第2話 外

 ダンジョンは広いうえに、階層が分かれている。


 遊雷ゆうらいは今いる階層のことしか知らず、二カ所にある階段の場所をぼんやりと把握しているだけだった。


 上に行くものと下に行くもので、遊雷はどちらが地上に近づく階段なのかまでは知らない。直感で、上に向かう階段を目指すことにした。


 到着まで、体感で二時間ほどかかった。


 その間、ダンジョン内で色々な魔物とすれ違った。棍棒を持った黒いオーク、剣を持った黒いゴブリン、魔法使い風の黒いコボルト、人間大の黒猫……。エレノアを殺したのはおそらくオークだろうと、遊雷は察した。


 また、魔物同士は敵ではないようで、遊雷が魔物に襲われることはなかった。エレノアも既に死体であるからか、同様に魔物から無視された。自分から攻撃したらどうなるかは不明だが、遊雷は今のところ試すつもりもない。



「ん……? 階段の手前に明らかに変な魔法陣があるな。今まで気づかなかった……というか、認識できてなかった……? これ、なんだろう……?」



 階段のある開けた空間で、遊雷は少々不審に思う。



「……危険な感じはしないかな。まずはエレノアを……」



 エレノアを操作し、魔法陣の上に立たせる。少なくとも誰にでも発動する危険なトラップではないようで、エレノアの体に異変は起きなかった。



「……階段の下にいきなりこんなわかりやすいトラップは仕掛けないよな? なんとなく、これは転移系の気がする……。地上と行き来できるとか……」



 遊雷は自分がどうしてそう感じたのかはわからない。ただの直感なのか、魔法陣を見て何かをひらめく体質になったのか……。


 おそるおそる魔法陣の上に乗ってみる。



『地上に向かいますか?』



「お、やっぱり転移系か。っていうか、日本語で話してらっしゃる? いや、これは言語を解さないで意味を伝えてるのかな? 流石ファンタジー」



 ともあれ、遊雷は地上に向かうことにする。


 地上へ、と念じたところ、魔法陣が淡く光る。次の瞬間、遊雷はエレノアと共に別のどこかにいた。


 まだ洞窟の内部のように見えるが、上に続く階段はない。代わりに、階段があった辺りに、金属製の重々しい扉があった。



「扉の向こうが外かな? 光も漏れてる」



 遊雷は、エレノアを操作し、扉を開けさせる。


 夕焼けのオレンジが洞窟内を明るく照らした。



「うわ、眩し……」 



 ダンジョン内は、謎の明かりによって明るさが保たれていた。日の光よりは暗かったので、改めて見る日の光は、遊雷の目に刺激が強すぎた。



「……つーか、日光が毒とかじゃなくて良かったわ。俺、ダークサイドの魔物っぽいもんな……。光属性の魔法とかには弱そう……。気をつけよっと」



 遊雷はエレノアと共に外へ。



「うわ、寒っ。冬かな? それとも、結構な北国?」



 雪は降っていないが、気温は十度前後に感じられた。眩しい日の光も、熱源としては心許ない。



「そんで……ここは森か? 薄気味悪いところだなぁ……」



 ダンジョンの入り口は、岩壁に埋め込まれるような形で存在している。その周辺は鬱蒼とした森で、薄くもやがかかっていた。



「……ここ、絶対ろくでもないダンジョンだろ。エレノア、よくこんなところに来たなぁ……。よほど良いお宝が眠ってるのか?」



 遊雷は、自身が魔物に襲われないという特性を考えて、後でダンジョン内を探索してみようと決める。



「まずは人里へ、だな。一応道はある……みたいだから、そのまま進めばいいか?」



 獣道よりは幾分かマシになっている道を進む。


 歩いていると、薄気味悪い雰囲気そのままに、幽霊のような魔物をちらほら見かけた。しかし、どうやら魔物仲間とでも認識されているようで、襲ってはこない。



「全部の魔物がこうなら、どこにでも自由にいけるよなー。けど、この辺の奴は、闇属性の同族感があるから襲ってこないだけな気もする……。色々調べてみないとな」



 二時間ほど森の中を歩く。空はもう真っ暗で、森の不気味さは格段に増した。人間なら視界を確保することも難しいだろうが、遊雷の目は昼間と同じくらいに周りを視認できた。やはり、闇に馴染みやすい体らしい。


 また、遊雷としては不思議なことに、随分と歩いているのに疲労感はない。その上、喉が乾いたりお腹が空いたりする感覚もない。人間とは体の作りが違うのだろう、と遊雷は察する。



「お、森を抜ける」



 結局誰ともすれ違うことはなく、森の切れ目に到着。


 森の先は開けた草原になっており、遠くに町が一つ確認できた。



「おー、人里だ。城塞都市って奴? 周りに壁がある。かっこいいなー」



 少年心をくすぐられて、遊雷は少しだ浮き立つ。しかし、自身が魔物であることを考えると、人前に姿を現すのは良くないだろうとも思う。



「……あとは、エレノアを一人で歩かせればいいか。魔法の有効範囲も気になる」



 エレノアを行かせる前に、遊雷はエレノアが腰に帯びている剣に視線をやる。



「……人里まで送り届けてやったんだし、運賃くらいもらってもいいよな?」



 遊雷は、エレノアから剣をもらうことにする。鞘から抜いてみると、赤みがかった剣身が現れた。



「……これ、魔剣だな。属性は炎。結構良いものっぽい。エレノア、かなりの実力者か? まぁ、考えてもわからん。じゃあな」



 遊雷はエレノアを歩かせる。町までは一キロくらいだろうか? その半分程度まで歩かせたところで、町を囲む壁の中から、慌ただしく兵士らしき者たちが出てきた。



「見張りが見つけてくれたかな? でも、普通の冒険者が町に帰ってきただけで、わざわざあんな大人数が出てくる……?」



 不思議に思いつつ、遊雷はエレノアの傀儡を解く。あとは勝手に回収してくれるだろう、という判断。


 エレノアが倒れたことで、兵士たちがさらに急いでエレノアの元に駆け寄る。


 誰かがエレノアを抱き抱え、悲鳴のような絶叫。静かな夜だからか、魔物になって耳が良くなったからか、遊雷はそれを微かに聞き取ることができた。



「……んん? あいつら、姫様とか言ってね? 日本語じゃないのに意味がわかるのも変な話だけど……便利だからいいとして。エレノアってやっぱりお偉いさんだった?」



 顔立ちは確かに美しかった。剣もかなり高級に見えた。ただ、身なりに特別なものは感じなかった。



「お忍びで冒険者でもやってたんかね? 貴族の暮らしが窮屈だから逃げ出した、とか。そうだとしたら、残念だったな。せっかく自由になったのに、死んじまうなんて」



 遊雷はエレノアの事情が気になったものの、詳細を聞ける状況ではない。


 見つからないうちにこの場を去ろう……と思ったところで。



「げ、もう見つかった!?」



 遊雷に向けて、火球が飛んできている。



「つーか、何でいきなり攻撃してくるんだよ! せっかく連れてきてやったのに!」



 遊雷は急ぎ森の中に逃げこむ。



「このまま逃げ切れればいいけど……っ」

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