笑するルカ、ということはやはり通達済みだったか。

 行きましょうか、の合図で女子四人、玉砂利の道を歩き、玄関口へ。

 柔らかな光の灯篭に涼やかな虫の声。

 いかにもと言えばいかにもな和風の空間に、才加は珍しそうに、そして裕子はというと驚くほど勢いよくルカに草木や石のことを聞いていた。

 放っとかれたような気がしてちょっとむかついたので、才加に絡むことにする。

 

「どーよ、すごいっしょ?」

「うん、すごい。

 桃はすごく無いけど。」

「やかまし。」

 

 視線を玄関に向け、惚けたように感心する横顔を写真に撮る。

 消せ、消さぬのやり取りをしながら玄関の扉を開けるルカに続く。

 相変わらず広い玄関。

 土間を登った先にいたのはルカの母、奏恵さんだった。

 到着する時間がわかっていたのだろうか、と考えたが、山上君がスマホをいじっていたことを思い出す。

 ちょうど良いタイミングでこちらに来ていたのだろうその姿は作務衣っぽい服に包まれていて、取次に正座をしている姿はすごく緩いのに何かピシッともしていた。

 

「いらっしゃい、裕子ちゃんに、才加ちゃん。

 初めまして、ルカの母をしてます奏恵です。」

 

 にっこりと微笑みながら名前を呼ばれた二人がちょっと固まっている。

 まぁ無理ないよね、可愛いもん奏恵さん。

 

「今日はお疲れの中、うちのルカのわがままを聞いてくれてありがとうね。

 お風呂の準備は今してますから、ルカの部屋で待っててくださいね。」

 

 顔を傾ける仕草でショートヘアの髪が少し動く。

 見た目でいうとルカよりも幼さを感じるも、醸し出す雰囲気が明らかにママみが溢れていて脳がバグりそうだ。

 奏恵さんの言葉に二人が緊張しながら頭を下げる。

 その姿が面白くてぷっと吹き出すと、二人から同時に睨まれた。

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