13 16:31 豆腐屋

「そういえば、ルカっていつも山上君のお家から学校に通ってわけじゃないんだよね?」

 

 昼食後、午後の授業が始まるまでの長い休憩時間に中庭で本を読むルカに膝枕してもらいながら微睡んでいたが、ふと気になってルカに聞いてみた。

 以前山上君の家にお世話になった時、週末だけ過ごしてる、なんて言っていたなと不意に思い出したからだ。

 

「えぇ、流石にあの距離から毎日通うのは少々難しいですね。」

「そっかー、いつだったか聞いた、二駅くらいってのは、ルカのお家?」

「はい、そうです。

 私というよりはおばあちゃんのお家ですね。

 こちらの高校に通うことになって、お母さんとお父さんがおばあちゃんに誘われたんだそうです。」

 

 パタン、と音を立てて閉じられた本が私の頭の横に置かれる。

 地面にはマットが敷かれているおかげで汚れる恐れはない。

 優しくおかれた本の腹から独特な匂いが香ってくる。

 図書館に長い時間置かれたことによる時間が作り上げる香り、古本屋のそれとはまた違った匂いは結構好きな匂いだな、と思った。

 

「おばあちゃんの家かー、おっきい?」

「そうですね、近くのお家と比べても、大きい方だと思います。」

「山上君家と比べたら?」

「んー、比較にはならないですね。」

「まじか。」

 

 アパート、マンション暮らしの私からすれば二階建ての一軒家ってだけでもかなり大きい気がするが、あれをも上回る家。

 お城にでも住んでるのかな、とか考え、ルカがドレスを着てノイシュヴァンシュタイン城にいるのを想像し、微妙に合わなくて吹き出してしまう。

 見た目だけなら七組のお嬢様だとかアイドルとかとまではいかないにしても十分似合いそうだけど、ルカの性格が脳内でもお淑やかにドレスを着るお姫様にはならない。

 想像の中のルカは勝手に動き出し、今は山上君と一緒に光回線を古城に通そうとして脚立とドリルの準備をしている。

 

「今日来ます?」

「行く。」

 

 シンキングタイムは、無し。

 反射でそう答えた。

 ルカのご両親も見てみたいし、話の中でよく出てくるおばあさんというのも見てみたい。

 何より、ルカを知りたい。

 いずれ家に来てもらうのも良いかもしれないけど、うちの母を暴走させないように免疫をつけている最中だ。

 その前にルカのお家に訪問させてもらえるなら、母へのマウントも兼ねて臨むところだ。

 スマホを取り出し、操作するルカ。

 下から見上げるも、顔が見えない。

 しかたがないのでぼーっとしたままに見上げ、スマホを支える指と爪の綺麗さを堪能した。

 爪に縦線も入ってないし、つけ爪でもないのに綺麗に丸く整えられている。

 ただ、爪の長さは結構短めで、深爪ってほどではないにしても白い部分は結構薄い。

 ちょっと勿体無くないか、なんて思っていると通話が終わったのか、スマホがシートの上に置かれた。

 

「今日はお母さんとお祖母ちゃんが外に出てるみたいで、私たちが家に着いた後に帰ってくるみたいです。」

「あ、そうなんだ。

 一緒にどこか行ってるの?」

「はい。

 一緒にヅカってます。」

「そっかー。

 仲良いね。」

「えぇ、とっても。」

 

 くすくすと微笑む音が聞こえる。

 本当に楽しそうな顔が目の前のスマホ越しに脳裏に浮かんだ。

 しかし、母娘で観劇かぁ、本当に仲良いんだな。

 うちの母がおばあちゃんとどこか行ってるのって、そういえば見たこと無いわ。

 帰省の時に何か買い物行ってたぐらいか?

 

「元とも一緒に帰る予定ですけど、大丈夫ですか?」

「そりゃもちろん。

 むしろ私がお邪魔する方だもん。」

 

 むに、と頬を優しく引っ張られる。

 あんまり力の入っていないその行動からは、邪魔なんて思ってないですよ、という気持ちが染み渡ってきた。

 尊さと好奇心についつい舌が伸びそうになるのを抑え、やめれー、というだけに抑える。

 友人に甘える時間、なかなかに至福な時間だが昼休みは有限。

 予鈴の音に、両手を空に伸ばす。

 その手をルカが掴んでくれるので、それを支えに上体を起こす。

 頭頂部を掠める柔らかさに女の子に生まれた幸せを噛み締めながら立ち上がる。

 少し伸びをして靴を履き、振り返るとルカも立ち上がっていてスマホと本、お弁当箱をトートバッグにまとめていた。

 私も芝生の上に敷かれていたシートを畳み、ルカに渡す。

 昼休み終了。

 待つのは三単位ほどの授業。

 苦手な現文も待っているが、放課後に楽しみがあるとなるとやり切れる気がした。

 退屈な授業と楽しみな放課後。

 待ち遠しい時間ほど進むのが遅いというがそれは真実のようで、いつもの1.5倍ほどは時間確認をしてしまった。

 ただその分集中しているように見えたようで、最終単元のグラマーの先生には集中してて偉いと褒められた。

 ごめんなさい、正直あんまり聞いてないんです。

 そうこうしているうちに最後のSHRも問題なく終え、ルカと一緒に教室を出る。

 

「あ、桃ー、今日暇?」

「ごめーん、ちょい先約ありだからさ、また今度誘ってー。」

「まじかー、しゃーない、今度ね。」


 クラスを出るところで声をかけられるが、残念、私は先約済み。

 ふふん、なんか優越感。

 ちょっとした申し訳なさで断りながらも、ちょっといい気分になって少しステップを踏みながら階段を降りる。

 校門を越え、少し歩いて駅へ。

 帰りながらルカと話すのはなんか新鮮で、昨日の夜に一緒に遊んだゲームの話がついつい弾む。

 最近上手くなってきたことを話すと動画サイトで見たスーパープレイに触発されてトレーニングに篭り続けていた話をされてびっくりした。

 ルカもそういうことするんだね、なんていうと、見て勉強するのは大事だと教わったとか。

 あれやこれやと話が飛び、駅前の喧騒と信号に足を停めた時、改めて気づいた。


「あれ?

 そういえば山上君は?」


 待たなくて良かったのだろうか。

 ついついいつものペースで来てしまったが。


「元は少し遅れていくって連絡してきたんで、大丈夫です。

 一回図書館寄ってくるって言ってました。」

「あ、そうなの。」

「今日は新しい本が入るって掲示板に出てましたからね。」

「あー、そういえば学校のポータルに出てたね。

 いや、ああいうのを活用してる生徒っていたんだね、初めて見た気がする。」

 

 私の言葉にルカが堪え切れないように小さく笑う。

 軽く握った手が口元に行く仕草が可愛い。

 連れ立って駅には入り、ホームで電車を待つ。

 別の学校の子や、大学生たちも電車を待っている。

 弓袋やラクロスのラケット、それぞれの属性を誇るように道具を持って固まっている子も多い。

 毎朝会う人と目線があったので軽く頭を下げてみる。

 あちらもわかっていたのか、にこやかに会釈を返される。

 

「お友達ですか?」

「んーん、知らない人。」

「そうですか。

 ふふ、やっぱりすごいですね、桃ちゃん。」

 

 ぎゅう、と後ろから抱きしめられる。

 柔らかなお餅が頭に乗る。

 だからやめろよ、みんなが見てるって。

 嘘、やめなくていい。

 体を後ろに倒し、ルカに支えてもらう。

 全身で感じる暖かさと可憐な匂い。

 あー、寿命が伸びるー。


「あ、そうだ。

 あっちに着いたら少しお店によっていいですか?」

「ん、いいけどどして?」

「ちょっと買い足しておきたいものがあって。

 桃ちゃん、お夕飯食べて行きますよね?」

「え、いいの?」

「はい、もちろん。」

 

 何か、ルカと一緒にいるといつもご飯食べさせてもらってる気がする。

 餌付けか?

 

「いーんならご馳走になろうかな。

 で、今日は何?」

「麻婆豆腐です。」

「おー、いいやん。

 買い物って、豆腐の追加購入?」

「はい。

 桃ちゃん分のお豆腐の水を切ってないのでお豆腐屋さんで厚揚げ前のものをいただこうかなと。」


 ごめん、言ってる意味がよくわからないんだけど水切りって何?

 絹と木綿以外に種類あんの?

 聞こうと思ったが、電車が来たので二人で乗り込む。

 残念ながら座る場所はなかったので吊り革に並んで立つ。


 ルカがリュックを網棚に置いてくれるが、これも背の高めな友人がいてこそだ。

 私一人で網棚に置こうものなら下ろすのに椅子の上に立つ必要が出てくるんだから。

 バッグから解放された両肩の軽さについ手をやってしまう。


 微笑むルカに、おじさんくさいと言われた気がして唇を尖らせる。

 すると、ルカはきっと頭を撫でてくれるのだ。

 ほら、今日もまたいつも通り。

 本当に罪な女である。


 電車内、何となく喋るのが躊躇われる空間なのは何故だろう。

 小旅行やこの前山上君の家から私の家に向かう途中の電車と違い、通学路だからか、それとも周りの人口密度のせいか。


 気持ち小さめな声でポツポツと喋り、豆腐の水切りに対する情報を教えてもらっていると目的地に着いた。

 ルカにカバンを取ってもらい、二人で電車を降り、駅を出る。

 バスターミナルに駅併設型の大型店舗を背に、ルカの隣を歩く。

 自然とさされた日傘の下、影に入れてもらいながら街中を進んでいく。

 相合傘だね、なんて言ってみるが、桃ちゃんは難しい言葉を知ってますねー、なんて返された。

 そうやって取り止めない話を続けていると、店舗の並ぶ商店街というにはいささか短い路地でルカが足を止めた。

 もちろん一緒に歩いていた私も足を止め、ルカの視線をなぞる。


 とうふ、と筆で書かれた木の看板を掲げた商店がそこにあった。

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