三章 ともにわらえば あしたをつづる
00 柿落とし
元君がルカの頭を撫でる。
撫でられるルカの表情は、こんなことで呼び出してしまったという少しの申し訳なさと、多大な幸福感で彩られている。
王冠を撫でる王の手よりも愛おしそうに、子をあやす母の手よりは適当に、愛する人に自らの想いを少しでも伝えようと柔らかに動くその手に、ルカは私に撫でられていた時には見せなかったような安心感を体全体から放出していた。
「あー疲れた、おキョウさん、何頼む?」
「そうだねえ、刺盛りでも頼もうか。
桃ちゃん小鉢選んでもらっていいかい?」
「わかりました、ジャーマネ。」
「うす、肉じゃが頼みます。」
桃ちゃんとシュウくんのやりとりに、軽く吹き出してしまう。
適当にやっているように見えて、シュウくんは桃ちゃんを労うように動いているし、桃ちゃんもそれをわかって会えて芝居がかった尊大さを羽織っている。
お互いに分かり合っている恋人同士というのは、どうしてこんなにも私の心を柔らかに温めてくれるのだろう。
首に抱きつくルカを撫でながら飲み物を頼む元君と、食事を頼むシュウ君。
二者二様の恋人とのやりとりに、私の中の器が歓喜する。
胸の内に湧く柔らかく暖かな水が、久しぶりに私を満たしてゆく。
日々の生活で混ぜ込まれた黒く澱んだ物は押しのけられ、明日のことなど考えることもなく、目の前の幸せを共感できるこの幸福を享受する。
あくせくと日々を生きる私のような凡人では享受できない幸せを眺めることで、私の今日が彩られる。
あぁ、素晴らしきかな、日常。
飲み物の配膳と、お茶を淹れにきてくれたバイトの女の子にありがとう、とウインクすると可愛らしい顔がりんごの様に赤くなる。
足早に立ち去る後ろ姿を見送ると、淹れてもらったお茶に口をつけ、一口。
湯呑みから立ち上る湯気の向こう、眩しい二つの光景を目を細めながら私は見つめていた。
主役じゃなければ、ヒロインでもない。
強いていうなら狂言回し。
すでに完成された四人の間で、光を享受する影法師。
「ルカ、そろそろ元君もちゃんと飲みたいみたいだから離れてあげたらどうかな。
桃ちゃんは少しペースを落とした方がいいよ、前の時より些かハイペースだ。」
元君とシュウ君からの感謝の視線に、にっこりと応え、ウインクしてみる。
やれやれ、会社の子なら赤くなってくれるって言うのに、二人とも無反応なんだから。
さてさて、ご紹介が遅れたね。
トリを勤めさせていただくは私。
ルカに振られ、元君に振られた経験を持つ哀れな社会人兼観劇家で、彼ら彼女ら四人の友人だ。
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