第33話 頼み

 朝食後、ユーライが食堂を出ようとしたら、リピアに引き留められた。



「ユーライ、ちょっと頼みがある」


「ん? 何?」


「最近、北の森に魔物が増えてきてるんだ。グリモワの冒険者がいなくなって、魔物を減らす者がいなくなったのが原因。無眼族だけだと少し手に余るから、ユーライにも魔物退治を手伝ってほしい」


「ああ、そういえば、最近はダンジョンにいくときに魔物に遭遇しやすくなったかも」



 暗闇のダンジョンがある北の森には、魔物が出没する。あまり強い魔物ではなく、ユーライにとっては雑魚なのだが、一般的には厄介な存在だ。



「本当なら高額の報酬を用意するべきなんだろうけど……あちしらに用意できるのはこれくらいで……」



 リピアが差し出したのは、銀細工の指輪だった。何かの模様が描かれており、とても綺麗。



「それは?」


「魔力を感じやすくする指輪。第三の目とも呼ばれてる。それを身につけると、無眼族じゃなくても、無眼族と同じくらい、魔力の気配で周囲のことがわかるようになる」


「へぇ……。それは便利そうだ。はめてもいい?」


「あ、あちしがはめてあげるっ」



 リピアはユーライの左手を取り、薬指にその指輪を通した。



(左手薬指……。結婚指輪みたい。こっちでは、何か意味があるのかな?)



 ともあれ、その指輪をはめたことで、魔力感知の能力が上がったように思う。目を閉じてみると、暗闇の世界の中で、はっきりと周囲の状況が感じ取れる。人はもちろん、無機物にも魔力が宿っているのがわかる。



「わ……すごいな。今までもなんとなく魔力は感じ取ってたけど、もっとはっきり知覚できる」



 前後左右上下。全てのものを感じ取れるので、死角がない。戦闘ではかなり有利になりそうだ。


 また、意識を集中させると、壁の向こうのことまで認識できる。壁二枚分くらいなら透視できるようだ。



(……これ、結構えっちぃ能力だな。服も透けて見える。男のままだったら赤面してたよ)



 もっとも、輪郭がはっきり見えるというより、魔力の流れを感じ取ることで大まかな形が想像できるという具合。



「いいな、これ。報酬としては十分だよ」



 そもそも、お金には困っていない。領主の城を占拠しており、宝物庫の中身はもうユーライのものと考えて良いので、これ以上は必要ない。



「十分なら良かった。それで魔物退治をお願い」


「わかった。じゃあ、早速行こうか。クレア、それでいい?」


「……別に、いい。けど」



 クレアがユーライの左手を掴み、指輪を取り外す。



「クレア?」


「……あなたは知らないかもしれないけど、左手薬指の指輪は婚約や結婚の証。アクセサリーとしてつけるのなら、普通は他の指にする」



 クレアはユーライの左手中指に、指輪をはめなおす。



「へぇ……そうなんだ……」



 クレアの目が酷く冷たい。セレスの腕を切断したときくらいの冷たさだ。



「リピア」


「何?」


「……無眼族が指輪に対してどんな文化を持っているかは知らない。こっちではそういう文化があるから、気軽に左手薬指に指輪をはめないように」


「はぁい」



 クレアの冷めた視線を受けても、リピアはにっこりと微笑むのみ。


 もしリピアに目があれば、にらみ合っている状況になるのではなかろうか。



(え? 何? 何かが始まってる?)



「ユーライ、ごめん。今度から気をつけるね。それと、魔物退治はあちしも一緒に行きたいな」


「ああ……うん。地上の魔物なら、リピアが一緒でも……」


「ユーライ。万一ということもある。あたしと二人で行こう」



 クレアの有無を言わせぬ声音。ユーライは頷く以外の選択肢を取れなかった。強化すればまず問題ないよ、とも言えなかった。


 リピアが若干顔をしかめる。


 それから、リピアはユーライの耳元に口を寄せ、ひそひそと囁く。



「じゃあ、今夜はあちしの部屋で一緒に寝てくれない? 一人じゃ寂しいの」



 ユーライが返事をする前に、クレアがユーライを引っ張ってリピアから引き離す。



「ユーライ、さっさと行こう。魔物退治は早い方がいい」


「あ、うん、え」


「ユーライ、今夜、待ってるから!」


「お、ん?」



 ユーライは混乱したままで、クレアに手を引かれながら歩く。



「あのー、クレア?」


「何?」



 クレアは、何も問うな、という雰囲気。


 ユーライは何も問わず、クレアの導きに従った。

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