第34話 死体

 * * *


 ユーライとクレアが去っていくのを眺めながら、リピアは軽く溜息を吐いた。



(あの二人、いっつも一緒にいる。クレアはずるいなぁ……)



 クレアは夜もユーライと一緒に寝ているらしい。リピアには、それがとても羨ましく感じてしまう。



(……この気持ちは、恋ではない、と思う。たぶん、アンデッドとその作成者の間に生じる独特な執着。あちしも、もっとユーライに触れていたい……)



 この気持ちがはっきりと芽生えたのは、ユーライの力を借りてセレスの治療を行ってから。


 全身をユーライの魔力で満たされる感覚が心地良くて、気持ち良くて、もっとユーライに近づきたいと思うようになってしまった。



(あちしには回復魔法くらいしか取り柄がないし……自分一人だと戦う能力も低い……。でも、ユーライがあちしを生かしたんだから、あちしだってユーライの側にいていいはず。クレアに独占なんてさせない)



 指輪を左手薬指にはめたのも、特別な意味を込めてのこと。


 無眼族に結婚指輪の風習はないのだが、この地域の人間がそういう風習を持っているという知識はあった。


 結婚という意味はなくとも、特別な存在として認識してほしい。そんな思いから、リピアはユーライの左手薬指に指輪をはめた。



(恋ではない。けど、あちし、ユーライのことは好きかも。あちしたちのこと、全然差別する意識もない……)



 無眼族はよく人間に差別される。人間とも魔物ともつかない化物だと言われて。


 しかし、無眼族の見た目が不気味じゃないかと問いかけたとき、ユーライは答えた。



『顔に目がないとか、肌の色が違うとかどうでもいいよ。本当に恐ろしい化物ってのは、もっと根本的な部分が化物なんだよ。外見じゃない』



 はっきりとそう言ってくれたことが、リピアは嬉しかった。


 アンデッドとしてユーライと共にあるのはほぼ確定事項だが、それもいいと素直に思えた。



(クレアだって、ユーライと過ごした時間が特別に長いわけじゃない。あちしだって、まだまだこれから)



 決意を固めて、リピアは今日も城内の清掃活動に励むことにした。



 * * *


 北の森にいる魔物は、せいぜいダンジョンの地下五階までくらいの魔物。大半は六等級で、たまに五等級が混じる。


 ユーライからすればあまり強くはないのだが、一般的な強さの人からすると危険はある。リピアたちも単独では五等級らしいので、森を歩くのも決して安全ではない。


 リピアからもらった第三の目を活用しつつ魔物を探し、駆除していくこと数時間。森は広いので全てを駆除することなど到底不可能だが、数百の魔物を狩った。


 なお、ダンジョン内の魔物と違い、地上の魔物は倒しても霧になって消えることはない。死体が残り、放っておけば腐る。腐る前に他の魔物に食われることも多いので、放置していてもあまり問題にはならない。


 ちなみに、魔物の肉は食用には適していないらしい。食べられないことはないが、非常に不味い。堅いし苦いし臭いしで、最悪だとか。よほど食料危機に陥らないと誰も食べない。


 ユーライは逆にその味が少し気になったが、結局挑戦するのはやめた。クレアがものすごく嫌そうな顔をしたのだ。もしかしたら、魔物食は昆虫食と似たような認識があるのかもしれない。


 さておき。



「ねぇ、クレア。ちょっと魔物の死体を使って実験していい?」



 フォレストウルフの大量の死体を前に、ユーライはクレアに声をかける。



「……何をするつもり? 魔物とはいえ、死体をもてあそぶのは感心はしない」


「もてあそぶっていうか、戦力増強を計ろうかなって。クレアの予想だと、次はもっと大規模な敵が来るんだろ? それこそ、数千から万を越える軍とか」


「それは来ると思う。一等級の力を持つ冒険者が破れたなら、国としてしっかり対応してくる可能性は高い」


「私もそれはあると思うけど、私たちの中でまともな戦力って三人だけだろ? 私、クレア、ギルカ。他の皆はせいぜい四等級から五等級だっていうし、軍隊を相手に戦わせられない」


「それは、そう。戦わせたらおそらく死ぬ」


「だよな。圧倒的に数が足りないのを、私が補う必要があると思う。不死者の軍勢っていう魔法も一つの手だけど、なるべく手札は多くしておきたい。その一つとして、魔物の死体を操って戦うのはどうかな?」


「……何事も試してみるのはいいと思う。でも、ますます人間から嫌われるかもしれない」


「……まぁ、な。けど、備えだけはしておきたい」


「わかった。そういうことなら、仕方ないと思う」


「うん。じゃ、やってみる」

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